※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年11月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫)
★今月のプラチナ本
『書くこと、生きること』

梯 久美子
毎日新聞出版 2090円(税込)
森崎和江や石牟礼道子、石垣りんといった女性表現者、半藤一利や愛新覚羅浩など戦争の記憶を綴った当事者、戦争をとらえた写真家、朗読で各地を巡った谷川俊太郎など、様々な書き手の足跡を辿り、著者自身の執筆と人生についても告白する。「書くこと」と「生きること」のかかわりを追い求める著者が発表したエッセイ、評伝、文庫解説、書評から、書かずには生きられない人々の姿を描きだす。
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かけはし・くみこ●1961年、熊本県生まれ。文筆家。2006年『散るぞ悲しき』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。17年『狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ』で読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞の3賞を受賞。他に『世紀のラブレター』など。
■編集部寸評

■「すごい文章」を遺した人々の記録
文字は残るが、万能ではない。それでも書き遺さなくてはならない記憶がある。覚悟が必要だ。書かずには生きていけない書き手たちは、ときに命懸けで言葉を紡ぐ。ノンフィクション作家として多くの評伝を記した著者は、取材でえた文章を「与えてもらい、あるいは奪ってきたもの」だとし、過去の取材ノートを見返した際に「書かなかった」ことを「なかったこと」にしていた己に気づき愕然とする。きつい環境や時代を生きた人の切実な痛みや苦闘を、受け継ぐべく、私は今こうして生きている。
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似田貝大介 本誌編集長。200頁に本誌に携わった関係者の写真を掲載しています。ここに載せきれなかった、多くの人々に支えられ32年間を駆け抜けました。

■切実な「内臓の言葉」に触れる
さまざまな書き手から、書くことの不思議と書き手の不思議を探った一冊。なかでも特に印象に残ったのが、吉本隆明さんの言う「内臓の言葉」だ。それは他者とやり取りするための言葉ではなく、自分が納得し、自分にとって腑に落ちる言葉を指している。今、多くの言葉に囲まれて暮らしているが、こうした「内臓の言葉」に出合う機会は少ない。本書には、切実な「内臓の言葉」が刻まれている。それらに触れるうち、私たち自身の言葉や生き方までもが、問い直されるような気がした。
久保田朝子 毎月たくさんの新刊が発売される中で、素敵な一冊と出合えるのはご縁なんだと感じます。『ダ・ヴィンチ』を手に取っていただき、感謝です。
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■人はなぜ書くのか、人はなぜ読むのか
「他人の話を聞いて文章にするのは、暴力的なこと」──ノンフィクション作家の著者は自らの営みをそう評する。それでも「どうしても聞きたいこと、書くことで理解したいことがある」と。そんな著者が「書かずには生きられない人々」を見つめた文章の数々を通して、その作品に、その人にもっと触れたいと望んでしまう自身の罪深さにもまた気づかされる。書く人の熱は、読む人へと伝播する。本作は「人はなぜ書くのか」に迫りながら、「人はなぜ読むのか」の真髄をも教えてくれる。
前田 萌 本誌編集部に配属されてから約7年。本企画で寸評を書かせていただいた作品は85冊以上に。心震わされる素敵な作品の数々と出合えたことに感謝。
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■書きながら生きる人々
「書かずには生きられない人々」を取材してきた著者。人生から“書くこと”を切り離すことができなかった人々の一端から、書くという行為の力の計り知れなさを垣間見る。自分自身のことを書いて亡き夫を許せた作家の吉野せい、詩人でいることで周りの人々を傷つけているのではないかと気づく谷川俊太郎。そんな書かずにはいられない人たちの言葉はこの世にあふれている。泣いて笑って、心を動かされ、読むことでそれらの言葉を一身に受けられる今この時に改めて心から感謝したい。
笹渕りり子 とうとう最終号。本誌では「書く人」に多くの取材をしてきました。現場での言葉に感銘を受けたり、考えさせられたり。とても贅沢な時間でした。
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■表現せずにはいられない人たち
本作はノンフィクション作家の梯氏が、さまざまな表現者による詩やエッセイ、写真、評伝などを取り上げて論じたもので、それぞれの作品に通底しているのは、“切実さ”だ。表現を許されなかった女たち、戦争を当事者として生きた人とそれを見つめる人、自分の人生と表現を切り離せない人一時に喜びとして、時に苦しみや怒りとして、その切実さが表出する。引用されているたった一文を読むだけでも心を揺さぶられるのは、伝えんとする著者もまた、切実だからなのだと気づかされる。
三条 凪 梯氏は本作全体を通して、取り上げた作品それぞれの魅力を伝えている。最後のプラチナ本であり、次につながる一作として、ぜひ手に取ってもらいたい。
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■「書く」という覚悟に応えたい
「書く」行為は、「ねじれた感情をほどき」、「受け止め、背負い、何も捨てず」にいることだといい、本書に登場する人物は皆「ほとんど絶望的なその営み」を引き受けている。どれだけの覚悟と読者への信頼のうえでの行為なのだろうか。自分にはきっと「書く」勇気はない。だからこそ、せめて血のにじむような執筆の痛みと向き合い続けた人々の文章にまっすぐに触れ、かれらが残した炎を自らの胸に宿すことのできる、書き手の静かな信頼に応えた、しなやかな読者でありたいと切実に思う。
重松実歩 本誌がみなさんの人生の伴侶となる一冊や一節と出会う一助になれましたら幸いです。関係者と読者のみなさまに心より感謝申し上げます。またね!
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■読むこと
生業として“文筆”がどう、という話ではない。世界を見て触れて、そのたび、蓄積された経験とその結晶たる感性の中に新しい素材が混ざり込み、膨らみ、そうやってつまり人生全部の後押しを受けて内から噴き出す不可避の衝動。その出口に筆(あるいはカメラ)がある人たちの話だ。そんなところに凄い覚悟であえてひとつ出口を作った人の話と言えるかもしれない。裏を返せば、その読み手に浴びせかけられるのは一人生分の重みなのだ。ああそうか、読むことに魅せられるのはだからなのか。
市村晃人 読者の皆さまも、登場する方々も、作り手も、全員本が好きで縁が生まれる奇跡のような場だったとしみじみ。皆さま、本当にありがとうございました。
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■書くこと、書き続けること
著者は「自分が生きるために、理解するために書く」ことがはじまりだという。書くことで抗い、回復し、生きていく。同時に、「大きな問い」に出会うことが、書き続けるための原動力になるという。書かずにはいられないほどの問いを手放さずに、向き合い続けて生きていくことはどれほど果てしなく、厳しい道のりであるだろう。本書に収められた書き手の足跡を辿るにつけても、「書き続ける」という行為の重みがのしかかり、圧倒される。その切実さを引き受けられる読者でありたい。
今村瞳子 配属されてから半年、本誌を通してたくさんの人と本に出会うことができました。かけがえのない時間でした。本当にありがとうございました!
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