
「新感染 ファイナル・エクスプレス」の監督として知られ、Netflixドラマシリーズ「ガス人間」の脚本家として参加しているヨン・サンホ監督の最新作「顔 -かお-」が日本で公開される。
本作を手がけるヨン・サンホ監督はアニメ作家としてキャリアをスタートし、「地獄が呼んでいる」「寄生獣」などのジャンル映画の監督として日本でも知られているが、社会や人間の内面を鋭利な眼差しで描く実力派の監督だ。そして主演として一人二役を演じるのは徹底した役作りに定評があるパク・ジョンミン。本作「顔 -かお-」では2026年「第62回百想芸術大賞」の映画部門において男性最優秀演技賞を受賞し、名実ともに韓国随一の実力派として本作では圧倒的な存在感を放っている。
「顔 -かお-」公開に合わせて来日したヨン・サンホ監督には本作についての思い、主演のパク・ジョンミンさんには演技と役作りについてお話を聞いた。
――「顔 -かお-」を世に送り出そうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?
ヨン・サンホ監督(以下、ヨン・サンホ):「我は神なり」(2017年/アニメ映画:監督・脚本)を作っている時に、次の作品としてはインディペンデントなアニメ作品を構想していました。
本作の「顔 -かお-」については「ソウル・ステーション/パンデミック」(2017年/アニメ映画:監督・脚本)とどちらにするかを考えていましたが、周囲の人からは「社会的な作品が多く続いているから、次はジャンルものをやってみたらどうか」と言われ、次の作品としては「ソウル・ステーション/パンデミック」を撮ることになりました。その後この作品が「新感染 ファイナル・エクスプレス」(2016年)に続いて予想外のヒットをすることになったことで、しばらく実写の大作映画を中心に撮ることになりました。そのため(インディペンデントな)「顔 -かお-」を映画化するのは難しいと思っていましたので、漫画でずっと作業を続けていました(※同タイトルのグラフィックノベルが2018年に韓国国内で刊行された)。
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いろいろな作品を撮りながらも「マーケットに好まれ、選ばれるような作品ばかりを撮っているのではないか」と自分の中に渇きのようなものがありました。
当時、黒沢清監督やエドワード・ヤン監督などアジアの巨匠の作品を多く見ていた中で、「ガス人間」(2026年/エグゼクティブプロデューサー・脚本)を書いていた時に東宝から片山慎三監督を紹介されました。
片山監督の「岬の兄妹」(2019年)は低予算映画でありながらも非常に素晴らしい作品で、自分の中に嫉妬のようなものを覚えました。この作品は、自分が低予算で映画を撮るということを考えるきっかけにもなりました。
それならば投資・出資を受けずに自主製作のようにやってみたらどうだろうと考え、それを妻に相談したところ、「10年間頑張ってお金を稼いできたんだから好きなようにしたらどう」と快く許可が下りました。
その次の日にはパク・ジョンミンさんにお電話をして「こんな作品をやろうと思うんだけど」と伝えたところ「いいですね」と即答してくれました。

――パク・ジョンミンさんは監督からの電話を受けた時の心境や、本作でご自身が演じる役に入る前まではどのようなお気持ちだったか教えてください?
パク・ジョンミンさん(以下、パク・ジョンミン):ヨン・サンホ監督と一緒にお仕事をするのは本当に楽しいことです。短い期間で撮れるチャンスが与えられて、とにかく面白そうだなと思いました。
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「顔 -かお-」の漫画が発売になった際に監督からプレゼントでいただいて、それを読んだ時にとても良かったのを覚えていたので、すぐに出演を決めました。
監督からは最初、息子(イム・ドンファン)役として提案をいただいたんですが、若い頃の父親(イム・ヨンギュ)役は誰を念頭に置いていらっしゃるんですかと監督に質問したところ、私の意図をすぐに把握されて一人二役も考えているよって答えられたんです。
低予算だからこそ生まれた「映画の美学」

――監督のこれまでの作品と比べると「顔 -かお-」は比較的低予算の作品ですが、様々な制約がある中での撮影は、映画監督として、また俳優としてそれぞれプラスになるようなこと、また苦労されたことはありましたか
ヨン・サンホ:最初はインディペンデントのアニメを作っていましたが、実写で映画を撮るというのは初めてのことで、果たしてそのクオリティのものとして完成できるのか、それが可能なのだろうかという不安がありました。見ていられないような、そんなクオリティになってしまうのかもしれないという恐怖、不安があったのですが、それ以上に新しいものにチャレンジしてみたいという思いが強くありました。

