
人間関係に一喜一憂したり、アイドルの“推し活”に熱狂したり、ニキビや体重増加に悩んだり──。余命短い先生と共に過ごす中学3年生の“今”を切り取った『春までのセンセイ』(早見和真/双葉社)が、大きな話題を呼んでいる。
執筆にあたり、著者の早見和真さんは複数の学校を取材。そのひとつが、東京・杉並区にある光塩女子学院だ。こうした縁から、9月19日、同校で早見さんの出版記念講演会が開催された。さらに、本書を読んだ生徒たちによるビブリオバトルも実施。その模様をレポートする。
『春までのセンセイ』、現役中高生はどう読んだ?
『ザ・ロイヤルファミリー』『アルプス席の母』で知られる早見和真さんの新刊『春までのセンセイ』は、余命短い国語教師・加賀美と32人の女子生徒たちが過ごす中学最後の1年間を描いた小説。とはいえ、よくある“余命もの”のように迫る死をことさらに強調した作品ではない。残された時間に関係なく、今日という1日を大事に生きること、自分の頭で考えて行動すること。加賀美先生の言葉を通して、生きるうえで大切な指針を伝えてくれる一冊だ。
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しかも、特筆すべきは32人の生徒一人ひとりの視点で物語が描かれていること。彼女たちの揺れる心情、迷いながらも一歩ずつ進んでいく姿を、誰ひとり置き去りにすることなく描き出している。類型化された人物はひとりもおらず、自分に似ている少女、同じクラスにいたかもしれないあの子が、ページの中に確かに存在する。
リアルで緻密な描写を支えたのが、学校への取材だ。光塩女子学院も、早見さんが取材に訪れた学校のひとつ。あえてメモは取らず、校内の空気感、五感で感じ取ったことが作品ににじみ出たという。
こうしたつながりから、『春までのセンセイ』出版記念講演会が同校で行われた。第一部は、光塩女子学院の生徒によるビブリオバトル。本来のビブリオバトルは、参加者がおすすめ本を持ち寄って紹介しあい、もっとも読みたくなった本を決める書評合戦だが、今回は生徒たちが『春までのセンセイ』の魅力をプレゼンし、早見さんが優勝者を選ぶスタイル。あらかじめ作成したPOPをモニターに映し、6名の生徒たちが各3分間の発表を行った。
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同じ作品のプレゼンではあるが、登壇した6名はそれぞれ異なる角度から書評を展開。トップバッターの稻田愛実さん(高2)が着目したのは、作中で語られる「言葉」。加賀美先生が32名の生徒たちにかけた言葉は、それぞれの考えや行動に影響を与え、また別の誰かへ渡されていく。「言葉を選ぶということは人と向き合うことなのだと思います。人は人と出会い、言葉を受け取り、また誰かに言葉を渡しながら生きていく。その一つひとつがその人だけの人生を作っていく。この本を読んで、今日という1日、今日交わす言葉、どちらも大切にしたいと思いました」と述べた。
続く伊藤璃子さん(高2)は、『春までのセンセイ』という書名について独自の解釈を披露してくれた。タイトルの「センセイ」は、「先生」であり「宣誓」。「加賀美先生が32人の生徒と向き合い続けるその姿が、『この子を置いていかない』というひとつの誓いのように思えた」という読み解きに、早見さんも賛辞を贈っていた。
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宮本愛巳さん(高2)は、本書を「反抗心に火をつけてくれる本」だと評した。だが、それは大人や既存のルールに対する反抗ではない。自分が正しいと思ったことを簡単に諦めず、相手に伝える方法を考え、行動するための反抗心だと主張する。「人に影響されてもいい。でも考えることを他人に任せない。そういう生き方を目指したい」と語った。
山下咲さん(高2)が、この本を読んで感じたのは「誰と出会い、誰と関わるかで人生が豊かになる」ということ。32人の生徒は、加賀美先生から受けた言葉を胸に未来へ進んでいく。先生の言葉は、生徒たちの中でいつまでも生き続けるのだと語ってくれた。
本橋杏珠さん(中2)は、参加者の中で唯一の中学生。この作品を「革新的な小説です」と紹介し、モニターに映し出されたPOPの制作意図を解説しながら「さまざまな思いを持つ生徒が最後に一致団結するところが面白い」と見どころを語ってくれた。
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ラストを飾ったのは、松本夏音さん(高2)。「この物語で印象的なのは、32人の生徒がいるのではなく、32通りの人生があるということ」と語り、「同じ教室にいても見えている景色は一人ひとり違う」「隣の人が今日どんな気持ちで学校に来たのか、何を抱えているのか。知らないまま春を迎えるかもしれません」と論を展開していった。

