
映画監督兼作家の森達也さんの累計10万部を超える傑作『いのちの食べかた』が大きく加筆され、『いのちの食べかた だれも教えてくれない、世界のヒミツ』として角川つばさ文庫から刊行された。絵本作家のヨシタケシンスケさんが新たにカバーイラストや多数の挿絵を手がけ、発売直後からAmazon売れ筋ランキング 本 「戦争関連」部門、「ノンフィクション・伝記」部門で第1位*(2026年7月11日調べ)を獲得し即重版するなど、大きな注目を集めています。「いのち・差別・戦争」というテーマに二人はどう向き合ったのか。「日本社会は個人の主張が弱く、危険」と警鐘を鳴らす森さんと、「大人が本当のことを言う責任から逃げてはいけない」と応じるヨシタケさん。ヨシタケさんのアトリエで行われた知性に満ちた、本音の特別対談をお届けします。
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「戦争は簡単になくならない」と、どうして大人が真っ直ぐ言えないんだろう
ヨシタケシンスケさん(以下、ヨシタケ):昨今、「どうして戦争はなくならないの?」っていうことは考えざるを得ない。子どもに絵本を作る身として、これまでの「戦争の語り方」に、個人的には不満を感じていました。それに対する一つのスッキリとした答えをくれたのが、今回の森さんの本『いのちの食べかた』でした。
これまでの戦争の語り方は「戦争はかわいそうなことが起きる」「みんなが辛い思いをする」「だから戦争は嫌ですね、憎みましょう」というもので終わりがちでした。でもこの本には、そもそも「どうして戦争が行われるのか」という構造が書かれている。たとえるなら、「痛いからみんなで虫歯を憎みましょう」と言ったところで、虫歯はなくならない。大事なのは「歯磨きの仕方」じゃないですか。「甘いものを食べてもいいけれど、ちゃんと歯磨きをすれば虫歯にはならないよ」と教えることと同じだと思う。
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僕自身、「本当のことをちゃんと大人が言う」という責任から、逃げてはいけないなと感じています。それこそ「戦争って簡単にはなくならないんだよ」と、どうして大人が真っ直ぐ言えないんだろうって。だから、「戦争をゼロにはできないけれど、仕組みを知ってちょっとでも減らしていこう」と。
森さんのように、感情論に流されず、そのメカニズムをちゃんと説明している。もっと早く、この本を読んでおけばよかったと心から思いました。今回の新版に向けて、森さんが内容を現代にあわせてアップデートする作業も、相当なご苦労があったと思いました。

森達也さん(以下、森):毎年8月になると、テレビや新聞は戦争特番や特集記事を組みます。いわゆる「8月ジャーナリズム」です。「戦争がいかに悲惨か」「二度と繰り返してはいけない」と伝えることは、もちろん大切なことです。でも同時に考えなければいけないのは、戦争が起きるメカニズムです。今まさに世界で起きている戦争だけを捉えても、アメリカは「イランの核兵器の脅威から自国を守るため」、イスラエルは「ハマスの攻撃から自国民を守るため」、ロシアは「西側世界の脅威をなくすため」「ウクライナのナチ化した勢力から自国民を守るため」を大義に戦争を始めている。「戦争は悲惨だ」「回避しなくてはならない」という文脈が、あるいは平和を願うスローガンが、結果として次の戦争を誘発してしまう。
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「差別の問題は戦争につながる」――なぜ戦争が起きるのか?
