※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年10月号からの転載です。

32歳まで本を読み切ったことがなかった「みくのしん」が、友だちの「かまど」の助けを借り、太宰治『走れメロス』を読む。
2年前、その様子をつづった記事がウェブメディア「オモコロ」に掲載されると、100万PVと大反響を呼んだ。シリーズ化され『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』『本が読めない33歳が国語の教科書を読む』として書籍化。シリーズ累計13万部を記録と大ヒットした。
『本が読めない34歳がはじめてごんぎつねを読む』はシリーズ3冊目。プレッシャーは感じますか?
「もちろんなくはないんですが……余計なことを考えず、今回もかまどと楽しく本を読むことに集中しました」とみくのしんさん。企画から選書、撮影、記事執筆、書籍の構成も担当してきたかまどさんも「僕が書籍化で感じるプレッシャーは、いつも同じ。みくのしんとの読書の楽しさが伝わらなかったらどうしよう、ということですね」と話す。
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今回はもう一つ、別のプレッシャーがあった。オモコロが出版レーベル「オモコロ出版」を立ち上げ、本書はその1冊目となるのだ。
「最初の作品ですからね……」とみくのしんさん。かまどさんは「オモコロ出版が今後も続くためには一発目から失敗するわけにはいかない」と言いつつ、「社長には500ページ近いですが大丈夫ですか? と言ったんですけど、普通がどうなのかまだわかっていなかったようで(笑)。分厚いまま出せました」とにやり。
このシリーズに多くの読者が強く惹かれるのは、みくのしんさんが登場人物とそして作者と時空を超え、真正面から向き合う姿だろう。
〈ここで笑ったら内供が心を閉ざしちゃうだろ!〉(芥川龍之介「鼻」)と主人公のために周囲に怒り、〈子どもがこれを一人で背負うのは厳しいって……〉(新美南吉「ごんぎつね」)と主人公(子供=ごん)を思いやる。また、かまどさんが「共感というより一体化ですよね」と言うように、〈気を抜くと、簡単に「俺」だと思えてしまって、頭が混乱するんだよ〉(太宰治「葉桜と魔笛」)と登場人物に「なる」こともある。
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雨穴「変な絵」にみくのしんさんが書いた「感想文」には、行方不明の子どもが保護者と再会したシーンについて〈僕ら3人で抱き合ったときに〉と自身がそこに「いた」ことがさらりとつづられている。
「あの時は、僕も含めて3人でしたね。その場に僕がいる場合もあれば、その人になっている場合もある。その都度、一番読みやすい位置にいるんだと思います」と話すみくのしんさんに「カメラがどこに位置するか、ということだよね」とかまどさん。
「そうだね。前よりも本を読みたい気持ちが強くなっているから、どこから見たらより楽しいのか、自由にカメラを動かすようになったのかもしれない。読むのも、ちょっと早くなってきている気がしていて。前は、本に近寄りすぎていたなと思う。1つ1つの単語を全部理解しないと進めなかったんです。今は少し引きながら読書できるようになったのかも」
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ただ、かまどさんいわく「1冊を読み終える時間自体はそれほど変わっていない」。
「しゃべる時間がすごく長くなった。みくのしんがこれまでの人生で何を思ったかを呼び起こして、本と結びつけて語る時間が増えている」
「確かにいろんなことを思い出しながらしゃべったなあ」とみくのしんさんも言う。例えば、こんなふうだ。
〈今のところ、俺の人生って、「ごめんなさい」のパワーを思い知った人生なんです。だから、謝れなくて損してる人を見ると、悔しくてたまんないんだよ〉(「ごんぎつね」)
ほかにも自身の家が浸水した時の心境を、「変な絵」の「疲れている」主人公の心情と結びつけて語る場面などがあり、我々読者もまた、自身のつらさを重ねながら読むことができる。
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文字を映像化する? しない?
3冊目まで来て、「読書とは何か」というテーマの核心にまた近づいたのでは? と聞くと、かまどさんも、「そうなんですよね。1冊書き上げてみると、前作とはまた違う場所に来たなと思うんです」と言う。今回はどんな場所に?
