
「壺男さん、おいでください。わたしたちの願いをかなえてください」
そう唱えると現れる怪人・壺男。3回の追いかけっこをして、一度も捕まらずに逃げ切れば、どんな願いでもかなえてくれる。ただし、捕まれば食べられてしまう……。
阿泉来堂『壺男』(中央公論新社)は、そんな都市伝説めいた怪異をめぐる青春ホラーだ。
同じ高校に通う一鷹、志郎、純嗣、凛音、夕奈。彼らは小学5年生だった6年前、ある同級生を救うために壺男を呼びだした。そして高校生になった今、再びこのゲームへ引きずり込まれる。誰かが壺男を呼んだのだ。しかも、仲間全員を命の危険にさらしてまでかなえたい願いを抱えて。
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小学生から高校生となったこの6年間で、5人は変わった。
一鷹は、両親の期待を一心に受けていた兄を亡くし、家庭は機能不全状態に陥っている。志郎はバスケ部の次期キャプテンを任される存在だが、先輩たちの不祥事のとばっちりを受ける。純嗣は父親が蒸発し、母親は妹ばかりをかわいがり、学校でも孤立している。凛音は高校デビューを果たしたものの一軍女子のなかでは浮き、家では寝たきりの祖母を介護している。中学3年の夏には母親も家を出た。ただひとり、夕奈だけは子ども時代と変わらずに健やかなままだ。
そんな彼らの心の隙間に、壺男は入り込んでくる。
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人体が壊れていく過程を、痛みまで伝わってくるような筆致で描くのは、この作家おなじみの持ち味だ。その阿泉来堂節は今作でも冴えわたっている。捕えられた者がどう壊され、どう食われるか。描写は克明で、目を背けたくなるほどおぞましい。しかしより怖いのは、壺男が肉体を破壊することだけではなく、本人すらも認めたくない願望まで見抜いてしまうところだろう。
失ったものを取り戻したい。過去をやり直したい。今の苦しさから逃れたい。
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おのおの抱え込んでいる切実さに壺男はつけ込み、歪んだかたちで願いを現実にする。それは願い叶え系ホラーの古典『猿の手』を思わせて、なんとも意地が悪い。
3回おこなわれるゲームの舞台は、最初は壺男を呼びだした神社、次はかつて通っていた小学校への通学路、最後はその校舎であるのも示唆的だ。時刻は真夜中。一鷹たちは壺男から逃げながら、物理的にも心情的にも子ども時代へ逆走していく。
思うにこのゲームは、一種の通過儀礼なのではないか。
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壺男から必死に逃げようとする彼らの姿に、「自分は何を願っていたのか」「自分は何を失ったのか」を各人が見つめ直す姿が重なってくるから。過去の自分を振り返ることで、現在の自分が抱える苦しみや問題に気づく。それはまさに大人になるための作業だ。
なによりエモいのは、壺男の恐怖が増すほどに、遠ざかっていた5人の距離がまた近づいていくこと。
ともに逃げ、ともに怯え、ともに昔の記憶を掘り返す。過ぎ去ったものは取り戻せない。けれど、もう一度、友だちになることはできる。
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血みどろの恐怖の果てに残る、ほろ苦い青春の余韻。長く暗い夜が終わって朝の光が差し込むなか、5人はもう6年前の子どもたちではない。新しい自分たちになっていて、新しい時間が、ここからはじまる。怖くてエモくて血なまぐさい、青春ホラーだ。
文=皆川ちか
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