※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年11月号からの転載です。

明智光秀の謀反により、命を散らした織田信長。だが、その遺体は今日に至るまで発見されていない。果たしてどこへ消えたのか。本能寺とともに燃えたのか──。そんな日本史上最大の謎に、今村さんがひとつの解を示した。それが、作家生活10周年記念作『未だ本能寺にあり』。
「歴史小説ファンだけでなく、もっと広い層まで届く物語を書こうと思ったのが出発点でした。誰もが知っていて興味を引かれる題材は何かと考え、まず思いついたのが本能寺の変。『未だ本能寺にあり』というタイトルだけが浮かび、『なら信長の遺体を探す話やな』となりました。謀反に至るまで、もしくは清須会議以降を描いた小説は多くても、信長の死後まもなくを描いたものはほとんどない。そこで、混乱が収まらない京を舞台に、誰も見たことがない本能寺の物語を書くことにしました」
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物語の設定上、ミステリー要素は欠かせない。だが、実は今村さん、ミステリーをほとんど読んだことがないという。
「でも、逆にそれがよかった。ミステリーに詳しい書き手は『このトリックはあれに似ている』と気を遣うそうですが、その点、僕はなんの影響も受けていません。誰とかぶろうが『俺が考えた』と言う自信がある。その自信が筆になるんです」
プロットを考えないのも、今村さん流。その都度、登場人物に憑依して、即興で物語を紡いでいったそう。
「トリックを思いついたのも、連載が始まる数日前(笑)。遺体消失の大仕掛けは考えたものの、それ以外はぶっつけ本番でした。それでも、少年の頃から30年近く考え続けてきた『本能寺の変とは何だったのか』という問いに、自分なりの答えを出すことができました。普段歴史小説を読まない方も歴史好きも、“本能寺の変・暴露本”のつもりで読んでもらえたら(笑)」
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本能寺で命を落とした名もなき者に魂を与えたい
天正10年、織田信長が本能寺で命を落とした。羽柴秀吉は、すぐさま逆賊・明智光秀を討つが、信長の遺骸が見つからないことに不安を感じていた。もし他の者が先んじて亡骸を探し出せば、後継の座を奪われかねない。ましてや信長が生きているとなれば、秀吉の立場が覆されることになる。そこで秀吉は、若き家臣・駒井八右衛門重勝に、信長の亡骸を探すよう命じる。護衛は、糟屋助右衛門武則。なお、ふたりはどちらも歴史に名を残す実在の人物だ。
「駒井八右衛門は大名としてはマイナーですが、歴史研究者の中では有名な存在です。というのも、彼が書き残した『駒井日記』は、豊臣政権を知るうえで超一級の史料。ですから、小説家が探偵役を務めるようなイメージですね。いっぽうの糟屋助右衛門は、僕が書いた『八本目の槍』でもなじみ深い人物です。豊臣政権でもっとも個として強い武将として登場させたので、今回も槍の達人として活躍してもらいました」
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あの日、本能寺で何が起きたのか。八右衛門は真相を知るために、8人の関係者に聞き込みをする。一人ひとりの語りを通して、ジグソーパズルのピースがはまるように事件の全容が見えてくる。
「僕が新しい小説を書く時は、今村翔吾イズムを9割、新しい挑戦を1割入れるようにしています。今回の挑戦は、証言者の語りを入れたこと。一人称視点で小説を書くのは、僕にとって初めての経験でした」
証言者は、明智家家臣、信長に仕える少女、本能寺にほど近い南蛮寺の修行僧、碁の名人として知られる僧など、立場の異なる人々。外側から本能寺に攻め込んだ者もいれば、寺の最奥にいた者もいて、それぞれの立ち位置から謀反を目撃する。
「八右衛門は、本能寺の奥へ奥へと進むように聞き込みをしていきます。僕も八右衛門と一緒に、彼らがその時々で見たもの、感じたことを追いかけていきました。信長に仕えた黒人武士・弥助を証言者に加えたのは、我ながらファインプレイでしたね。というのも、当時の日本では、30分単位でしか時間を把握していなかったんです。でも、弥助は“ミヌート”、つまり1分という単位を知っていた。彼がいなければ、分単位のトリックは成立しなかったと思います」
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八右衛門は、当日見聞きした出来事だけでなく、証言者たちの生い立ちも含めて詳しく話を聞き取っていく。そこには、今村さんの強い思いがあった。
