※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年9月号からの転載です。

戦争、災害、政治不信。ニュースを見るたびに、ストレスを感じる人は少なくないはず。寺地さんの新刊にも、そんな今の気分が反映されている。
「今、世界でいろんなことが起きていますよね。国内でも、私たちの力の及ばないところで信じられない法案が可決され、毎日のように怯えたり怒ったりしています。でも、仕事や生活もちゃんとしなきゃいけないし、日々の楽しみをなくしたら負けな気もする。そういう現状を、そのままギュッと詰め込みました」
とはいえ、そこは寺地さんのこと、大上段に構えて世相を斬るような小説ではない。なにしろ第1幕は、「死体のそばでおばさんたちがおしゃべりする話」。ミステリー色も漂うが、あくまでも日常の物語が描かれる。「それと政治不信に何の関係が?」と思うかもしれないが、前述したテーマと地続きだという。
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「大変なことが起きているけど、それとは関係ないところで話が進んでいく。そんなお話を書きたかったんです。そこで、普通なら死体のことをメインに書くところを、あえて脇に添えました。それにある時期、小説の中でどれだけ何も起こさずにいられるか考えたことがあって。おしゃべりだけで終わるような話を書いてみたいという思いもありました」
舞台は、九州の海沿いにある、閉鎖的な町・白日町。この地で生まれ育った江南は、一度は上京したものの、母親に病気が見つかり帰郷。46歳になった現在は、夫のマキオとふたりで暮らしている。
ある夜、物音と悲鳴を聞きつけた江南が隣家を訪ねると、布団に死体らしきものが寝かされていた。だが、隣人の淑子は「寝てるだけ」と言い張り、その場に居合わせた町内会婦人部のはな恵、美鈴を交えてお茶会を始める。「襖一枚隔てた先に死体があるのに、お茶飲んでる場合か?」と江南ならずとも思うが、軽妙なおしゃべりについ聞き入ってしまう。小学校の元校長を夫に持ち、威厳あふれる淑子、かつて町民運動会の騎馬戦で八面六臂の活躍を見せた「将軍」ことはな恵、元校長との関係が噂される美鈴と、それぞれのキャラクターもユニークだ。
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「デビュー当時、『文章の端々に出てくる面白ワードがノイズになる』という感想を目にして、笑いを入れるのを控えるようになったんです。でも、今回はリミッターを外して好きなように書きました。その一方で、ただのおしゃべりかと思わせつつ実は……という秘密めいたエピソードも入れています」
特殊な状況下でのおしゃべりだからだろうか、やがて彼女たちは自身の過去を語り出す。はな恵が息子の虎太郎から「年だね」「だめだね」と言われ続けて、自信を失っていたこと。家事と介護で家に縛りつけられた美鈴の友人が、自由のない日々の中、心をすり減らしていったこと。積もり積もった思いが、少しずつ明かされていく。
「ただ、男と女どちらが悪いという話にはしたくなかったんです。問題なのは社会の構造。それでも、この幕だけでは男性が悪いように見えてしまうので、次の幕では男性たちの話を書きました」
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「人間は愚か」では終わらずどう生きるかを模索したい
第2幕で語り手を務めるのは、江南の夫・マキオ。青年団の慰安旅行のため、彼ははな恵の息子の虎太郎、20代の櫂洲とともに車で旅館を目指すことになる。
「男性は、女性のように内面を吐露し合いませんし、そもそも自分の心と向き合うことも少ない気がします。そこで、2幕では動きによって話を展開させることに。1幕は場面をできるだけ固定しましたが、2幕ではすごろくのようにどこかに行くたびに何かが起こるようにしました」
男らしさを重んじるオラオラ系の虎太郎、ジェンダーレスで繊細な櫂洲は、まさに水と油。それでも、道中ではほんの少し距離が近づく。
「人間の性格って1色ではなく、いろんな色がモザイク状になっていると思うんです。大半が青で構成されている人にも、赤い部分が少しはある。だから、赤メインで構成された人とも共鳴する瞬間があります。このふたりも、ここから親友になることはなくても、一瞬だけ気が合うことはある。青年団に属している限り、ある程度うまくやっていかなきゃいけないので、すり合わせポイントを見つけることが大事だと思います」
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ふたつの幕を通して、江南とマキオの夫婦関係も浮かび上がってくる。
