
妊婦健診で採られた自分の血を、病院から取り戻したい。
そんな衝動に駆られ、女は夜の街へ出る。なぜならその血には、奔放に生きてきた自分の歴史も、他人を傷つけてきた記憶も、すべて刻まれているように思えるからだ。
鈴木涼美『悪い血』(文藝春秋)は、妊娠した三十代の主人公・茜が自らの過去とまだ見ぬ子どもの間をさまよう、ひと晩の黄泉めぐりだ。
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こんなふうに生きていたら、いつかきっと罰を受ける。
茜は長い間そう考えてきた。欲望のままに振る舞い、自分自身を粗末に扱ってきたのだから、何が起きても仕方がない。妊娠したことで、これまで自分だけのものだった身体が、まだ見ぬ子どもの身体へとつながってしまった。もしかしたら妊娠それ自体が、罰のはじまりなのではないか……。
茜をとらえているのは明らかな自罰感情だ。罪には必ず罰がくだされるというその思いは、ほとんど信念に近い。この信念はどこからくるのか? 手がかりは茜の過去にある。私たち読者は、病院へ向かう茜とともに彼女の回想を共有する。
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深夜の歌舞伎町を歩きながら、茜はこれまで生きてきたなかで体験した数々の出来事を、脈絡なく思いだす。風俗で働いていたときの、待機室での嬢たちの会話。若くして、それも妊娠中に死んでしまった友人。かつて憧れに近い目で見つめていた女友だち。中学時代、見知らぬ男にトイレへ誘い込まれたこと……。まるで自分の奥底へ続いている階段を下りていくように、回想は奔流する。
茜はひとりだ。
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身重の自分を気遣い、子ができたことを喜んでいる恋人に、今のこの気持ちを打ち明けない。むしろ彼の善良さを、善良であるがために見くびっている。彼に許されても、茜は自分を許すことができない。彼女を深いところで支えているのは、すでに亡くなっている父だ。父は生前、茜のすべてを理解していたわけではない。それでも娘を裁こうとはしなかった。語り手の茜は気づいていないかもしれないけれど、読んでいるこちら側には、茜が愛されていたことがたしかに伝わってくる。
長く長く歩いた末、茜は父と対話する。自分の抱いている罪悪感について、幸福から遠ざかることばかりしてきたことについて、罪と罰について、因果について。それに対し父は、力強くも明瞭に応える。「罰せられていると思うなよ」と。罪に対する罰などはない、と。
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茜を暗い階段の底から引き戻すのは、父の言葉だけではない。
遊び友だちの麻子は、生まれてくる子どもについて「出てくるものは出てくるし、それは別にあんたのことを幸福にするために出てくるわけじゃないから」と言い放つ。その言葉は、妊娠を自分への罰あるいは赦しとみなす茜の、どこか自分中心な因果の物語を無造作に突き崩す。
彼女たちの関係は“シスターフッド”とはほど遠い。互いへの親しみと軽侮、「この女よりは自分のほうがまし」という優越感がうっすらと入り混じったうえでの共感。こうした関係性は前作『典雅な調べに色は娘』にも通じている。作者の描く“友情”には、連帯という言葉では掬いきれない濁りがある。その濁りが、清らかではない私には心地いい。
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茜は血を取り戻そうと夜の街へ出て、そして帰ってくる。過去が消えるわけでも、よい母親に生まれ変わるわけでもない。ただ、自分を罰するためにつくりあげた因果の物語から、ほんの少し外へ出る。「悪い女」のまま朝の世界へ戻ってくる。救済というにはずいぶん心もとない。だからこそ信じられる、行きて帰りし物語だ。
文=皆川ちか
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