
まだまだ暑さが厳しいこの時期は、背筋がひんやりするホラー小説が恋しくなる。思いっきり恐怖の世界に浸りたい――。そう思っている方にぜひおすすめしたいのが、700ページ超という圧倒的大ボリュームの『此方より 小林泰三未収録短編集』(小林泰三/KADOKAWA)だ。
著者は、若くして死去した「ホラー短編の鬼才」こと小林泰三氏。本作は、著者のデビュー30周年記念として発刊された。圧巻なのは、内容の豪華さである。なんと、単著未収録だった幻の14編がこの1冊にドンと収録されているのだ。
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短編ホラー小説集は1作目に収録された作品が醸し出す雰囲気が重視されることも多いように感じる。ホラーと一口に言っても、心霊やヒトコワ系など、ジャンルはさまざま。最初の1作目を読み、自分の感性に合うか確かめる読者は少なくない。
だが、本作は読者の中にあるそうした審査員的な視点を粉砕するほど先が読めない。評することを完全に忘れ、小林氏が創り出した独創的な狂気の中へ誘われてしまうのだ。
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冒頭に収録されている「愛玩」はまさに、そんな著者の力量を思い知らされる物語である。
外科医の井之河啓太はある日、児童相談所の職員から少女虐待・監禁の疑いをかけられる。職員は事前に周囲への聞き込みで得た証拠をもとに、井之河の家を突撃。しかし、部屋の中に広がっていたのは、想像を絶する光景だった――。さまざまに仮説を立てながら井之河の罪を暴こうとしていた読者も、まさかの展開に度肝を抜かれ、「彼に与えるべき罪状とは一体…?」と頭を抱えてしまうことだろう。
そんな強烈な物語から幕を開ける本作は、「二人を繋ぐ夢」という作品も印象的だ。
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病院に入院中、「わたし」は、思考や言動が少し奇妙な女医の赤沢先生に不気味さを感じていた。ある夜、病室で眠っていると、赤沢先生は突然ベッドの中へ。恐怖を感じた「わたし」は驚き、病院関係者にその事実を訴えたものの、誰も信じてくれず、当の赤沢先生からも否定されてしまう。
おかしいのは「わたし」なのか、それとも周囲のほうなのか――。主人公への不信感も消えない中、ストーリーを読み進めていくと明らかになるのは、ある人物の恐ろしい野望。同作で小林氏は、「争いのない世界であってほしい」という誰もが抱く願いを、SF要素を絡めながら見事なホラー作品として昇華させたのだ。
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最後の一文で改めて背筋が寒くなるこの物語は、純粋な理想が増幅することの恐ろしさを教えてもくれる。
なお、表題である「此方より」は短編作でありながら100ページ超えと、非常に読みごたえがある。
主人公の伯父は、大学の研究者。周りから非難されながらも呪術の研究をしていたが、ある時期から奇妙な装置を含む実験材料を持ち出し、山奥にある自宅の離れで研究を進めるようになる。甥の「僕」は興味本位からある時、無断で伯父の離れへ。そこで見たのは、朦朧としながら奇妙な装置を操作する伯父の姿と、この世のものとは思えない異形の「幽霊」だった。
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それから20年以上が経ち、大人になった「僕」はあの日のことが忘れられないまま、引きこもり生活を続けていた。しかし、ある日、突然訪ねてきた女性からの思わぬ頼み事がきっかけで、久しぶりに伯父のもとを訪ねることに。
伯父を捜す過程では、幼少期に見た不気味な者たちの“真の正体が明らかになるだけでなく、「僕」たちの世界が大パニックに見舞われる。
スケールの大きな恐怖を読者に突きつけると同時に、「幽霊」という存在とは一体何なのかという問いまで残す同作。読み終えたあとには世界の見え方が少し変わり、改めて小林氏の筆力に驚かされることだろう。
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他にも、本作には太宰治の名作『走れメロス』のオマージュ作品や、「未来から来た自分」だと語る男とユニークなやりとりを繰り広げながら神社の儀式に挑む少年の奮闘を描いた「虹色の高速道路」など、唯一無二の魅力を持った作品も収録されている。
もっと、小林氏の作品を読みたかった――。読後にはそう思わされ、小林氏の早すぎる死により心が痛むことだろう。
文=古川諭香
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