けれどもパク・ジョンミンさん、クォン・ヘヒョさん、シン・ヒョンビンさんと本当に素晴らしい俳優たちが集まり、スタッフも商業映画の世界の中ではトップクラスの人たちが集まって撮影に入ることができたので、作品のクオリティについての不安は消えました。
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この映画を通じて気が付いたのは、映画の美学とは、このようなプロダクションの欠如から来るものなのかもしれないということです。予算がない中、むしろそれを埋めるべく現場にいる人たちが数多くのアイデアを出し合い、俳優も短い期間で撮らなければならないという環境でできる限りの能力を発揮すべく努めてくれました。

パク・ジョンミン:予算が少ないということは、イコール商業的な基準が下がるという意味でもあります。そういう意味では、演技の上ではとても自由度が広がったと感じました。ある程度の観客数を確保するために安定的な選択をする必要がなくなるというメリットがあったと思います。
ただ、演技をする上で私はいつも演技の正解に近づくためにどうすべきか不安を抱えています。そのため、撮影期間が短く、テイクの数も少ないことは、不安をコントロールするという観点で苦労しました。

ヨン・サンホ監督を刺激した日本映画と漫画
――監督は「顔 -かお-」の市場のシーンについて崔洋一監督の「血と骨」(2004)を参考にされたということですが、日本のアニメや映画、漫画など、監督ご自身の中で大切にしている日本の作品があれば教えてください。
ヨン・サンホ:たくさんありますが、最近で言えば、「ガス人間」を作る際には奥田英朗さんの小説『オリンピックの身代金』(講談社)からとても多くの影響を受けました。『20世紀少年』(浦沢直樹/小学館)も「ガス人間」や「地獄が呼んでいる」を作る際に影響を受けています。
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また、「顔 -かお-」に関しては辰巳ヨシヒロさんという劇画の創始者と呼ばれている漫画家からの影響を多く受けていますね。
崔洋一監督の「血と骨」はある一家の年代記に焦点を当てていますけども、その時代の巨大な何かを見せなくとも、一つの、例えば市場の中のある街角を見せることだけでも時代というものを見せることができると思い、低予算でいかにその時代を見せるのかという部分については「血と骨」を何度も繰り返し観て参考にしました。
塚本晋也監督も大好きですし、日本の作品からは本当に多くの影響を受けていると言えます。
「見えない演技」ではなく、別の感覚に集中する

――パク・ジョンミンさんは本作で視覚障害のあるイム・ヨンギュを演じるにあたって目で演技することができない、難しい役ではあったと思いますが、どのように役と演技にアプローチしていったのですか
パク・ジョンミン:目が見えない状況を演じていますけれども、(私自身は)目が見えていないわけではなく、演じているときには見えているわけです。ですので見えない演技を心がけるというよりは他の感覚に集中するように準備をしていました。もちろん視覚障害者の方たちの身体的な特徴や仕草にある程度寄せて役を作っていきますが、目が見えない演技をするというよりは、より他の感覚、聴覚や触覚などに集中して演じることに神経を注ぎながら演技をしていましたね。また、意図していたことではないですが、若い頃のイム・ヨンギュを演じる中で、自分自身も体が小さくなっていくような感覚がありましたし、動きもすごく遅くなっていくという感覚がありまして、自然とそうなっていたように思います。
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私の父も視覚障害者でしたので、子どもの時から長年そばで見ていた父の姿というのがやはりある程度自分のものになっていて、これまで見てきたことが自分の演技に表れたのかなと考えさせられましたね。
ジャンル映画の中に「今を生きる人間」を描く
――ヨン・サンホ監督は本作「顔 -かお-」も含め、これまで手がけてきた作品で大切にしている一貫した哲学やテーマをお持ちですか。
ヨン・サンホ:これまでジャンル映画をたくさん撮ってきていますが、ジャンル映画というのは、ストーリー自体は荒唐無稽なものが多いですよね。でもそのジャンル映画を大衆にしっかり届けるためにはやはりストーリーの中に現代を生きている人間の姿が込められるべきだという強迫観念に近いものを持っていて、そのことが映画に大衆性をもたらすとも思っています。
今私たちが生きているこの社会の姿を描くことが私の作品では多かったような気がしますが、私自身、人間の姿をじっくり考えることが好きで、やはり人間を描くことが面白いなと感じています。
映画「顔 -かお-」の舞台である高度成長期が置き去りにしたもの

