
8月28日より劇場公開される映画『私はあなたを知らない、』。主演に坂口健太郎さんを迎え、『湯を沸かすほどの熱い愛』以来、約10年ぶりに中野量太監督が完全オリジナル脚本を手がけた最新作だ。
本作は、「人を愛すること」「罪と贖罪」「赦し」をテーマに、「家族」という幸せの形を追い求める中で、人を殺めるという罪を犯してしまった孤独な青年・西山夕平の人生を描くヒューマンサスペンス。夕平と、彼が出会うシングルマザー・紗月、その娘・朝子との関係を通して、人と人とのつながりや、愛することの難しさ、心の葛藤が丁寧に描かれている。
ヒロイン・朝子を演じるのは、『この夏の星を見る』などで知られる早瀬憩さん。オーディションで本役を射止めた早瀬さんに、役作りや撮影を通して感じたこと、そして作品に込めた思いについて伺った。
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父親らしき人が母を殺したかもしれない――早瀬「愛するとはどういうことなのかを、今一度、考えさせられました」
――早瀬さんが演じた朝子は、5歳で母を亡くし、13年間祖母との二人暮らし。亡くなる間際の祖母から、実はかつて半年間だけ父親らしき人がいた、その人が母を殺したのだと知らされるところから始まる『私はあなたを知らない、』。簡単にわりきることのできない感情が、うずまいている映画でした。

早瀬 憩(以下、早瀬):人それぞれに愛のかたちがあり、どれだけ純粋に想っているつもりでもすれ違い、相手を傷つけることもあれば、傷つけられることもある。その複雑さを丁寧に描いた作品で、私自身、家族とはなにか、愛するとはどういうことなのかを、今一度、考えさせられました。ただ、はじめて脚本を読んだときは、不安のほうが大きかったです。物語の複雑さと深さが、一読しただけではつかみきれなかったし、監督にとってこの映画がどれほど大切なのかがオーディションを通じても伝わってきたので、物語の核を握る朝子の人生を引き受けるには相当な覚悟がいるな、と。
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――朝子は、どんな人だと思って演じていらっしゃいましたか。
早瀬:素直で、純粋で、まっすぐ。とても魅力的な女の子だけど、物心ついたときには両親を失ってしまっていて、かわりに愛してくれた祖母も失い、心が枯渇しそうな孤独を常に抱えている子なのだということは、常に意識していました。ただ、いったいどんな気持ちで、母を殺した夕平という男性と面会室で向き合ったのか、そもそも彼の弁護をした町村弁護士にはどんな気持ちで会いに行ったのか、脚本を読んだだけでは容易に理解することができなくて。今の自分の力量では演じきれない、と思ってしまったんですよね。
監督がモニター越しの涙。監督も同じ場所にいるんだ、三心同体なんだと思えた
――それを、どんなふうに乗り越えていったのでしょう。
早瀬:それでも演じたい気持ちが強かったので、とにかく食らいつくしかないと。それに、現場では監督がいつも、私や朝子と同じ目線に立っていてくださって。物語の冒頭、お医者さんから祖母の余命宣告をされた朝子が病室に向かう途中、涙をこぼすシーンがあるんですけど、撮りながら、監督もモニターの前で泣いていたんです。私は、朝子と一心同体になるつもりで演じていたけれど、監督も同じ場所にいるんだ、三心同体なんだと思えたことが心強かったです。それから、監督は「それが限界じゃないでしょう、もっといけるはずですよ」と奮い立たせるような言葉をかけ続けてもくださって。「これでいいや」と妥協することのない、120パーセントの力を出し切るまでは何度もテイクを重ねるその姿勢にも励まされました。
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――ご自身でも、とくに120パーセントの力が出せた……この映画だからこそひきだしてもらえた演技、というのはありますか。

早瀬:最初から最後まで、そんな瞬間だらけでしたね。たとえば、冒頭でおばあちゃんが亡くなったあと、1人で牛乳を飲むシーン。原田美枝子さんとの共演シーンはほんのわずかでしたけど、この人に13年間、愛情をもって育ててもらったんだと実感できるようなお芝居をしてくださったおかげで、「本当にいなくなっちゃったんだ」と実感するそのシーンの喪失感が、すさまじかったんです。町村弁護士を演じた滝藤賢一さんは、お芝居に対して常に真摯に向き合われていて、監督ともたびたびディスカッションされていましたが、自分の演技だけでなく、常に全体を見渡している方だから、どうすれば私が演じやすいかにも気を配ってくださったんです。だから、不安だったシーンものびのびと演じることができました。
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「坂口さんの演技があったから、私も朝子として、心からの想いをぶつけることができた」