森:僕は長くテレビのドキュメンタリーの世界にいたので、メディアと社会の関係性について考えてきました。たとえば、子どもがまだ小さかった頃、僕はたまに授業参観に行っていました。そこでお父さんたちと名刺交換をして「テレビの仕事をしています」などと言うと、最初は珍しがられるのですが、少し打ち解けると、「今のテレビのゴールデンタイムなんて、子どもに見せたい番組が一つもない。なぜあんなにくだらない番組ばかりを、放送するのですか」と言われたことがあります。「すみません」ととりあえず詫びながらも、本当は「多くの人が観るからですよ」と言いたかった。多くの人が見なければ、その番組はすぐに終わります。メディアを造形するのは社会です。
この本では「お肉の流通と差別」がテーマになっています。僕は「お肉の流通」の背景にある「差別問題」をまとめたいと思っていました。書きながら、差別の構造を考えていたら、戦争が起きる構造や、公害や原発の問題、いろんな問題が起きる構造はほぼ重複していると気づきました。つまり、「思考停止」が重なると取り返しのつかない事態になる。

森:人類はこれほど進化し、文明も繁栄して成熟したはずなのに、なぜ未だに戦争を終わらせられないのか。今回の新刊に加筆して詳しく書きましたが、原因の一つは、「自衛の意思」にあります。現在の戦争だけではなく、20世紀以降の戦争はほぼすべて、自衛を大義に始まっています。トランプもプーチンも、自国を防衛していると半分以上は本気で思っていると思う。だから厄介です。
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もう一つの原因は、「人間は本能的に群れ(集団)を作る生き物だから」です。群れ(集団)を作ることで同調圧力や群れの外への警戒や敵視が生まれる。しかし、人間は集団を作ったから、厳しい自然環境を生き抜き、進化し、社会性を獲得できた。だからここまで繁栄できた。また、自衛の意識を無くしてしまえば、生存が脅かされる。つまり、戦争の原因は、人間の生まれもった性質とつながっているから、根絶することは不可能です。でも戦争のメカニズムを知れば、「この段階でこうやって防止しよう」「集団の暴走の危険があるから抑制しよう」という、具体的な対応策が打てるはずです。
ヨシタケ:「どうやったら戦争を防げるのか」という問いは、人類の歴史とともにずっとある。誰も好んで戦争をやりたいわけではないですから。その時々の賢い人たちはどうすれば戦争を防げるかを考えてきた。でも、賢い人の考えを政治のシステムに上手く転用できていない。これは、権力が好きな人は、賢さを嫌うからではないでしょうか。逆に、賢い人というのは、他者を支配するような権力を追求しない。人間の脳は、「権力欲」と「知識欲(賢さ)」を、両立できない構造になっているのではないでしょうか。
「戦争が伝わらない」と戦場ジャーナリストが絶望――ぼくらは想像力が弱い?
森:戦場ジャーナリストの友人が何人かいます。戦場ジャーナリストやカメラマンは戦場が飯の種でもあるけれど、レバノンやイランに行って、自分でカメラも撮影している元TBSの須賀川拓(すかがわひろし)さんは、「とにかく一日も早く戦争は終わってほしい」と語ってくれました。その場に身を置き、目の前で子どもが血だらけになって死ぬのを見ているわけだし、もうこんなことはやめてくれって、本当に心から思っている。
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でも、自分たちは、もしかしたら戦争を矮小化した情報にパッケージ化しているだけかもしれない。ならばどうすれば良いのか。戦争を実際に体験すれば、その悲惨さは実感ができるけれど、ならば戦争を起こさないために戦争を起こすというわけのわからないことになる、と須賀川さんは悩んでいました。
ヨシタケ:たとえば、ウクライナ戦争をしているロシア国民が全員ひどい人間なわけではないですよね。なのに「あの国には悪い人しかいない」と決めつけるのは、悪い人の考え方だと思う。
その土地に行って現地の人と触れ合えば、「なんだ、自分たちと変わらない」と気づくはずなんです。その国がやることと、そこに住む個人の営みは、全くの別物であるという当たり前の事実。でも、行ったことがない人にはわからない。知ることの大事さがある。みんな人間、同じものを大事にして、同じものに怖がっているという当たり前のこと。
かつて自分が訪れた土地が災害に見舞われたとしたら、心の痛み方は違いますよね。「行ったところが、あんなことになってしまった」と、助けたい、力になりたいという気持ちが湧いてくる。
人間の想像力は、対象との距離が遠ければ遠いほど、弱くなってしまう。自分が経験したことでしか想像できない。大事なのは、「多くの人間の想像力は大きくない」ということ。
