
“正しさ”は、社会をより良い方向に導いてくれても、ときに、個人を救わない。それどころか、絶望や傷つきのただなかに突き落とすことがある。とりわけ、恋愛や結婚という、理性と理屈ではコントロールしきれない他者との関係においては。だから凪良ゆうさんは、恋愛小説を描き続けるのかもしれないと、『多類婚姻譚』(講談社)を読んで思った。
直木賞候補となった同作は、タイトルのとおり、婚姻をめぐるさまざまな人間模様を描いた短編集。惜しくも受賞は逃してしまったが、これまでの凪良さんの作品とはまた違う読み味に、心をつかまれる読者は多いはずだ。
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一作目「Thank you for your understanding」の主人公・小暮華は、会社をやめて職探しもしない恋人と暮らし、実家からの「いい人はいないのか」という圧力に煩わしさを覚えている。東京で出世する娘は誇らしい。けれど、プライベートを支えあう誰かがいてくれたほうが安心。そう思うのはまっとうな親心で、自分たちの時代とは違うのだから結婚というかたちでもなくていいと“正しさ”を譲ってくれる親だからこそ、華は反論できなくなる。そうして恋人とともに帰省することを勢いで約束してしまうのだが、そこからの展開に心をえぐられた読者も多いのではないだろうか。
母親の思う「ふつう」とは違うかたちで未来を選ぼうとしている華は、自分たちは間違っていない、とわかってもらいたくて必死だ。わかってもらえなくてもいい。せめて否定してほしくない。自分と恋人の心を守ろうとするあまり、華は家族を思いやることを忘れ、相手の心を打ち砕くようなふるまいに出てしまう。
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4話目「Position Talk」もそう。女性であるというだけで味わわざるを得ない理不尽を、いちばんわかってほしい恋人が、わかってくれない。わかろうとはしてくれても、ピントがずれている。結婚後の家事分担や、子どもが産まれたあとのキャリアを想像すると暗澹たる気持ちになり、恋人の「わからなさ」を責めてしまう。男の理屈を女の正しさで打ちのめし、目の前の恋人を個人として見ることを忘れてしまう。その苛烈さに覚えがありすぎて、ぐうの音も出なかった。語り手が男性であるから、なおさら。
華や「Position Talk」の女性が守ろうとしている正しさは、決してないがしろにされていいものではない。彼女たちの言動は、社会に受容してもらうための切実な戦いである。けれど、大切にしたい相手にその正しさをふりかざしても、何も解決しない。自分の正しさを守るために、相手の正しさも尊重することの大切さと困難を、本作は痛いほど突きつけてくる。
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『汝、星のごとく』(講談社)や『流浪の月』(東京創元社)のように、運命的に出会った誰かと魂をぶつけあう関係でもなく、『神さまのビオトープ』(講談社)のように、社会から切り離されてもなお大切なものを守り抜く物語でもない。社会とつながる自分を見失わないまま、誰かとともに生きるために、正誤のはざまをたゆたい続ける。そんな主人公たちの姿を描いた本作は、凪良さんの作品世界に、これまでとはまた違う地平をきりひらく一冊である。
文=立花もも
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