六者六様の素晴らしいプレゼンを受け、早見さんは「順位つけるの、鬼じゃないですか?」と苦笑。悩みながらも、最後に発表した松本さんを優勝者に選んだ。「松本さんは言葉が強かった。僕は32人の生徒を書いたつもりはなく、32通りの人生を描きたかった。核心を突いた松本さんを優勝としました。また、『隣の人の毎日を想像する』とも言ってくれましたが、それこそが小説の持つたったひとつの大きな武器。自分以外の人たちにも、自分と同じような人生があるとみんなが想像しないから、今の社会はこんなにも息苦しい。なので、『隣の人について想像する』と言ってくれてうれしかったです」と講評した。
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実は松本さん、これまであまり読書経験がなかったそう。今回の優勝を受け、「『春までのセンセイ』を読み、本はただの紙なのにいろいろな物語に入っていけるのだとその面白さに気づきました。本を読むきっかけをいただき、本当に感謝しています」とコメントした。

誰ひとり取りこぼすことなく、クラスの32人全員を描きたかった
第二部では、早見さんによる講演が行われた。まず語ったのは、『春までのセンセイ』の創作背景。前述したとおり、本作では32名のクラスメイト全員に焦点を当てている。当初は5、6人をクローズアップし、生徒と教師の視点を交互に描くつもりだったが、あえて苦難の道にチャレンジしたという。その理由について、早見さんは自身の高校時代を振り返り、次のように語った。
「僕は高校時代、神奈川県にある桐蔭学園の野球部に所属していました。桐蔭学園は、僕の在学中に2回も甲子園に出場した強豪校。でも、僕は補欠部員にすぎませんでした。学校の先生たちも取材に来る新聞記者も、僕を“補欠”という目でしか見てくれなかった。9人のレギュラーは個人として認識されているのに、僕はあくまで“補欠球児”のひとり。そのムカつきは、17歳だった当時から今に至るまで拭えていません。そんな僕が、ひとつのクラスの1年間を描くにあたり、クラスの中から5、6人をピックアップしていいのかという疑いが芽生えたんです。それをやったら、早見和真という小説家は終わり。だからこそ、誰ひとり取りこぼすことなく32人全員を描きたかったんです」
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誰だって何かを成し遂げることはできる
早見さんは、高校生の娘を持つ父親でもある。今回の講演では、子育てを通じて得た実感も語られた。
「かつての僕自身もそうでしたが、『自分なんてこんなもんだ』と枠にはめすぎているような気がします。確かに、高校時代の僕は何をやってもダメでした。成績も悪いし、野球もダメ。自分の人生が明るく切り拓かれる自信なんてまるでなかった。でも30年後の今、こうして一丁前に私立女子校で講演なんてしています。
そう考えると、誰だって何かを成し遂げることはできるんです。こうして今日お会いできたことを縁だと思い、一度『自分なんてこんなもんだ』という枠組みを取っ払ってほしい。あなたがたはそんなもんじゃない。幸いにも、まだこの日本では頑張れば報われる公平性はまだギリギリ担保されていると思います。頑張った分だけ報われる最後の世代だと思って、やる気になってほしいと思います」
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最後に、会場に集まった中高生に向けて、早見さんは次のようなエールを送った。
「可能な限り、僕も小説を書き続けていたいと思っています。『自分なんてこんなもんだ』の枠を取っ払って、みんなが卒業して何年かしたあと、ぜひ一緒に何かしましょう。『あの時、光塩で話を聞いた者です』と言ってくれたらメシくらい奢るので。再会できるのを楽しみにしています」

野球選手を目指していた早見さんが、小説家になった理由
講演後には、会場の中高生や保護者の質問を受け付ける質疑応答コーナーも。『春までのセンセイ』はもちろん、早見さんがこれまでに書いた『八月の母』『店長がバカすぎて』『問題。以下の文章を読んで、家族の幸せの形を答えなさい』について、鋭い質問が飛び交った。中でも印象に残ったのは、「数ある職業の中で、なぜ小説家を選んだのですか?」という問い。早見さんの答えは……。
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「こうしてしゃべっているほうが得意なのに、よりによって小説家というしゃべらない仕事に就きました。憧れてやまなかった職業ですが、小説を書くのはいまも苦手です。ままならない仕事に毎日対峙するのは、確かに苦しい。でも、小説を書き切った達成感に勝る瞬間は、僕の人生においていまだに訪れていません。このままならなさ、このエクスタシーを手放したくないんです。
僕は小学生の頃から身長が高く、プロ球団が視察に来ているというウワサがあったような野球少年でした。でも、中学2年生の時に、のちに読売ジャイアンツの監督になる高橋由伸さんという選手と出会い、苦悩の日々が始まりました。「僕はこの人にはなれない」「プロの選手になれない」、そう思った時、余生が始まった気がしたんです。でも、プロ野球選手と同じくらい、リアリティのない小説家という仕事に就くことができた。あのとき野球を諦めてしまったのと同じように、この仕事を諦めたくない。今の僕にとって世界一カッコいいのが小説家という職業。だからこそ、今後もがむしゃらに続けていきたいと思います」
早見さんの作品、そしてこの日の講演は、生徒たちの心に蒔かれた種のようなもの。発芽し、花を咲かせ、実を結ぶかは10年後、20年後にならないとわからないかもしれない。だが全員ではないにせよ、誰かの未来を変えたであろうことは間違いない。生徒たちの上気した顔を見て、そう実感したイベントだった。
取材・文=野本由起、写真=編集部
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