
10月16日より劇場公開中の、ベストセラー小説を原作とした映画『クジラに落ちた男』はタイトル通り、クジラに呑まれた男のサバイバル映画である。何しろ目で見てわかるシンプルな題材であるので、「出オチじゃないの?」「映画の上映時間(106分)持つの? 飽きちゃわない?」と心配している方もいるのではないか。
タイトル通り、マジで観たことのないサバイバルだった
しかし、そんな心配はまったくの杞憂である。「前代未聞! こんな映画見たことない! 〈クジラの体内〉で始まる脱出サバイバル」という触れ込みがまったくウソではない、「映画が星の数ほど生まれている今、まだまだ斬新な映画体験ってあるんだ」とも驚かされる、劇場で観てこそ真価がわかる秀作だった。後述する通り、意外にもしっかりとした心理描写や、メリハリのある編集もあって、退屈することもほぼないだろう。
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観る前の注意点は、過度なグロテスク描写は避けられていてG(全年齢)指定とはいえ、クジラの体内(口腔付近)の「ドロドロ」の描写が人によってはキツすぎるかもしれない、さらに「すり潰される(圧死)寸前」の状況が続くため小さなお子さんや閉所恐怖症気味の方は本当に注意したほうがいい、ということだろう。
クジラに呑まれるシチュエーションは、ディズニー・アニメーションの『ピノキオ』でもお馴染みではあるが、今回は子ども向けのファンタジーとは似ても似つかない「ガチ」ぶりなので、やはり身構えてから観たほうがいいはずだ。
他のことはいっさい知らなくてもいい、デートで適度にヤバい映画体験を求める方は見にいけばいいというくらいだが、さらなる魅力を紹介しよう。
※以下より、『クジラに落ちた男』の決定的なネタバレを避けつつ、一部内容に触れています。また、公開中の映画『バイオハザード』のごく一部の内容にも触れています。
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『バイオハザード』に続いて(それ以上に)主演のオースティン・エイブラムスが「かわいそかわいい」
本作のあらすじは言わずもがな、「クジラに呑まれた男が脱出しようと頑張る」。以上である。そのかわいそうすぎるシチュエーションに多大な説得力を与えているのは、間違いなく主演のオースティン・エイブラムスだ。なんと、エイブラムスは日本では1週前に公開されたばかりの映画『バイオハザード』に続いて「地獄のようなシチュエーションでサバイバルする青年」を演じることになった。
『バイオハザード』でのオースティン・エイブラムスは、数々の異常事態に恐れおののく、まるで「ビビりがちな初心者のホラーゲームの実況プレイ」のようなリアクションが、もはや抱腹絶倒のコメディの領域に達していた。そして、今回の『クジラに落ちた男』では、そんな彼の「かわいそかわいい(かわいそうだけどかわいい)」魅力がさらにマシマシになっている。
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まず、クジラに呑まれる前から、後述する「後悔」を抱き、そのために姉とは違う感情を抱えているのが味わい深く、『バイオハザード』で醸し出されていた軽薄さよりも、より繊細さが垣間見える青年になっている。
クジラに呑まれてからの彼の心理の詳細は秘密にしておくが、そのサバイバルでの「孤独」をごまかすかのような言動や、か細い希望を掴み取ろうとする様は、本当にかわいそうで心から同情しつつ、愛おしくて本当にキュンキュンするし、さらに彼がか細い希望も失っていないことも、エイブラムス自身の卓越した演技もあって、手に取るようにわかるのだ。
エイブラムスが直面する「死ぬ寸前」の連続という過酷なシチュエーションの「ガチ」ぶりは、マッコウクジラの胃の中にいる彼をリアルに捉えた撮影、そしてセットにより生み出されている。食道や喉頭などの各セットを精巧に作るのは言うまでもなく、17万5,000ガロンの水を入れられる水中撮影用の巨大なタンクを作ったりもしていたそうだ。エイブラムス本人の頑張りはもちろん、スタッフたちの血の滲むような努力があってこその説得力だ。
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また、一見すると「クジラの胃の中」だけが舞台に思えるだろうが、実際はそれ以外にもシチュエーションや危機が用意されており、見た目にも飽きさせないのも美点だ。具体的には、食道の直前に「巨大なイカ」が待ち構えている展開が楽しい(?)。エイブラムスは『バイオハザード』でも「触手」的なものに翻弄されていたが、今回の『クジラに落ちた男』でもイカの触手と格闘するとは、誰が予想しただろうか。