「夫婦って、家族だけれど血のつながりはないし、解散することもあり得ます。協力し合う時も、共犯関係になる時も、最大の敵にもなる時もある。それもあって、仲はいいけど、ラブラブではない夫婦を描いてみようと思いました」
続く第3幕では、町の神事「大綱引き」をめぐるひと悶着が描かれる。例年、この行事で綱を引くのは男性だけ。女性は宴会の準備をするのが通例だったが、淑子は異議を申し立てる。さらに、はな恵は女人禁制の綱引きにこっそり参加して……。反発や揺り戻しがあっても、納得できない習慣は男女問わず変えていこうとする姿に希望を感じる。
「先ほど『男女どっちが悪いという話をしたいわけじゃない』と言いましたが、だからと言って『どっちも大変だよね』で終わるのも嫌で。そんなことを言っている間に、人類が滅んじゃうかもしれないので、どっちが大変とか言い合うのはマジで今すぐやめましょう、という気持ちを込めました」
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この幕の執筆にあたり、寺地さんが担当編集者と話したのは「人間っていいな」で終わらせること。人ならざるものまで登場し、より良い未来のためにしぶとく生きる人々の姿が描かれる。
「人間の愚かさを書いた物語はたくさんありますが、そこで終わってはいけないと思って。愚かなりにどうやって生きていくのか、みんなで模索する話にしたいと思いました」
誰にだって秘密を持つ権利がある
全編を通して繰り返されるのは、「誰にだって、秘密を持つ権利がある」ということ。夫婦や友達であっても、すべてを開示しなくていい。このメッセージには、どんな思いを込めたのだろうか。
「お互いに何でも打ち明けられることが、親しさの条件ではないと思って。作中で『人の心は家のようなものだ』と書きましたが、心の中に自分ひとりの部屋があっていい。そこで過ごす権利は、誰にでもあると思います。『ここには誰も入らないでね』という部屋、『この人は入っていいけど、あの人はダメ』という部屋があるのは普通のこと。それは自他の境界のようなもので、心を閉ざすこととは全然違うと思うんです」
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この小説は、寺地さんが自分を解き放って書いた作品でもある。1幕書くごとに、のびのびと自由になっていったと話す。
「デビュー後しばらくは、自分の中で制約を設けていました。現実からかけ離れた人は登場させない。ギャグを入れない。超常現象は書かない。『そろそろ文学賞を狙いましょう』と編集者から言われた時期もあり、傾向と対策を考えてちゃんとした小説を書こうとしていたのかもしれません。でも、そういうのはもういいかなって。もちろん今も褒められたいし、文学賞も欲しいですよ(笑)。でも、評価されるほうに作風を寄せるより、自分の小説だし自分の好きに書こうと思うようになりました」
好きなことをやり切った結果、本人にとってもお気に入りの作品に。
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「こんなに自画自賛して大丈夫かなと思うくらい、好きな一冊になりました。皆さんにも好きになってもらえたらうれしいです」
取材・文:野本由起 写真:種子貴之
てらち・はるな●1977年、佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年、『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。21年、『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞。23年『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞9位入賞。近著に『雫』『そういえば最近』『リボンちゃん』『世界はきみが思うより』『ぬすびと』『雨が降ったら』など。

『きよくしぶとくやかましく』
(寺地はるな/幻冬舎) 2090円(税込)
どこにでもある田舎町・白日町。今日も老若男女がやかましく、それなりに揉めながら幸せに暮らしているはずだった。その夜、物音と悲鳴で目覚めた江南は、元校長とその妻が暮らす隣家を訪ねる。そこで目にしたのは、布団に寝かされた死体。それでも町内会婦人部の面々は何食わぬ顔でお茶会を始め、自分たちの“秘密”を語り出す。不穏な気配を漂わせながらも、いとしさあふれる長編小説。
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