「全部の文字を頭の中で映像にすることで本を読んできたみくのしんが、『文字を文字として読むこと』ができるようになって、『文字にする行為の凄さ』にも気づいたんです」
みくのしんさんもこう話す。
「まだ完全には理解できていないと思うけど、文字ってやばい! と思いました。2冊目で『枕草子』を読んだ時も千年を超えて同じ感情を伝えられる文字の凄さを感じましたけど、今回は『変な絵』で“叙述トリック”を読んだことで、初めて文字を文字として理解したんですよね。映像を浮かべることができなかったから、そうするしかなかったんですが」
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「“語り手が実は……”という叙述トリックだったので、『みくのしんは語り手の特殊メイクがはがれるような映像を想像するかな?』と予想していたんです。でも、ただ文字として読んでいた。驚きましたね。ただ僕はずっとそれを言ってきたんだけどなあ、とも思いました。僕は映像化せず本を読むので。正反対の2人の読書が、ちょっと交わって嬉しかったです(笑)」
かまどさんは頭の中で映像化しない、というより「映像にしたくない」と思ってきたのだという。
「子どもの頃から映像が追いつかないぐらいの、文字でしか表現できない空想の世界にどっぷりはまることで助けられてきたんです」
「この前、かまどは『トムとジェリー』みたいな世界が理想だって言っていたよね?」とみくのしんさん。
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「そう、あんなふうに自由に体が伸び縮みする世界が僕の理想郷で。そのせいで『結局、現実は空想にかなわないじゃん』とうっすら現実がつまらないと思い続けてきたんです」
だがみくのしんさんと本を読むようになり、今回大きな変化が訪れた。
「先ほど言ったように、みくのしんが自分の人生や現実世界を参照しながら読む方法を教えてくれた。僕も『ごんぎつね』に出てくる“萩の葉”を調べて読んでみたら楽しくて。今回、『鼻』に登場する寺の装飾品の絵を掲載したのは、読者の方に僕らと同じ映像を見てほしいと思ったから。おせっかいなんですが(笑)」
「かまど、そっちの読書もできるようになっちゃったのか……すごいな」
そして、この本を書き上げた頃には「つまらない」と思っていた現実をも楽しめるようになっていた、とかまどさんは言う。
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「水道で手を洗う時、蛇口から龍が出てこないのはつまらないけど、水を触って『あっ冷たい!』とみくのしんみたいにその瞬間を楽しむ感覚が、30代後半にして僕もようやく持てた。元々持っていた映像にできない景色に心惹かれる浮力と、現実を楽しんで生きるという重力、そのどちらも持っている今の僕は無敵です(笑)。この3冊目は、大きな転機になると思います。『あの時あの本を書いたから、今、こういう俺なんだ』と思う日がきっと来る」
うなずきながら聞いていたみくのしんさんがひとこと。
「“かまどと俺”じゃなくて“かまどとかまど”でこの読書をしたらどうなるのかな? 映像にするかまどと、映像にしないかまどで本を読む」
「大げんかになるんじゃないかな(笑)。“みくのしんとみくのしん”で読んでみたら?」
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「俺と俺じゃあ、一生その本読み終わらないよ(笑)」
取材・文:門倉紫麻 写真:種子貴之
かまど(写真右)●1989年、福岡県生まれ。テレビ・ラジオの構成作家として活動したのち2017年からオモコロライターに。姉妹メディア「オモコロブロス」編集長。
みくのしん(写真左)●1990年、東京都生まれ。お笑い芸人として活動したのち、2016年からオモコロライターに。26年2月「オモコロ」編集長に就任。

『本が読めない34歳がはじめてごんぎつねを読む ごんぎつね・変な絵・鼻・葉桜と魔笛』
(かまど、みくのしん/オモコロ出版)
本作では新美南吉「ごんぎつね」、芥川龍之介「鼻」、太宰治「葉桜と魔笛」に加え、SNSで大きな話題になった雨穴「変な絵」第二章の読書篇も収録! さらに、『変な』シリーズ作者の雨穴との特別対談も掲載! ベストセラー作家の創作術と、その素顔に迫ります。
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