――自分の力量では演じきれるか、と不安だったシーンですものね。もう一つの難関だった、夕平との面会はいかがでしたか。
早瀬:やっぱり、そこが一番、自分でも思ってもみなかった感情や表情をひきだしてもらえたな、と思います。はじめて対峙したとき、演じる坂口さんの表情や言葉に触れることで、自然と湧き起こるものがあったんです。脚本を読んだときは、その対峙でなにが生まれるのか想像しきれなかったけど、夕平の些細なしぐさからも、朝子が愛されていたこと、今でも深く思われていることが伝わってきて。坂口さんの演技があったから、私も朝子として、心からの想いをぶつけることができました。
――朝子自身、きっと、夕平と会うまで何が起きるかわからなかったはずなので、その意味でも、シンクロされていたのかもしれませんね。
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早瀬:面会して、夕平からの愛を実感すると同時に、朝子の心にも夕平に対する愛情が湧いたんですよね。母親を殺したとされている相手なのに、おかしいかもしれないけれど、5回の面会を通して、言葉にはできない感情が愛情として育っていったことに、私も驚きました。血がつながっているわけじゃないし、一緒に暮らした記憶もないから、もちろん、父親に対する気持ちとは違う。友達でも、家族でも、恋人でもない。名づけようのない特殊な関係のなかで、でも、愛はたしかに芽生えていた。それが、この物語を複雑にしているところだと思うんですけれど。
――天涯孤独となった朝子だからこそ、自分を愛してくれる人がまだこの世に存在している、ということに揺さぶられたところもあるでしょうが、その境遇に追いやったのは夕平であるわけで……。
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早瀬:そうなんですよね。夕平自身、5歳で母親が出ていってしまい、祖母に育てられていて。愛を求めてしまう気持ちが強すぎたせいで、朝子の母親である紗月とのあいだにすれ違いが生まれ、誰より大事にしたかったはずの朝子を、自分を苦しめたのと同じ状況に追いやってしまった。夕平はまっすぐ紗月を想っていただけなのに、それが人を傷つけ、自分をも苦しめることがあるんだということに、深く考えさせられましたし、奇しくも同じ状況になってしまったからこそ、朝子が夕平の気持ちに共感してしまえる、その残酷さになんともいえない気持ちになりました。
――許せない相手のはずなのに、許したい。その愛を肯定したい。そんな朝子の葛藤に、みていて胸が痛くなりました。とあるシーンで、滝藤賢一さん演じる町村弁護士に、振り切ったような笑顔をみせたときは、もう、言葉を失ってしまって……。
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早瀬:くりかえしになりますが、愛ってなんなんだろう、家族ってなんだろう、と考えてしまいますよね。現場でも、台本を読んだ感想がそれぞれ違っていて、紗月に共感する人もいれば、夕平に寄り添ってしまう人もいるのがおもしろかったです。一つの作品を創ろうと切磋琢磨しているチームのなかでもこれだけ意見が割れるということは、観てくださった方によってとらえ方がまるで異なるのだろうなと思います。それはきっと、愛をただ美しいだけのものとして描かない、同じくらい残酷な面もみせながら、どちらかに答えを寄せない。なにが正しくて、なにが間違っていたのか、簡単にはわりきれないものを描き出しているからなのだろうな、と。
息の長い、唯一無二の俳優になれるよう、大切に演じていきたい

――いち視聴者として、完成した映画を観て、印象に残っているシーンはありますか。
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早瀬:やっぱり「私はあなたを知らない」というセリフ。劇中では2回出てくるんですけど、それぞれ意味もこめられた思いもまるで違っていて。でも、相手に向かってまっすぐ、切実に向けられた言葉であることは変わらなくて。タイトルでもあるその言葉の響きは、今も、胸に残っています。
――挑戦や学びの多かった本作を経て、なにか、役者としての心境に変化はありましたか。
早瀬:今回、倉田瑛茉さんが演じた幼少期の撮影を見学したことで、覚えていないけれど断片的に残っている記憶をも積み上げながら、朝子という1人の人生を歩むことができたんですよね。クランクイン前に、もちろん自分なりに準備はするんですけど、現場で得られるものが折り重なって、役をつくっていくのだと知りました。撮影中は迷うことも多かったけれど、共演者のみなさんに支えられながら、いろんなことが腑に落ちた状態で演じきれたことに心から感謝していますし、やっぱりお芝居が好きだと実感もしました。息の長い、唯一無二の俳優になれるよう、これからも一つひとつの作品を大切に演じていきたいです。

取材・文=立花もも 写真=金澤正平
スタイリスト=佐々木翔/Shoh Sasaki
ヘアメイク=坂本志穂/SHIHO SAKAMOTO
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