エッセイが続々と重版されている注目の書き手、古賀及子さんが新たに選んだテーマは“旅”。10ヶ所を訪れた東京日帰り旅について記録した『遠くまで旅するような顔だけをする』(産業編集センター)が刊行されました。普段は100%インドアで「旅は苦手」と自認していた古賀さんが、なぜ旅行記を…? 旅で得たものや、古賀さんならではの旅の面白がり方についても聞きました。

俯瞰で見る旅は、日常と繋がっていた
――本書は散歩や旅をテーマにしたエッセイですが、どんな想いから生まれたのでしょうか。
古賀及子さん(以下、古賀):東京を散歩してエッセイを書くというテーマが最初にあったので、観光地が多い場所に行けば、私みたいな東京に住んでいる人が見えていないような東京が見つかるんじゃないかなと。それから、私は旅や散歩が苦手なので、あえて苦手なものに挑戦することで旅や散歩の本質が見えるかもしれない。その2つを軸に書き始めました。書きながら気づいたのは、旅をすることでその場所にある謎が一つひとつ解けていくことでした。
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――まさに、今回10ヶ所訪れたうちの一つである上野は、「上野公園の謎」を解くために出かけた街でしたね。
古賀:「上野公園とは何かを知りに行く」とか「小さいころに浅草寺の近くで見たオモチャの犬をもう一度見に行く」とか、毎回ワンテーマ持って出かけていたと思います。その街自体にある謎というより、「あれは何なんだろう」という私と街の間にある謎ですね。その謎を解くための手つきを紹介しているのがこの本であり、私にとって街の謎解きのアンサーになったのが「遠くまで旅するような顔だけをする」でした。
――近くに住んでいるのに行ったことがなく、気になっている場所は誰にでもあると思います。実際に街を歩いて、どのように謎を解いていったのですか?
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古賀:たとえば浅草なら、街も見るけど、浅草という概念も見ます。「浅草」と、地名をカギカッコに入れて俯瞰で見つめ直す感じです。現実って大体、もともと持っていたイメージと違うじゃないですか。その違いの中に謎や面白さが詰まっているので、その謎を引き抜いて、一つひとつ解いていくような感覚ですね。現実を見るとき(散歩中)は見るだけに留め、メモなどを残しておいて、書く段階になって、あれは何だったんだろうと頭の中を観察し直すと、かなりメタになります。レンズを近づけたり遠ざけたりしながら謎解きをするような感じです。

