
雪の夜、冷たい水の中から、何かが這い上がってくる。ズルズルペチャリ、ズルズルペチャリ。奇妙な足音を響かせ、干からびたネズミをひょいと口に放り込む。偶然通りかかった男は、その姿を見るなり「化け物」と叫び、一目散に逃げ出した。――そんな冒頭を読めば、あなたは思うだろう。「何なんだ、この生き物は」と。だが読み進めるうち、驚かされるはずだ。この「むすめ」が、こんなにも愛おしくなるなんて。この「むすめ」の物語に、これほど心を満たされるなんて、と。
その物語が、『かいじゅうのむすめ』(長月東葭/KADOKAWA)。第32回電撃小説大賞《電撃の新文芸賞》を受賞した王道ファンタジーだ。醜い姿の「化け物」と盲目の王子の友情から始まるこの作品は、どこまでも温かい。おとぎ話のような世界から、予想もつかない冒険へと繋がっていく。
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ヒトではない醜い「化け物」と、それを恐れない盲目の王子
舞台は、厳寒の地にある“北の大国”。ある夜、正体不明の“それ”は城の片隅に建つ塔へ迷い込んだ。そこに幽閉されていたのは、“西の小国”の王子・ジェラルド。ジェラルドは、北の大国の王女ミザリネとの政略結婚のため、故郷を離れてこの国へ婿入りしたものの、2年間も暗く冷たい塔に閉じ込められ、視力を失った少年だ。目の見えないジェラルドは、“それ”を恐れない。名前とは何かを教え、言葉を交わすうち、“それ”は自らをローアンナと名乗るようになる。孤独だった王子と、誰からも恐れられてきたローアンナ。暗闇の中で出会った二人の交流は、やがて王女ミザリネをも巻き込み、思いもよらない冒険へとつながっていく。
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こんなにも、ローアンナが愛おしくなるとは
異様な足音を響かせながら歩き、その身体がどんな形なのかさえ分からない。そんなローアンナの第一印象は、はっきり言って不気味。ところが、ジェラルドとの交流を追ううち、その印象はみるみる変わっていく。
引用----
「アナタ、ジェラルド。ワタシ、ローアンナ。――――わたし、かいじゅうの、むすめ」
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舌足らずな話し方で、言葉を覚え、世界のことを少しずつ知っていく彼女の姿は、とにかく可愛らしい。何より胸を打つのは、その優しさだ。たとえば、ジェラルドの目が見えないと知ったとき、ローアンナは自分の醜い姿を見られずにすむことに安堵しつつも、すぐに「ずっとまっくら、こわい」「ずっとまっくら、さみしい」と、彼の孤独を思いやる。不気味な怪物だと思っていた彼女の、あまりに優しい心の動きに思わずハッとさせられる。ジェラルドがローアンナの心の美しさに気づいたように、私たちもまた、驚きを重ねながら彼女を知っていく。嬉しいときには「メッメッ」と笑い、ときに「うーん!」と力んでは「ぷすぅー!」と謎のガスを噴き出す。そんな奇妙なところまで、いつしか彼女らしい魅力に思えてくる。
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冒険の果てに、ローアンナが選ぶもの
やがてローアンナは、ひょんなことから、ジェラルドとその婚約者ミザリネ、騎士アリウスとともに、国の運命を左右する冒険へと踏み出すことになる。望まぬ政略結婚によって傷つき、すれ違っていたジェラルドとミザリネも、ローアンナが間に入ることで、少しずつ互いの本心に触れていく。次々と立ちはだかる危機と強大な敵。非力な少年少女たちが知恵と勇気を振り絞り、互いの弱さを補いながら進む姿に、手に汗を握らずにはいられない。バラバラだった四人が危機を乗り越え、仲間になっていく。その過程には、王道ファンタジーならではの熱さがあり、いつしか四人とともに前へ前へ進んでいるような高揚感に包まれる。
さらに、この旅は、ローアンナが「自分は何者なのか」を知る旅でもある。出生の秘密と向き合った彼女は、誰かに定められた存在ではなく、自らの意志で進む道を選び取ろうとする。姿を見られることにさえ怯えていたローアンナが、出会いを重ね、愛されることを知り、恐怖の先へ踏み出していく。その成長に、どうして心を揺さぶられずにいられようか。そして、その姿に、私たちも気づかされる。自分が何者であるかは、自分で決めるものなのだ、と。誰から生まれたかも、どんな姿をしているかも、その人のすべてを決めるものではない。優しい出会いは、その人らしく生きる道へと導き、内にある美しさにも気づかせてくれる。
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この物語は、本当の美しさとは何かを、まっすぐに問いかけてくる。恐ろしい怪物として現れたローアンナが、読み終えるころには、誰よりも美しく、愛おしく思えてくる。彼女の小さな一歩が、王子と王女、そしてこの国の運命をどこまで変えていくのか。温かな余韻が胸いっぱいに広がる結末を、ぜひあなたもその目で見届けてほしい。
文=アサトーミナミ
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