
野球は3つのアウトを取られると、その回の攻撃は終わる。けれど人生という試合は3アウトを宣言されても終わらない――平山讓氏によるノンフィクション小説『4アウト ある障害者野球チームの挑戦』(中央公論新社)のタイトルに込められたのは、そんなメッセージだ。2026年に文庫が刊行された本作は、東京で初めて結成された障害者野球チーム「東京ブルーサンダース」の挑戦を追う物語。2026年11月には、相葉雅紀主演の映画公開も決定している話題作だ。
物語の中心は、社会人軟式野球で活躍した矢本敏実。選手として引退した矢本は、野球の指導者になるという夢を持ちながら、障害者スポーツセンターの指導員になる。しかし、障害者との接し方に戸惑い、本格的に競技に打ち込む障害者スポーツの選手たちの練習相手もままならず、鬱屈とした日々を送っていた。そんな中、野球をしたいという障害者たちと出会い、監督を引き受けることに。しかし公式戦に出るにはメンバーが足りず、矢本は仲間を募る。臨時メンバーも参加してやっと出場したデビュー戦では、コールド負けを喫して――。
続きを読む
投げる、打つ、捕るといった複雑な動きが要求される野球。矢本は最初こそ、障害者に野球ができるはずがないと考えるが、障害を理由に野球を諦めてきた選手たちの思いに触れるうちに、選手として抱いてきた勝利への追求心を思い出す。野球をやるからには勝ちにこだわり、チームへの所属は、仕事を持ち社会人としても自立することが条件という厳しいスタンスで、東京ブルーサンダースは活動を続けていく。
この物語の最大の魅力は、「スポーツの楽しさ」を単に伝えるのではなく、勝ちを目指すからこそ見える景色を描いていること。「ハンデを抱えた人たちが、野球を通じて生きがいを見つける温かい物語」を想像して読むと、その期待は鮮やかに裏切られる。実話を基にしているため、フィクションのような華やかな展開やエモーショナルな心情描写はない。それでも、つらい過去を持つ選手たちが仲間とぶつかり、支え合い、努力を重ねて、勝利を目指す姿は十分すぎるほどドラマティックだ。そして、一度は夢見ることを諦めた矢本自身も、選手たちと向き合う中で自分の人生を見つめ直していく。そんな東京ブルーサンダースの面々が、勝利にこだわる野球を通して手にした喜びは、読者の胸を激しく揺さぶる。
続きを読む
本書は、障害者野球という競技そのものの面白さも伝える。足に障害のある選手が打つと同時に別の選手が走る「打者代走」や、片手が使えない選手が、グローブで捕球した球を宙に投げ、その間にグローブを落として素手で球を捕って投げるといった、独自のルールや技が登場する。身体的な特徴に応じた工夫が映すのは、ひとりの選手として勝つために技術を磨く姿だ。スポーツや部活の経験者なら誰もが、その試行錯誤や努力に深く共感できるだろう。
病気や事故によるハンデを抱えて生きる人だけでなく、誰もが、挫折や夢の終わり、自分自身の弱さといった壁にぶつかる。そこで負った傷や状況にどう向き合って再び前を向くのかが、すべての人にとっての人生のテーマだろう。東京ブルーサンダースのメンバーが、負けても負けても勝利を目指す姿に、敗北の後にこそ、人としての本当の強さが問われるのではないかと思わされる。大きなスクリーンで、選手たちが打って、捕って、走る姿が観られる映画版の公開も楽しみだ。
文=川辺美希
記事一覧に戻る