――細やかな描写と概念の分析の両方があるので、街の輪郭が驚きを伴って浮かび上がってきました。そんななかに、共感できるような日常の話もポツポツ入っていて。東京タワーのエピソードでは、「雨は降らないと信じて洗濯物を外に干した。だから、曇っているけど傘は持たないで出かける」という冒頭から心を掴まれました。
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古賀:やっぱりそれも、散歩や旅がどういうことなのかを俯瞰で見ているんです。旅先で何を考えるのかなと思っていたら、結局、日常のことを考えている。外に出るといっても泊まるわけじゃないから洗濯物は干していこう、とか考えるわけで。どれだけ遠くに行っても、旅と日常は一体だってことに気がついたんですよね。だから、日常のことを書かずにはいられませんでした。
「どうしてそう思うか」を内省して書くということ
――10ヶ所の旅の記録に加え、東京の「銘菓」に関するコラムが5本入っています。驚くのは、多いものだと5ページにもわたって紹介されていること。どうしてこんなにたくさんの言葉が浮かんでくるんでしょうか。
古賀:リスペクトするってことだと思います。敬意を持って本気で興味を持つと見えてくるものがあって。私はやっぱり面白がりたいから、貪欲に面白がるというか、無理やりにでもお菓子の面白さを見出していくんです。東京カンパネラだったら、「この名前どんな意味だろう」という疑問を持って謎を解いていく。街にしろ、お菓子にしろ、取材対象に対して「僭越ながらあなたの謎を解かせてください。お願いします」といつも考えています。
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――貪欲に興味を持って観察するのはもちろん、見えてきたものを独特に表現できるのも古賀さんのすごさだと思います。
古賀:私はよく日記を書くのですが、日記では「感想禁止」と言っています。でもそれは「ある特定の感想を持ちたい、持つべきだ、と意図しない」っていうことなんです。自然と浮かんだのなら書いてもいい。でも私は、日常のできごとに対して感想を抱いたら、どうしてそう思うのかを内省して書くので、結局のところ感想そのままにはならないというか。思いついたことを一つひとつ観察していたら、ちゃんと気づくものがあるんです。
ドライな東京の街が肌に合っている
――古賀さんは母方のご家族が江戸っ子で、ご自身も東京で暮らしています。東京に対する思い入れはありますか?
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古賀:めちゃくちゃあります。東京、好きなんですよね。うちの両親はもともと東京生まれで、神奈川や埼玉を転々としましたけど、結局東京に戻ったんです。祖父母はどちらも東京に住んでいたので、おばあちゃんちに行くときも東京。そういうホーム感はありますね。埼玉ではニュータウンに住んでいたんですけど、独特の雰囲気に馴染めなくて、10代後半で逃げ帰るよう東京に戻ってきました。私のような軟弱者は東京のようなドライな街が合ってるのかなって。東京は救ってくれた街だし、守ってくれている街でもありますね。
――たしかに東京って、つながっているけど干渉し合わない感じがあります。
古賀:どんな人間でも指差されない。良し悪しですけど、私はそれが好きで。ギラギラして華やかだと思いますし、ハングリーな感じも好きですね。私もガッツがあるほうなので、一旗あげようという気持ちで(笑)。
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苦手意識って? 憧れていた旅で見つけたもの
――もともと旅や散歩が苦手だったそうですが、そういったものにどんなイメージを持っていましたか?
古賀:「たゆたう」っていうことが苦手で。散歩や旅はまさにたゆたうことだと思っていました。心が赴くまま、あちこちブラブラして。予定も立てるでしょうけど、フラッとどこかに行くような、心の余裕があるイメージ。私はすごくせっかちで、計画通り、脇目も振らずに物事を進める性分。その自覚があるから、私と散歩はそもそも親和性が低い。それが苦手意識につながっていました。
――それでいいかなと思っていた一方で、旅上手な人たちへの憧れがあったそうですね。
古賀:旅の豊かさみたいなものを堪能している人たちの余裕のある感じに憧れていました。どうせ楽しいんだろうな、羨ましいな、って思いながらも、自分は無関係だと。若干拗ねているのに近い距離の取り方をしていました。一人でフラッと散歩に行くなんて、良くないですか? 私とは違う充実のかたちだなと。
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――東京日帰り旅を経て、旅は少し身近になったのでしょうか。
古賀:ただ歩き出すだけで良かったんだとわかったので、苦手意識は思い込みだったんだなって感じましたね。荒療治ですけれど、行ってしまえ! と出かけたら結構楽しかったっていう。私は苦手を商売にして生きていますが、散歩に克服完了のチェックマークがつきました(笑)。自分には関係ないって勝手に線を引いていたのは自分だったと気づけて良かったです。
――古賀さんと同じように、苦手意識はあるけど旅に憧れる人がいるとしたら、どうやって一歩踏み出したらいいと思いますか?
古賀:私の場合はエッセイ執筆っていう得意なものと紐づけたからできたんですよね。だから、皆さんすでにやっているかもしれないけど、サッカーや野球で応援に行くとか、アイドルを追いかけるとか、美味しいものを食べに行くとか、好きなものと組み合わせて旅に出るとスムーズなのかなと。テーマパークが廃業してしまったりと気になっているものが今後なくなってしまう可能性もあるし、死ぬまでにやっておきたいリストみたいなものを作って、To Doを潰す感覚で行くのもありかもしれないですね。

取材・文=吉田あき、撮影=後藤利江
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