※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年11月号からの転載です。

死んだはずの恋人からかかってきた1本の電話──。今村昌弘さんの新刊は、そんな刺激的な謎から始まるサスペンス・ミステリーだ。連続ドラマの企画も並行して進んでおり、現在放送中のドラマ『ハイド&シーク 0秒前の彼女』と書籍を同時に楽しめるようになっている。
「ドラマとの同時並行を前提に、『テセウスの船』『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』などを制作した大映テレビのプロデューサー、出版エージェントであるストレートエッジの編集者、僕の三者で草案を考えました。どのような謎を最初に提示すれば、興味を引けるかを考え、僕が思いついたのが“死んだはずの恋人からの電話”というアイデア。そこからプロットを練って、テレビ局に企画を持ち込み、僕は小説を、ドラマの制作サイドは脚本を執筆していきました。ドラマには見ごたえのあるアクションやサスペンスシーンがふんだんに盛り込まれていますが、小説でより重視したのは謎解きの面白さ。同じアイデアを核にしつつ、それぞれ違う展開を楽しんでいただける作品になりました。結末も、まったく同じとは限りません」
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追われながら謎を追う スピード感あふれる追走劇
津倉勇一と高木紗奈は、将来を誓い合った恋人同士。だが、津倉は彼女にも言えない秘密を抱えていた。それは、彼が公安捜査官だということ。その日、津倉は躍進著しい「協創党」とつながりを持つ団体「リヴ・コモンズ」について調査するため、カフェで関係者に話を聞いていた。そのさなか、彼が目にしたのは店の前を歩く紗奈の姿。「なぜ彼女がここに?」――疑問を抱いたその直後、聞き込み対象だった男性の荷物が突如爆発。3日後、病院で目を覚ました津倉は、紗奈の死、そして自身が爆発事件の容疑者のひとりであることを知らされる。
上司の勧めもあり、津倉は事件のほとぼりが冷めるまで海外で潜伏生活を送ることに。だが、それから1年後、津倉のもとに紗奈から助けを求める電話が入る。電話の相手は本当に紗奈なのか。だとしたら彼女は、生きていたのか。上司の制止を無視し、日本に戻った津倉は、紗奈の行方を追い始める。だが、彼女が助けを求めた家で死体を発見し、殺人事件の容疑者として警察に追われる身となってしまう。……と、ここまでが第一章。以降は逃走しながら紗奈を捜す、スリリングな追走劇が展開されていく。
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「これまで僕は、ひとつの場所に閉じ込められた状態で、限られた容疑者の中から事件の犯人を突き止める“クローズドサークル”のミステリーを多く書いてきました。ですが今回は、主人公がさまざまな危機に陥りつつ、あちこち逃げ回りながら事件の真相を突き止めていきます。津倉の近くにいる人物が次々に変わるうえに、彼らと顔を合わせる機会も限られているので、情報交換ができないのが悩みどころ。場所を移動しながら謎を解く主人公を描くのは初めてでしたが、思いのほか制約が多くて大変でした」
強い絆で結ばれた恋人たち、その愛を軸に据えた物語も、今村作品には珍しい。
「津倉は正義感が強く、硬派で不器用な仕事人間です。と言っても、国を守る仕事を愛していたわけではなく、それしか生きがいを知らないんですね。そんな彼が紗奈と出会い、かけがえのない時間を過ごしていく。そして、彼女を失ったことで公と私、つまり職務と恋人の狭間で葛藤する。どちらかに傾いた人間なら描きやすいのですが、ふたつがせめぎ合う人物を描くのは難しかったですね。これまで僕が描いてきたのはエンタメ的なキャラクターでしたし、紗奈は早々に表舞台から姿を消してしまうので、ふたりの関係の濃密さを表現するのにも苦労しました」
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紗奈の行方を追う過程で、津倉は彼女の弟や「リヴ・コモンズ」のメンバー、公安関係者などさまざまな人物と関わりを持つことに。それぞれの思惑が渦巻き、時には津倉を陥れようとする者も。そんな“裏切り”も、この物語の軸になっている。
