
10月2日より劇場公開中の映画『ファーストボイス』は、実際の裁判である「福岡セクシュアル・ハラスメント裁判」に着想を得て制作された「フィクション」だ。そのため、登場人物はいずれも創作上のキャラクターであるし、劇中の言動・セリフ・エピソードは現実とは一致していない。
堅苦しさのない、めちゃくちゃ面白いエンタメだった

しかしながら、後述する通り1990年前後の当時の浅ましい風潮が「目に見える」形で描かれているし、「100%勝ち目がない」とまで言われた闘いに挑んだ人たちは現実に存在している。そうした「事実」を「フィクションだからこそのエンターテインメント」へと昇華していることが本作の大きな強みだ。
しかも、豪華キャストそれぞれが扮するキャラクターの特徴はわかりやすく、堅苦しさはほぼない。上映時間は105分とタイトでテンポも良い。とにかく、シンプルに「めちゃくちゃ面白いエンタメ」として幅広い層におすすめしたいのだ。
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なお、レーティングはG(全年齢)指定であり、過激な描写を徹底的に避けているとも言えるが、セクシュアル・ハラスメントにまつわる描写や、裁判を進める上で性的な話題があることはご注意いただきたい。そちらもまた、ハラスメントおよび侮辱の言葉がいかに許しがたいことなのか、劇中のキャラクターと怒りの感情を共有するためにも、作品には必要だった。
さらに、本作で意義深いと思えたのは、「被害者であるはずの原告を責めてしまいそうになる」という、客観的には間違っているはずなのに、「そうなってしまう」心理をも描いていることにもあった。そして、本作は男性にこそ観てほしい映画でもある。内容に触れつつ、その理由と、作品の魅力や意義を紹介しよう。
※以下より、『ファーストボイス』の決定的なネタバレを避けつつ、一部展開に触れています。
今の常識が非常識な時代だった

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物語の始まりは、日本がバブル経済に沸いていた1989年。お金にならない案件ばかりを受けてしまうお人好しの弁護士・朝日道子(綾瀬はるか)のもとに、職場で嫌がらせをした上に仕事も奪った会社と上司を相手に提訴をしたいという女性・上原恵(ファーストサマーウイカ)が訪れる。当時はハラスメントという言葉そのものが浸透していなかったこともあり、起こそうとする裁判はまさに前代未聞。新人弁護士の藤野栞(松本穂香)の他、ありとあらゆる人が「勝ち目がない」と言うのだが、朝日は「この裁判は必ず未来に繋がる」と立ち上がるのだった。
まず目を引くのは、1990年代前後の世界を再現したルックの数々。『国宝』の小川久美子が衣装デザインを担当した女性たちのビビッドな色使いのファッション、さらには太い眉や鮮やかなアイシャドウといったメイクからも「バブル絶頂期」の空気が感じられるだろう。
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それでいて、どこでも誰もがタバコを吸っているためか、どこか「猥雑」な印象も残る。何より、ナレーションも交えて語られる当時の風潮がショッキングだ。女性は結婚までの「腰掛け」として働く存在だという認識、25歳までに結婚できなければ「売れ残り」と揶揄され、さらには「挨拶がわりのボディタッチ」さえも社会の「常識」の中に埋め込まれていたのだ。
本作のキャッチコピーである「『常識』に異議あり!世界を変えるのは、最初の勇気(ヒジョーシキ)」は秀逸だ。セクシュアル・ハラスメントがまかり通る上に男尊女卑そのものの風潮が、当時は「当たり前」だったことが恐ろしく、それがバブル絶頂期の華やかな見た目とのギャップになっている、あるいは「覆い隠されていた」とも言えるだろう。
とにかく、タイムスリップした気持ちで、その間違った常識に、当時は非常識な考えで闘いに挑む主人公たちの行動が、いかに勇気と努力を必要とする、厳しく困難な文字通りの「闘い」であったかを知ってほしい、いや体感してほしいのだ。
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絶望が伝わるファーストサマーウイカの熱演

さらに本作で重要なのは豪華キャスト。実質的な主人公である綾瀬はるかは、度を超えてポジティブで、浮世離れしているようにさえ見える様も含めてハマり役だし、仕事をしていない時の「私生活」も「本当にそういう多忙な生き方をしていそう」な説得力がある。松本穂香も、そんな綾瀬はるかとの対比となる、リアリストかつ「普通」の新人弁護士にピッタリで、正反対とも言える価値観の2人の掛け合い、はたまたすれ違いも興味深いドラマになっている。
そして、もう1人の主人公と言える、ハラスメントの被害者であり原告の女性を演じたファーストサマーウイカを、誰もが絶賛するのではないか。彼女のパブリックイメージは、言いたいことをはっきりと言う実直さや聡明さ、はたまた毒舌もいとわない豪快でサバサバした女性、といったものだろう。この『ファーストボイス』の劇中の彼女も、前述したようなバブル絶頂期らしいファッションもあって、パッと見では本人のイメージそのままの「イケイケ」な印象もあるのだが、実際は「そうではない」と、見た目と良い意味でギャップのある、本人の演技から伝わるのだ。
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鋭い目つきやスタイルの良さもあって、表面的には気が強い女性に見えるが、にじませる涙や困り果てたような表情からは、精神的に憔悴していく、それどころか絶望していることが、はっきりとわかる。それでいて、彼女は激情家であり、決して全てが清廉潔白とは言えない過去を初めは隠してしまったり、はたまた完全に間違った行動にも出てしまったりする。そうした「善良なだけではない役」を、ファーストサマーウイカは全身全霊で体現していたのだ。
“原告を守る”を課題にしていても「そうできていなかった」難しさ