僕たちは、病気の時は健康のありがたみに感謝できます。でも、自分が元気な時は、体が思い通りにいかないことが想像できなくなる。また、自分が経済的に困窮しないと、本当の困窮がわからない。自分が経験したことでしか世界を見ることができない。人間の持つ想像力は脆弱でもある。想像することができないって人は、数字やデータでは出てきませんが、実は多いのではないかと思う。
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日本は危険?――僕たちが学ぶべきこと
森:人類が戦争を手放せる機会があるとしたら、一つは「国家」という枠組みを無くしてしまうことです。もちろん、国家が無くなっても民族間の紛争や内戦は続くでしょう。しかし、「国家間の戦争」は、国家というシステムが無くなれば起きません。そもそも、近代的な「国家」は300年程度の歴史しかありません。国家は、人類に絶対必要なシステムなのか。国家を少しずつ解消していく。ヨーロッパのEUは広く統合しようという壮大な実験ですよね。東アジアでもできないはずはない。それが世界中に広がって、国家というシステムが変われば、戦争も変わると思っています。
もう一つの選択肢は、「兵器を無くすこと」です。しかしこれも難しい。「国際法を守らないテロリストグループが強力な兵器を持ったらどうする」という安全保障の観点から物理的に不可能です。だからこそ、僕たちは「なぜ過去に戦争が起きたのか」「なぜ当時は戦争を止められなかったのか」という教訓をもっと考えないといけない。
僕たちができることは、歴史を知ることです。その歴史も、「この独裁者がこういうことを考えたから、この悲劇が起きた」ではなく、「当時のごく普通の国民一人ひとりが、なぜ、どの段階で、その暴走に加担してしまったのか」という当事者としての検証が必要です。たとえば日本も、太平洋戦争へと突き進む時代、街中で提灯行列を行い、「大日本帝国万歳」と多くの市民が戦争を歓迎していた。負の側面を隠さずに日を当てて、歴史をもう一回再解釈をしたら、もちろん日本だけじゃない、世界中でそういったことができれば、戦争や集団の暴走を、相当程度は抑制できるんじゃないかと思います。
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ヨシタケ:僕もまずは知ることしかないと思います。でも、人間の想像力には限界がある。日本では80年、戦争のない状態で想像できない人が多くなっている。一度痛い目を経験しないと、平和を作れないんじゃないかとすら僕はどっかで思っています。
森:日本社会はちょっと幼稚だなと感じています。同調圧力が強く、集団化しやすい。次元の低い感情に誘導されてしまうこともある。これは最も危険です。何かのときに集団となって流されやすい。だから日本人は、もっと自分たちの負の歴史をしっかり見つめたほうがいい。特に最近は、過去の失敗を認めようとしない空気が強まっていて、気がかりですね。
ヨシタケ:日本はいい方向に傾くと、みんなでいい方に行くけど、悪い方向でも、騙されやすさをかかえている。
「自分たちと違う異物は入れたくない」――外国にルーツを持つ人への排斥の高まりに思うこと
ヨシタケ:今の日本にはいろんな国の人たちが来て、一緒に暮らすことが当たり前になってきていますよね。でも、これはここ最近の急激な変化なので、戸惑っている大人たちも多いと感じます。自分の少ない情報や、人から聞いた不確かな話だけで、外国にルーツを持つ人たちに対して偏った意見を言ってしまう人もいる。だれかの情報を鵜呑みにするのではなく、「世の中にはいろんな考え方があって、立場によって見え方も違うんだ」ということを、子どもたちに知ってほしいです。それを分かった上で、自分はどう考えるかを決めた方が、きっと楽しく暮らせると思います。
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森:僕は仕事柄、海外のいろんな都市、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリンなどに行きますが、街を歩けば本当にいろんな肌の色、言語、宗教を持った人たちが一緒に暮らしています。ワールドカップを見ていても分かりますよね。一つの国の中に、たくさんの民族がいるのが世界の当たり前です。けれど、成田空港に帰ってくるたびに、日本ではものすごく「みんな同じ」ように見えて、均質だなと感じるんです。その日本で、なぜか「外国にルーツを持つ人を排斥したい」という意見や感覚が、今とても強くなっているのだとしたら、それは学校の「いじめ」の構造と同じだと思う。集団の中で少数の異物を見つけて排除する。なぜならその瞬間に自分たちは多数派になれるから。人はこうして差別や排除の歴史を重ねている。一歩外の世界に出れば、あるいはワールドカップを見るだけでも、日本との違いを実感できるはずです。肌の色や言葉が違っても、みんな同じ人間。話せば普通に笑うし、泣くし、怒る。僕たちと何も変わらないということを、本を通じて実感してほしいですね。