「実は“裏切り”というキーワードは、一度原稿を書き終えたあと、手直しの段階で追加しました。紗奈が軟禁されていたであろう家で、津倉は『裏切りは、許されない』と書かれた紙を見つけます。この言葉を残したのが紗奈ではないかとにおわせることで、“実は紗奈には、自分に見せていたのとは違う顔があったのではないか”と津倉が思いをめぐらせるきっかけにしようと思いました。この要素を入れたことで、物語全体を通して“裏切り”がフックになりました」
場面も人間関係もめまぐるしく移り変わり、もはや誰を信じていいのかもわからない。そんなスピーディな展開で読者の興味を引きつけ、一気に読ませてくれる。
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「目指したのは、これまでにないスピード感。津倉が一カ所にとどまってぼんやり物事を考えるようでは、ストーリーの勢いを殺すことになりかねません。“津倉は今ピンチなんだから、ここでゆっくり話している場合じゃないよな”と改稿時にどんどん手を入れ、テンポアップさせていきました」
最愛の恋人は何者か 自分の力で真相を解明
逃走を続ける中、津倉はやがて一連の事件の核心に迫っていく。発端となった爆発事件をめぐる謎、紗奈を追う過程で起きた殺人事件の謎、津倉に電話をかけてきたのは本当に紗奈なのかという謎。中でも、紗奈の正体をめぐる謎が、この物語の根幹をなしている。
「幸せな日々を過ごしていたあの頃、自分のそばにいたのは何者だったのか。その真相を明かすだけでなく、すべてがわかった時に津倉から見える景色の変化、ひっくり返される世界を描きたいと思いました。それが、ドラマとは違った謎解きの面白さにつながったのではないかと感じています」
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本格ミステリー小説では、犯人を明かす直前に「読者への挑戦状」が挟まれることがある。本作では、序章の段階で次の文章が記されている。〈彼女の言動を思い出せ。一つたりとも見逃すことなく。そうすれば、彼女が何者か必ず分かる〉――果たして津倉が相対しているのは何者か。手がかりはフェアに明示され、最後まで注意深く読めばその正体が必ずわかるようになっている。
「作中では、あえて真相をそのまま書くことはしませんでした。それでも、さまざまなヒントをちりばめ、しっかり読み返して考えれば謎を解けるようにしています。難易度を上げようと思えばいくらでも上げられますが、難しくした結果、考えるのを諦めてしまわれたらもったいない。そのため、ラストに“ここに注目してほしい”というヒントを入れ、ポイントとなる箇所には傍点を振っています。これまで僕が書いてきたどの小説よりも親切な設計なので、“ミステリー小説を読んでも自力で真相を見抜けたことがない”という方でも、初めて真相に至れるのではないかと思います」
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目指したのは、今村作品史上もっともリーダビリティの高い作品。
「この企画がスタートした時から、これまでの僕の読者だけでなく、より幅広い方々にもミステリーを楽しんでもらいたいという思いがありました。ドラマから入った方にも、小説ならではの魅力を味わってほしい。だからこそ、殺人事件の犯人を突き止めるだけでなく、逃走劇、裏切りに次ぐ裏切り、紗奈の正体をめぐる推理など、さまざまな要素を盛り込みました。ぜひ多くの方々に楽しんでいただけたらうれしいです」
取材・文:野本由起 写真:下林彩子
いまむら・まさひろ●1985年、長崎県生まれ。2017年、『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作は数々のミステリー賞を受賞し、19年には映画化も果たした。さらに、シリーズ作品『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』も高い評価を得る。他の著書に『でぃすぺる』『明智恭介の奔走』など。
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『0秒前の彼女』
(今村昌弘 / 双葉社) 1980円(税込)
「勇一君、助けて」―津倉勇一の元にかかってきた1本の電話。それは1年前、爆破テロ事件で亡くなったはずの恋人からのSOSだった。果たして彼女は生きているのか。津倉は真実を知るため、彼女の居場所を探すが、その過程で殺人事件に巻き込まれ、警察から追われる立場となってしまう。福士蒼汰主演の連続ドラマも放送中、謎が謎を呼ぶノンストップサスペンス!
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