言ってしまえば、ファーストサマーウイカ演じる原告は、弁護士にとっても、この映画を観る観客にとっても、「もう擁護できないかも」と思ってしまうほどの振る舞いをしてしまう人物なのだ。
しかし、ハラスメントや犯罪の被害者に「彼女にもスキがあった」「問題のある行動もしている」と言うことそのものが、新たなハラスメントであり、二次加害になる。その間違った振る舞いの理由は、彼女が想像を絶する苦しみを抱えていることにある。その認識があってもなお、「そう思いたくも、言いたくもなってしまう」という、とても危うい、いや、間違った心理に、観客がまた「巻き込まれる」ことも重要だったのだ。
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実際に劇中の山田真歩演じる弁護士は、「一度相談を受けるも世間の常識へ立ち向かう難しさから取り合わなかった」ため、その罪滅ぼしとして仲間に加わったはずだったが、劇中では原告を「責める側」へと回ってしまう。その彼女の心理もまた「わかってしまう」こともつらいが、「それでも」と弁護士仲間や支持者たちが原告に寄り添う姿勢を示したことが、本作の大きな意義だろう。
実際の福岡セクシュアル・ハラスメント裁判にて、当時に原告代理人を務めた元弁護士の辻本育子氏は本作を鑑賞して、こう述べている。
引用----
「映画はフィクションですが、事実以上に本質にせまる点があります。ファーストサマーウイカさんの熱演によって、“もしかしたら当時の原告はこういう思いだったのかもしれない”と感じることも多くありました。私たちが裁判を起こす際にはとにかく“原告を守る”ということを最大限の課題にしたつもりでしたが、それはできていなかったかもと」
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実際に、劇中で綾瀬はるかが演じる、正義感の塊のような弁護士であってさえも、原告であり被害者である彼女の気持ちを考えられていなかったのかも、と深く反省する場面がある。実際の事件の弁護士が、しかも原告を守ることを最大限の課題にしていてもなお、「できていなかったかも」と振り返るのだから、それがいかに難しく、だからこそ大切にしなければならないことも、やはりファーストサマーウイカが演じた役から、大いに伝わるだろう。
男性たちの憎らしさや加害性も描くが、それだけではない

そのように観客を危うい心理、なんなら被害者である原告を責めてしまう側に巻き込んでしまう心理描写も秀逸なこの『ファーストボイス』だが、基本はやはりエンターテインメント。大小様々な壁にぶつかるも、それでも絶対に諦めない不屈の精神や、心から応援できる痛快な展開こそが見どころだ。
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その過程で大いに貢献しているのが、これまた豪華な男性俳優陣だ。詳しい言動は実際に観て怒りを溜めてほしいのでここでは書かないでおくが、工藤阿須加と水川かたまり(空気階段)は、本当に俳優本人ごと嫌いになってしまいそうな(だからこそ誠実に役に向き合っているとわかる)憎らしさだった。また、そちらと相対するように、鈴鹿央士がこれまた本人のイメージを活かした、味方になってくれる(はずの)心優しい青年として、大きな希望に見えてくるのも美点だ。
そうした男性キャラクターは、エンタメとしてわかりやすく色分けされている一方で、「自分自身にも、こうした部分があるのではないか」と思わされる瞬間もある。だからこそ、ハラスメントの「加害性」に陥る可能性のある男性にこそ、見てほしいと思える作品だ。
それでいて、本作は男性をハラスメントの加害者として責めるだけでは終わっていない。実際に、前述した辻本氏も、こう述べている。
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引用----
「私は、セクシュアル・ハラスメントの問題については、特に男性にも自分の問題として考えてほしいと思うんです。たとえば、自分の子どもが、あるいは妻が、恋人がそういった被害を受けた時に、『あなたが悪いわけじゃない』とちゃんと伝えられること。そして、声を上げたいと思っている女性を支えられる。そんなふうに、そばにいる人になってほしいなと思っています」
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そうなのだ。男性はハラスメントの加害者になり得るだけでなく、その被害を受けた人を支える存在になれるはずなのだ。その希望を、鈴鹿央士演じる青年の行動や、クライマックスでの綾瀬はるか演じる弁護士の言葉からも、受け取ってほしい。
文=ヒナタカ
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