
十二国記の物語は、まだまだ終わってなどいなかった。たとえ壮大でも争いがひとつ決着したところで、何も終わりはしないし、世界はまだまだ続いていくのだと、歓喜と切ない痛みをもって教えてくれるのが、このたび刊行された『幽冥の岸 十二国記』(小野不由美/新潮社)である。
シリーズ一作目の『月の影 影の海』終盤で行方知れずであることが知らされた戴国の王と麒麟。時代をさかのぼり、まだ幼かった泰麒と泰王・驍宗の出会いと即位を描いた二作目『風の海 迷宮の岸』が刊行されたのが1993年。そもそも、蓬莱……現代日本に流され記憶を失った泰麒が、十二国という居場所を取り戻すまでの物語を、ホラーサスペンスとして描いたエピソード0『魔性の子』の刊行は1991年。『魔性の子』を改めて十二国の物語として描きなおした『黄昏の岸 曉の天』(2001年)ののち、18年の時を経てようやく、『白銀の墟 玄の月』という4巻にわたる長い物語の末、戴国には王と麒麟が玉座に戻った。
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正直、「次」はもうないかもしれないな、と諦めをもってその大団円を受け止めていた。偽王として討たれた阿選はどうなったのか、詳しいことが知りたかったけれど、それは野暮かもしれないと呑み込んで、余韻を大事にしていこうと思った。それがいかに浅はかだったか、『幽冥の岸』を読んで思い知らされた。
短編集である本作で、最初に所収されているのは「戦城南」。『白銀の墟 玄の月』で命を落とした、あるキャラクターの亡骸をめぐるエピソードである。驍宗を守るため、王位を奪還するため、国と民を守るために、『白銀の墟 玄の月』では将軍・李斎をはじめとするさまざまな人物が味方を少しずつ増やしながら戦い抜いた。それは、一見して、正義の戦いである。その道中、驍宗の存在を役所に密告し、一行を襲わせた人物がいた。悪気があったわけではない。むしろ驍宗こそが偽王で、それが正義なのだとその人は信じていた。何かがおかしい、ともしかしたら気づいていたかもしれないけれど、悪政に支配され、心を打ち砕かれ、もういいかげん報われたい、地獄から抜け出したいと願っていたその人にとって、密告こそが一筋の光。不意に目の前にたれた一本の蜘蛛の糸であった。
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個人的には、この最初の一篇が、いちばん重かった。阿選をそそのかし、戴国が荒れる原因となった琅燦が幼き頃、初めて驍宗と出会い、黄海でともに暮らした「異邦の客」もすごくよかったし、やはり『白銀の墟 玄の月』のサイドストーリーである「夢の結び」もよかった。泰麒が登場する、本当のエピローグであろうともいえる表題作は、読んで最後に涙が出た。
けれど、重たい胸の痛みとともに何度も反芻してしまったのは「戦城南」だ。何が正義でなにが悪か。許しとは、贖罪とは何なのか。十二国記で何度も描かれ続けてきたテーマがそこにはつまっていた。
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「驍宗の決断には信を置ける。なぜなら奴は葛藤から逃げず、考え続けているからな」というセリフは「異邦の客」のものだけど、見ないふりをせず、疑うことをやめず、そして考え続けること。その先にしか希望はないのだと、十二国記は描き続けている。争いの記憶とともにその根本を描いた本作は、シリーズ最高傑作ともいえるかもしれない。
文=立花もも
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