「本能寺の変と聞いても、織田信長と明智光秀の顔しか思い浮かばない人が多いでしょう。でも、戦没者名簿を見ると100名以上が、この時亡くなっている。彼らにも人生があったし、本能寺でも自分なりに最善を尽くして動いたはず。そんな彼らにも魂を与えたい。もっと言えば、名前すら残らなかった女性たちや明智軍の兵にも顔を与えたいと思ったんです。それに、当日の証言だけでは、その人物が信長に対してどんな思いを抱いていたのかわかりません。バイアスのかかった証言ではないか確かめるためにも、八右衛門は証言者の人となりをまず知りたがるはず。それが八右衛門の探偵の流儀だと思いましたし、結果的に彼らに顔を与えることにつながりました」
さまざまな証言から、やがて導き出されるのはある推論。史実を拾い集め、多角的に検証を重ねたうえで、今村さんが出した答えとは。
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「執筆にあたり、与太話も含めてあらゆる資料を集めました。信長は本能寺で燃えて灰になったという説も根強いですが、火葬場ですら骨は残るのだから火力が足りません。それならどこへ消えたのか。信長の墓のありか、本能寺から南蛮寺への抜け道があるという噂、あの日、書院の近くでお坊さんが焚き火をしていたという史実など、すべてをつなぎ合わせた結果、『これしかない』という結論になりました。読者の皆さんには、物語と史実のあわいを楽しんでいただき、最後に『歴史って面白い』と思っていただけたら。読後にネットで調べてもらえれば、『あ、本当にこんな噂があったんだ』と発見する楽しみも味わえると思います」
余白が多いからこそ人は信長に心惹かれる
証言者や秀吉の語りからは、織田信長という稀代の名将の人物像も浮かび上がってくる。中でも心に残るのが、信長と秀吉の深い結びつきだ。
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「やっぱり信長は、秀吉をかわいがっていたと思うんです。仕事ぶりを認めていただけでなく、きっとウマが合ったんでしょうね。でも、本能寺の変が起きる1、2年前からふたりの関係がぎくしゃくしはじめる。当時の資料を見ると、秀吉はひんぱんに贈り物をして、信長に気を遣っていたことがわかります。そんな中、秀吉と光秀の出世レースは最終局面を迎えることに。その片方に討たれ、もう片方が信長の跡を継ぐのだからドラマティックですよね」
400年以上経った今でも、信長は多くの人々を魅了し続けている。その理由も、本能寺の変にあるのではないかと今村さんは推察する。
「きっと、ああいう死に方でなければ、信長は唯一無二の英雄にはならなかったと思うんです。『もしも信長が生きていたら』という余白に、人は歴史のロマンを感じるもの。多くの謎が残されているからこそ、信長が魅力的に映るし、語りたくなる魅力が生まれたのだと思います」
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本書を書き上げたことで、歴史ミステリー小説の執筆欲も湧いてきたという。
「ミステリーは門外漢でしたが、自信作になりました。八右衛門と助右衛門の探偵ものは、またいつか書いてみたいですね。この時代の謎を、ぜひふたりで解き明かしてほしい。また会いたいと思えるふたりを書けて、僕としてもうれしいです」
取材・文:野本由起 写真:川口宗道
いまむら・しょうご●1984年、京都府生まれ。ダンスインストラクター、作曲家、守山市での埋蔵文化財調査員を経て、2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞、「羽州ぼろ鳶組」シリーズで吉川英治文庫賞、『塞王の楯』で直木賞を受賞。他の著書に「イクサガミ」シリーズ、『人よ、花よ、』など。
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『未だ本能寺にあり』
(今村翔吾/幻冬舎) 2420円(税込)
天正10年、織田信長が本能寺で討たれた。だが、遺体は見つからず、その生死も判然としない。逆賊・明智光秀を倒した羽柴秀吉は、自らの立場を盤石のものとするため、信長の遺骸を探すことに。その命を受けたのが、駒井八右衛門。織田方、明智方、そして影の目撃者。関係者たちが語る「あの日」の真実とは? 日本史上最大の謎に挑む超大作歴史ミステリー!
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