ちなみに、エイブラムスは自身の役を理解するために、撮影に先立ち、海に潜って自然の中で生きる本物のマッコウクジラを見たりもしたのだそうだ。劇中の主人公にとってクジラの体内の環境は地獄そのものではあるが、それだけではない“畏怖”のような心理が、クジラに向けられているように思えるのは、そのエイブラムスの実際の経験があってこそだったのかもしれない。他にも、クジラの「エコロケーション(超音波の反響で物体の位置を把握すること)」がどう使われているのかにも、ぜひ注目してほしい。
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自ら命を絶った父との確執と、「すべてを正そうとしている」切ない心理
以上の要素だけで十二分に満足できるこの『クジラに落ちた男』であるが、「亡くなった父親との不和と後悔」というドラマと心理描写が、物語の大きなフックになっているのがミソだ。
というのも、ジョシュ・ブローリン演じる父は中皮腫のために死期が迫っており、海底峡谷の縁の近くで自ら海に飛び込み命を絶っていたのだ。主人公・ジェイは父本人の「物事を元に戻す」という言葉もあり、父の遺骨を見つけるために単身海へ潜り、結果としてクジラに呑まれるというわけなのだ。
しかも、その父は海で多くの人の命を救った英雄でありながら、息子には特別厳しく、とあるやりとりから息子とはほぼ決別してしまっていた。そのために、ジェイは父からの“会いたい”という呼びかけをも、無視し続けてしまっていたのだ。父と仲違いしたまま、しかも自分自身が理解を拒絶してしまったという後悔は、痛いほど伝わるだろう。
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その心理について、ジェイを演じたオースティン・エイブラムスが的確に表現していたので引用しよう。
「父が亡くなるまでジェイは怒りと苛立ちから口をきかず、もっと違う関係になれたかもしれないと、強い罪悪感を抱いています。愛情はとても深いのに、何かが欠けている。完全には通じ合えず、ジェイは関係を修復しようとして、やがて諦めたのです。母や姉妹との関係も同じくらいもどかしく、自分に問題があるのではと考え始めます。だから今、すべてを正そうとしているのです」
もちろん、海の底で父の遺骨を拾えるなど、ほぼゼロに近い確率であるし、遺骨を拾えたところで生きた父が戻ってくるわけではない。それでも、自己嫌悪に陥っていた彼は、そうせざるを得なかった、いやそうしたかった……という切なさと、ある種の健気さは、多くの人の心を打つのではないだろうか。
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また、こうしたワンシチュエーションものの映画では、「過去の回想」を挟むと没入感やテンポを損ねる原因になりかねないのだが、本作では「長めの回想」を「主人公が気絶した時」にとどめておき、後半では回想そのものを「断片的な記憶」のように短めに示す編集になっている。そのため、回想がサバイバル描写の邪魔になりすぎていないし、それでいて主人公の心理が変わっていく様がはっきりと掴めるのも美点だ。
原題の『Whalefall』の意味は?
『クジラに落ちた男』も「これ以外は考えられない」ほどのシンプルかつ的確なタイトルだが、原題の『Whalefall』のことにも触れておきたい。これは『鯨骨生物群集』という実際に存在する科学用語であり、物語のテーマと深く結びついているのだ。
原作者であり、映画の共同脚本を手がけたダニエル・クラウスは、「クジラが死んで海底に沈み、分解されると、生命の衝撃波のようなものが生まれます」「分解される体から何世代にもわたる生命が育まれる。これを小説と映画の中心的な比喩にしました。人の死は終わりではなく始まりでもある。肉体は死んでも、その人の命は、知り合ったすべての人へと広がり続けるのです」と、「Whalefall」というタイトルおよび実在の現象について語っている。
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では、映画の本編で、どのように「Whalefall」が描かれるのか……はもちろん実際に観て確認していただきたい。かわいそかわいいにもほどがある主人公が、「そこ」に行き着く感動は、特異なサバイバルのシチュエーションに限らない、この『クジラに落ちた男』という映画の唯一無二のものだったのだから。
文=ヒタナカ
▼映画情報
『クジラに落ちた男』

10月16日(金)全国劇場にて公開
©2026 20th Century Studios. All Rights Reserved.
• 配給: 20世紀スタジオ(ウォルト・ディズニー・ジャパン)
• 監督・脚本: ブライアン・ダッフィールド
• 原作: ダニエル・クラウス(ベストセラー小説『Whalefall』)
• 映倫区分: G
●キャスト
• ジェイ(17歳): オースティン・エイブラムス
• ミット(ジェイの亡き父): ジョシュ・ブローリン
• ザラ(母): エリザベス・シュー
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