※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年10月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫)
★今月のプラチナ本
『進め!白鼻進』

増村十七
小学館ビッグC 770円(税込)
1933年、日本が国際連盟を脱退し、暗雲垂れ込める中、売れないマンガ家・白鼻進は、人生最大の賭けに出る。大人気作『のらくろ上等兵』のパロディ『ぶちねこ四等水兵』で一発逆転の大ヒットを狙ったのだ。『ぶちねこ』は、戦争の予感が追い風となり、狙いを遥かに上回る爆発的な広がりを見せた。しかし次第に自らが生み出した熱狂に侵されていき……。戦間期から戦後を舞台に、マンガ家の業を描く物語。
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ますむら・じゅうしち●2012年、「のんちゃん!の破壊日記」で商業誌デビュー。19年『バクちゃん』を連載開始し、全2巻が発売される。同作は、個人で発表していたオリジナル版が第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞。『花四段といっしょ』で「このマンガがすごい!2023」オンナ編で12位にランクイン。
■編集部寸評

■たかが物語、されど物語
自分のマンガが読まれないのは「社会が悪い!」と叫ぶ白鼻進は、己のマンガで争いのない世界に変えると息巻く。そんな彼は田河水泡の『のらくろ』を読んでマンガの可能性に開眼し、最終的にパロる。本作は戦前期に起きた実際のムーヴメントをもとに構成された物語だ。炎上商法を仕掛ける版元・宇宙堂書店の亀吉は過激に煽情し、作品は作者の手を離れて独り歩きしてゆく。人は物語を欲し、惹かれる。故に戦争や政治にも利用された。そう、本作は昔話ではない。現代の我々に問いかける。
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似田貝大介 本誌編集長。夏休みにアクアマリンふくしまへ。異例のルートで迫る台風15号から逃げるべく、そそくさと帰りました。次号で本誌は休刊します。

■表現が時代に歪められる
売れないマンガ家・白鼻進と、小さな出版社社長・亀吉のコンビがヒットを目指す。1930年代から炎上を逆手にとって展開するなど、あらゆる手を使って宣伝を行い、亀吉はその手腕を発揮する。しかし、中盤以降は空気が一変。戦争という時代の波に飲み込まれながら、必死で創作活動を続ける白鼻進だが、彼が意図しない形で読者に届いてしまう。ただ、面白い作品を届けたかっただけなのに。白鼻進が打ちのめされるラストは、物語を届ける人、そして受け取る人にも深く重い余韻を残す。
久保田朝子 休刊まで残すところあと2号。バックナンバーを見返すと、時代ごとの空気感が満載で、雑誌はこうして時代を映し出していくのだなとしみじみ。
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■「バカバカしい子供騙し」のはずだった
「1作の漫画で、ひとの人生が変わる」とはまさに。鳴かず飛ばずの芸術家だった白鼻進は、さまざまな人気作の要素を組み込んだ『ぶちねこ四等水兵』でヒットを果たし、立派な家を建て、恋人と結婚し、子どもにも恵まれる。人生が変わるのは彼だけではない。作品を読んだ幼い子どもたちが言う。「早く兵隊さんになってさぁ! 戦争に行ってさ! 敵の首をこう! こう! 切りまくって! ぶちねこみたいに!」。熱狂の渦を作り出した白鼻進が突き進む先にあるものに、ぞわりと心が泡立つ。
前田 萌 各話の間には、本作に描かれている時代を解説したコラムも。どのような道のりをマンガが歩んできたのか。本編とあわせてその軌跡を辿ってみてほしい。
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■「今だけだよ」の地続きの先には
マンガ家・白鼻進は売れるためになんでもやってきた。パクリからはじまり、時にはデマを流し、痛快とも呼べるようなスピード感で本人たちは熱狂の渦中へ飲み込まれていく。「たかが僕の漫画」が人々の心を掴んだのだ。白鼻進から見た「地獄行き」の道中は、苦労はあれど華やかであったのではないか。一方で彼の身近な人たちとの心の距離はゆっくりと確実に変化し始める。無我夢中で進み続けたその先は一体。薄ら寒さを感じるラストは今だからこそしっかりと向き合いたい。
笹渕りり子 書店特集を担当。いしいしんじさん推薦の本屋、彩文堂ではわたしも個人的に惹かれた絵本『太陽と月』を購入。良い出会いに恵まれて嬉しいです。
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■“面白さ”とはなにか
主人公の白鼻進は、ただ面白いマンガが描きたかったはずだ。とうとう生み出したヒット作だったが、今度は戦争の影が迫る。国の目をかいくぐり、読者を熱狂させる作品を描かねば――そうやって彼が辿り着いた作品は、“面白さ”から遠いところにあるように見える。面白さの基準は不変ではなく、もしかしたら、それは誰かにコントロールされたものかもしれない。渦中にある人間が、果たしてそのことに気がつけるのだろうか……情報を発信している立場として、深く考えさせられる一冊だった。
三条 凪 村上春樹特集を担当。最新作『夏帆』の舞台の一つである武蔵境は私の地元と近く、なんだか嬉しい。あの「とぎや」に出くわしたりしないだろうか……。
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■「たかが僕の漫画じゃない。」
と主人公は語る。だが優れたマンガは、時に人の価値観を危ういほど大きく揺さぶる。ただ「売れたい」と原稿用紙に向かい続けてきた彼が、ようやく顔を上げた先に見えた景色に打ちのめされた。とはいえ、作品に力を持たせるのは作者だけではない。「バズ」という引力を生む私たち読者も当事者だ。「他人事だと無自覚でいるつもりか」と問うようにこちらを見つめてくるカバーのぶちねこたちの瞳に、この物語が描いたのは過去ではなく、私たちのすぐそこにある未来なのだと痛感する。
重松実歩 書店特集を担当しました。みなさまの書店エピソードに、コナリミサトさんの描き下ろしマンガで思わず涙。本屋さんがずっと残り続けますように。
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■「進め!」は誰のこえなんだろう
創作が持つ力、それを生む責任を題材に取る作品は少なくないが、創作に対して読者たる世間が持つ影響力もまた計り知れない。殊更に愛国心を煽りたかった訳でも、玉砕の美学を説きたかった訳でもない―ただ、熱狂を生み、マンガを売りたい。白鼻進はそう考えていたはずだ。その一心で進み続けた彼が物語のラストで漏らす一言は、読み手の感情でもあるだろう。必死で求められる作家にならんとする白鼻進にはどれほどの自由が残っていたのか。最後のページをながめつつ考えさせられた。
市村晃人 一人暮らしをはじめて結構経ち、ようやく本棚以外のまともな棚を導入しました。ビックリするほど気分が変わり、床置きは減らそうと決意しました。
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■熱狂はどこへ向かうか
読者に向き合えていない、という悩みを抱えていた白鼻進の出した答えは、軍国主義の気分をマンガでとらえ、増幅させることだった。自分の主義主張を呑み込み、葛藤しながらも世に出した『ぶちねこ』は爆発的なヒットを記録、徐々に熱狂に侵されていく。渦がどんどん大きくなり、やがて止められなくなる。そして戦争が終わったとき、自分の創作が生んだ余波を引き受けられるだろうか。読者の私たちは、戦争に加担していないと言えるだろうか。作品を世に出し、享受する責任を感じた。
今村瞳子 村上春樹特集を担当しました。高妍さんによる『夏帆 The Tale of KAHO』コミカライズも必見です。冒頭のあの台詞がキーになっています。
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