「答えを急がなくていい」──『まだ考え中です』と言える勇気を持とう
森:以前に比べて、このごろはいつも急いでいる人が多くなっている気がする。本の後書きにこんな一文を書きました。「ゆっくり歩こう。いろいろ悩みながら。いろいろ考えながら。いろいろ眺めたり発見したり、ため息をついたりしながら。ならばきっと、あなたは気づくはずだ。樹は茶色じゃないし、葉は緑でもない、空は青でもないし、肌色も一色ではない。いろんな色が混ざっている。それが世界。だからとても豊かなのだと」
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ヨシタケ:この本を読んで、「ゆっくり歩こう」という速度感が、すごく大事だなと思いました。今は、社会から「答え」を急がされているように感じます。「お前はどっち派なんだ?」「どっちの味方なんだ?」「面白かったのか、つまらなかったのか」と、答えを求められるスピードがすごく早くなっている気がする。そういう時に、「答えを保留する勇気」を持ってほしいなと思います。
「まだよく分かりません。自分の中で、まだ考え中です」と言っていいんだよ、と。
大人だって、よく分かっていないことや決められていないことは山ほどあります。急いでどちらかの味方をしなくていい。ゆっくりといろんなものを見て、ゆっくりと考えて、少しずつ自分というものを作っていけばいい。「あせらなくて大丈夫だよ」ということを言いたいですね。
お二人から読者のみなさんへのメッセージ
森:世界にはいろんな差別がありますが、日本にも、日本特有の根深い差別が残っています。それをこの本でも取り上げています。僕は映像を作る人間なので、最初は映像で伝えたかったのですが、それが難しく、今回はこの「活字(本)」という形になりました。僕が感じたこと、体験したこと、思ったことを書きました。ぜひ読んでみてください。
ヨシタケ:この本は、単純に「知らないことがいっぱい書いてある面白い本」です。みんなが思っていた世界とは、ガラリと違う見え方が書いてあります。「へーっ! そうだったんだ!」っていう。まずは気軽に読んでみてほしいです。そして、「なぜ自分は今までこの事実を知らなかったんだろう?」と考えてみてほしい。普通にびっくりする内容がいっぱいあって、世界は広いって感じる。世界は広い、知らないことがいっぱいある、知ることは楽しいっていうことを知ることは、価値があると思います。
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写真=野口彈、文=坂本真樹
【森達也さん・ヨシタケシンスケさんからのメッセージ ショート動画】
【著者紹介】
森 達也:1956年、広島県呉市生まれ。映画監督。作家。テレビ・ディレクター。『福田村事件』で第47回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。著書に『職業欄はエスパー』『「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔』『FAKEな日本』(角川文庫)など多数。
ヨシタケシンスケ:1973年、神奈川県生まれ。絵本作家。イラストレーター。『りんごかもしれない』で産経児童出版文化賞美術賞、『つまんない つまんない』の英語版『The Boring Book』でニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞受賞。著書に『あるかしら書店』『メメンとモリ』『そういうゲーム』など多数。

【書誌情報】
書名『いのちの食べかた だれも教えてくれない、世界のヒミツ』
作・森 達也
絵・ヨシタケシンスケ
発行:KADOKAWA 角川つばさ文庫
発売日:7月8日(水)発売
本体価格:880円(本体800円+税)
ページ数:176ページ
サイズ:新書判 天地173mm×左右112mm
ISBN:9784046324191
書誌ページ
https://yomeruba.com/product/bunko/tsubasa/322603001177.html
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