――現代の社会はコンプレックスや悪意がSNSなどで可視化されている時代だと思いますが、本作「顔 -かお-」ではそうしたテーマがとても強く描かれていると感じました。監督がどのような問題意識を持って本作を作られたのかとても気になりました。
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ヨン・サンホ:これまで私が作品を通じて繰り返してきたともいえますが、高度成長期という時代に何を置き去りにしたのか、何をないがしろにして犠牲にしてきたかというテーマがこの「顔 -かお-」でも描かれていると思います。
この高度成長期そのものが巨大なイデオロギーであるわけですから、それ以外のことがないがしろにされて取るに足らないものになってしまうという現象があったと思います。
まさにイム・ヨンギュは、ここから抜け出して成功することを信じている人物で、それ以外のことは取るに足らないものとして見てしまう人物でもあります。
でも、あまりにも強いイデオロギーに人々が絡め取られてしまうと、主体性といいますか、自ら判断すること、良心や罪の意識が置き去りになってしまったり、薄くなってしまったりするということがあると思います。
イデオロギー以外のすべての価値が取るに足らないもののように感じられる愚かさを犯してしまうことを、韓国の近代史に絡めながらこの映画の中で表現していきたいと思いました。
一人二役だからこそ生まれた感情の混乱
――パク・ジョンミンさんは、韓国の高度成長期にあたる1970年代の若い頃のイム・ヨンギュと、現代を生きる息子のドンファンというふたりを演じていますが、二つの時代の人物を演じ分ける際に意識したことはなんですか。
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パク・ジョンミン:息子のイム・ドンファンの役は、この映画の中で自分の感情を大きく表したり、華やかで目立つ演技をする役柄ではなかったので、だからこそより難しかったですね。この人物を中心としてしっかりとバランスを取らないとほかの人々が活かされない。だからその中心をしっかりと担うことが大事で、そのことを心がけながら演じていました。
若い頃のイム・ヨンギュは、彼を自分の中心に置きつつ彼の中の大きくうごめく波を表現しなければなりませんでした。自分の中で難しかったのは、二人の人物の感情が私の中にどんどんと積み重なっていったわけですが、でも、その二人を演じるのは私ひとりなわけですから、時々二人の人物の感情が私の中でないまぜになって混乱してしまうことでした。すでに自分の中に蓄積された感情が混沌となってイム・ドンファンを演じるときにイム・ヨンギュの感情が出てしまったり、イム・ヨンギュを演じるときにイム・ドンファンの感情が滲んでしまったりする可能性があったので、絶えずそれを警戒して演じていましたね。
「この賞から大きなプレゼントをもらった」
――パク・ジョンミンさんは「顔 -かお-」の演技によって第62回百想芸術大賞の映画部門で最優秀演技賞を受賞されていますが、ご自身のキャリアの中でどのように受け止めていますか
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パク・ジョンミン:賞をいただいて本当に嬉しかったですね。私だけでなく周囲の人々や両親が喜んでくれるというのは、本当にすごく良い贈り物のようなものだなと思います。でも、賞をもらえるということがなぜこれほどまでに気分がいいことなんだろうかと考えてみたんです。ちょっと俗物的なことかもしれませんが、俳優にとって生涯に一度受賞できるかどうかという素晴らしい賞をいただくことで、自分の心が広くなっていくことを感じたんですね。監督は「じゃあコンプレックスが根底にあったということかな」と言っていましたが、そうかもしれません。
賞を受けたことによって自分の心が広くなって、誰に対してでも本当に心からのお祝いができるようになった。そんな大きなプレゼントをこの賞からもらえたんじゃないかと思っています。
――最後に「顔 -かお-」を楽しみにしている日本のファンへのメッセージをお願いします。
ヨン・サンホ:今年は「ガス人間」という日本の作品にチャレンジして公開しましたし、続いてこの「顔 -かお-」を日本で公開することができて、日本の観客の皆さんともっと親しくなれたような感じがしますし、日本に親しみを感じています。これからもどうぞよろしくお願いします。
パク・ジョンミン:私は日本の観客の方にはあまり知られている俳優ではないと思いますが、今回こうやって自分の作品で初めて日本に来ることができたわけですけれども、ヨン・サンホ監督とご一緒して日本に来ることができたことをとても嬉しく思っています。ヨン・サンホ監督は日本の観客の皆さんにも多く知られている監督だと思います。たくさんの人に「顔 -かお-」を観ていただけたら嬉しいです。
取材・文=すずきたけし、撮影=後藤利江

映画「顔 -かお-」
脚本/監督:ヨン・サンホ『新感染 ファイナル・エクスプレス』
出演:パク・ジョンミン『密輸1970』クォン・ヘヒョ『新感染半島 ファイナル・ステージ』
シン・ヒョンビン「賢い医師生活」イム・ソンジェ『非常宣言』ハン・ジヒョン『啓示』
2025年/韓国/韓国語/103分/シネスコ/5.1ch/原題:얼굴/字幕翻訳:朴澤蓉子/提供:ツイン、Hulu
/配給:ツイン
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