作家やクリエイター、お笑い芸人、音楽アーティストなど、多彩なジャンルで活躍する人たちが、心に残る一冊をセレクトして、自身の言葉で紹介! 本を選んだ理由やそれぞれならではの視点を通して、本との新しい出会いや、読書の楽しみを届けます。

この部屋が外界とは無関係であることを装うため、大貫妙子の『SUNSHOWER』を大音量でかけ、愛読書を数冊手にとり、お気に入りの椅子の上で読み始めた。
椅子の横に設置したスツールの上には、自分で手間ひまかけて淹れたコーヒーが置いてある。それを飲む度、大量のCDと本、ギター、そして、「わたしはこの仕事でやっていくんや!」と決意したときに、初著書の印税で買った大げさなアクセサリーが視界の端っこに映りこむ。
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思わず「なんだこの理想の喫茶店は」と思う。頭に浮かんできた原文のままで申し訳ない。
こうして好きなものに囲まれてゆったりと過ごしていると、わたしは久しぶりに本来の自分を取り戻したような感覚につつまれた。嗜好品を通じてほのかに世界と接続しながらも、この空間は確実にわたしのためだけに存在している。
わたしは、そのことに心底ほっとした。
生きるために社会性という鎧を身にまとい、自分の腹を出来るかぎり見せないように戦い続けてきたわたしは、知らず知らずのうちに自分を見失っていたのだ。この安心感は、再びわたしがわたし自身と出会い直したことによって、生まれたものだった。
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奇しくも、その時に読んでいた金原ひとみのエッセイ集『踊り場に立ち尽くす君と日比谷で陽に焼かれる君』(朝日新聞出版)に収録されている一篇、「「母」というペルソナ』にもこの感覚と繋がる記述があった。
引用----
休日の昼下がり、編集者が日本から送ってくれた本の束から一冊選び、ベッドに横になって読みながら、眩しくて電動シャッターを少し下ろした。本は緩やかに面白みを増し、このまま昼寝でもしてしまおうかと思ったその瞬間、唐突に郷愁を感じて文字を追う視線を宙に泳がせた。
「そうか、私はこんな感じだった」
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このエッセイは結婚後、子どもを持つかどうかという極めて重要な選択において、自分の意思が尊重されないまま母親となった経験を語った文章だ。その経験について著者は
引用----
アイデンティティーを大きく左右する事象に関して自分の意思が尊重されなかったことは、人生に対するコントロール感覚をそぎ、尊厳を奪われたと感じるに十分だった
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と綴っている。
著者はそこから小説家として活動しながら、壮絶なワンオペ育児を強いられ、執筆時以外には「母」のペルソナをかぶり続けることとなる。
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それでも「今日を乗り越える」ことを必死に繰り返し、子どもの成長や配偶者との離婚を経たことで、少しずつ「母」のペルソナが薄れてきた著者は冒頭にも引用したように、ついに「子供を産む前の自分」と出会い直すこととなる。
こうしてその経験を惜しみなく語ることは、今現在同じような状況にいる誰かにとって大きな支えとなるだろう。実際、このエッセイの初出は新聞であり、掲載時には大きな話題となった。
一方で子育てをしたことのないわたしには、その苦悩を想像することは出来ても、安易に共感するのは失礼なのではないかと、どうしても考えてしまう。
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いや、それでも、やはり、わたしがこの文章に救われた事実も決して嘘ではないと言わせてほしい。
親との関係が不安定だったこと、学校に心の置きどころがなかったこと、テストの点数や張りぼての才能や恋愛的魅力でしか誰かにかまってもらえる気がしなかったこと、やっと出会えた親友にもう二度と会えないこと、社会ではわたしらしさなんて一切求められていなかったこと、個性は生きる上で邪魔くさくて消し去りたかったから誰かに咎められるたびに「わたしを普通にしてくれてありがとう」と密かに感謝していたこと、酒気帯びでしか明日を迎えられなかったこと、どこにいたって誰といたって絶対的な安心感なんて得られなかったこと、そういう痛みを経て、きっとわたしも本来の自分が見えなくなるほどの分厚いペルソナを被ってしまっていたのだ。
みんな多かれ少なかれ、きっとそうやって生きてきたでしょう? だからこのエッセイは子どもを持つ親だけでなく、そうして自分を見失った者たちのすべての人生に寄り添うものだとわたしは思っている。
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エッセイの最後に、著者はこう綴っている。
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魂があえぎをあげている時、あなたが喪失したと感じている自分は実は今もそこにいるんだ。(中略)それはあなたにとって絶望かもしれないが、希望でもあるはずだ。つきまとう自分の気配を気取って思い出して欲しい。あなたには何に首を絞められるか決める権利があるということを。
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ただ必死で1秒でも長く生き延びようとしているだけのわたしに、人生の選択権なんて一度も回ってこなかった。ずーっともう降りることの出来ないジェットコースターに乗り続けているような気分で、大切な何かを壊しても、どこか他人事のような顔でヘラヘラしていた。そのことを肯定する気なんてまったくないが、どうしても心を鈍化することでしか生きられなかった事実も無視はしないであげたい。
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しかしそんなわたしも、こうして文章を書く中で、ただ1人で自由に過ごす中で、何よりあなたたち読者と出会う中で、ようやくさまざまなペルソナを剥がし、本来の自分と対面する時が来たのだ。わたしは掴みどころのなかったその感覚を、本書を読むことによって確信へと変えることがた。
だからこれからは、ついに再会を果たした傷だらけのわたし自身と手を取り合い、「お前、ふざけんなよ」って罵倒されながら、血みどろで爆笑していたい。『「母」というペルソナ』はあなたがあなたと出会い直すとき、きっと近くで見守ってくれる。
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■ナツイさんが紹介した本
『踊り場に立ち尽くす君と日比谷で陽に焼かれる君』金原ひとみ
【プロフィール】
ナツイ

平成レトロ直撃世代のイオンタウン生まれヴィレヴァン育ちのエッセイ・コラムニスト。元書店員。SNSでエッセイ、またエンタメやサブカルに関する発信をおこなっている。2025年にアンソロジーのZINE、しりひとみ編『死んでないけど走馬灯』に参加。著書に『サブカルをお守りにして生きてきた』がある。
https://x.com/natsui_tanoshi
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