
『そして、バトンは渡された』や『夜明けのすべて』、『ありか』といった代表作で優しく読者の心を揺らしてきた作家・瀬尾まいこさん。その最新作『はじまりのスープ、夏ゼリー』は料理をテーマにした物語だ。主人公は、自分の価値を見出せず無気力に生きているが、料理の腕は抜群の女性・中森リリー。彼女は、料理を通して周囲の人や世界とつながっていく。本作を書いたきっかけから、自身の創作を支える思いまで、瀬尾さんに話してもらった。
設計図もないまま楽しく書いていたらできあがった小説
――料理を中心に据えた小説を書こうと思ったきっかけを教えてください。
瀬尾まいこさん(以下、瀬尾):料理をテーマにしようという強い意志があったわけではないのですが、ママ友と話していたりすると、料理の話になることが多いんですね。同じ家事でも、掃除だったら今日すれば明日しなくてもいいけど、料理って毎日毎日作らないといけない。家族にカップラーメンやスーパーの総菜を出したって責められるわけではないのに、罪悪感を抱いてしまうとか、長く料理をしていると自分の作るものに飽きてくるよねという話も周りとよくします。もっと料理が楽しくならないかな、うまく手を抜けたりしないかな、ということをふと思ったのがきっかけですね。
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――家族のためにご飯をがんばって作っている人ではなく、苦しい状況にいる20代の女性・リリーを主人公にしたのは理由があったのでしょうか?
瀬尾:私はいつもそうなんですけど、(ストーリーや人物像を)まったく考えずに書き始めるんです。今回も、特に大きな理由はなく、「料理が得意で、料理コンテストで賞金を稼いでいる女の子がいいかな」というところからスタートしました。先がわかると私がつまらないので、お話を決めずに楽しんで書いていったら、あのリリーになっていった感じですね。「あぁ、リリーには妹がいて、こんな感じなんだ」とか、「大家さん、めっちゃいろいろ言ってくるやん!」って思いながら書いていきました。
――なるほど。瀬尾さんが物語を考えて作っていく、という感覚ではないんですね。
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瀬尾:そうですね。私たちが生きている日常を描くつもりで書いています。普通に生きていたら、絶対に誰かと出会うじゃないですか。そして人と関わっていたら、何らかの影響を受けていく。だから、私も物語の中に入って一緒に、「うわ、この食堂、潰れそう! どうやったら黒字になるやろう?」というふうに、リリーと一緒に相談していった感じです。
――リリーの周囲の人物たちも魅力的ですが、彼らも自然と登場していったのでしょうか?
瀬尾:たとえば、地方都市の料理コンテストはどんな人が審査するのかというと、実は本格的な料理人はあまりいなくて、でもなんか偉そうに言ってくる人いるよな、とか(笑)。リリーがコンテストで作る料理も、審査員が食べる順番が最後だったら何を作るかな?と考えて、「あっさりめのスープがいいよね」という感じで、あの料理になりました。今回は特に書いていて楽しくて、頭の中に設計図がないまま、「楽しい、楽しい」と書いていたらできあがった感じですね。
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料理に夢中な時期、料理イヤイヤ期――30年以上の料理歴が生んだ多様なレシピ

――手をかけたものだけではない、ありもので作る日常的な料理など、いろいろな料理が登場しますが、これらはどう生まれたのでしょうか。
瀬尾:私、子どもの時から30年以上料理をしてきたんですね。働いて帰ってくる親のために料理を作っていた時期や、ひとり暮らしの時もあったし、今は子どもと夫のために作っている時期。お母さん方は「そうそう」と言われると思うんですけど、今は、料理がイヤで仕方がない「イヤイヤ期」です(笑)。でも、料理に夢中な時期や、ちょっと変わったものを作りたかった時期もあったりして、その積み重ねでこの小説の料理が生まれたんだと思います。
――瀬尾さんの料理歴が詰まっているんですね。「料理イヤイヤ期」の思いもこの作品に反映されていますか?
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瀬尾:そうですね。食堂の娘の恵実さんという人が出てくるんですけど、彼女は夫のために作る料理で悩んでいて。私自身も思いますけど、家族が、自分が作った料理を感想も言わずに当たり前のように食べていると、ビックリしますよね(笑)。恵実さんは最初、口うるさくて私、苦手だったんです。でも、リリーと一緒に近づいてみたら、必要以上に責任感を背負っている人なんだとわかって、かわいく見えてきましたね。
――料理をテーマにした小説を書いたことで、瀬尾さんの料理への考え方は変わりましたか?
瀬尾:あまり変わってはいないんですけど、「おいしい」って、すごく大きい言葉だなと思いました。娘に「今日の夕飯、何?」って聞かれて「チキンナゲット作ったよ」って答えて「やった!」って喜んでいるのを見ると、こちらも嬉しくなりますしね。料理をする人の気持ちって、食べる側の言葉にこんなに左右されるんやなぁって改めて感じました。
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――リリーは、いろいろ諦めていて尖っている人物に見えるけど、実は……という、複雑で面白い人物ですよね。瀬尾さんは、リリーの魅力はどういうところだと思いますか?
瀬尾:彼女は、子どもの頃、お母さんに選ばれなかったことで自分がダメだと思っていて。小さい頃から料理をやってきたから得意なんだと思ってるけど、実は、リリーが料理がうまいのは器用だからではなくて、食べる人のことを考えられる人だからなんですよね。それを苦に思わずにできるのがすごいし、無意識に誰かのために必死になれるところがすごくかわいくて。書いている途中で、それがリリーの長所やなって気付きました。
それに、リリーが途中で“あの職場”で働き始めたときは、「あ、そっち行くんやな」ってビックリしました(笑)。でも、すごくリリーに向いているし、そうやって少しずつ世界を広げて、自分の新しい面を自分で知っていってほしいなと思いましたね。
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日常は小説以上にすごい。生きていると何かと何かが必ずつながる

――この小説は、主人公が大きく前進するわけではないし、ままならないこともありますが、そこがすごくいいですよね。
瀬尾:いつも、現実的に書こうとは思っているんです。私たちの身の回りの現実を切り取って書いている感じですね。だから、ドラマチックにしようっていう気持ちはなくて。だって、ただでさえ日常や自分たちの周りって、小説以上にすごいじゃないですか。
――そうですね。この物語も、日常的なんだけどハラハラするシーンもあって。
瀬尾:あそこは私も焦りました(笑)。リリーが“あのバイト”してて良かったぁ!って。
――(笑)。あのエピソードがここにつながるのか!と伏線のように思うこともあったのですが、それは瀬尾さんがはじめから意図されていたことではなく?
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瀬尾:そうですね。「あの時のあれやん!」と思いました(笑)。タウン誌編集の下倉も、最初だけ出てくる人かと思っていたら、後から「あ、あの人に相談すればいい!」という形で登場したし、そういうふうに物語がつながった時は、生きていると何かが何かに影響していくんだなぁと感じました。
小説で人の心に触れる機会をいただけている。少しでも笑ってもらえたら十分
――以前、あるインタビューで「小説で誰かの背中を押したい」というお話をされていましたが、そうした創作への思いはずっと変わらないですか?
瀬尾:私、そんなこと言ってたんですね。めっちゃ傲慢じゃないですか! 寒いわ~(笑)。今は、誰かが少しでも笑ってくれたら十分です。読んで、ちょっとほっとしたり、明日が楽しみだと思えたり、少しでも気が楽になってもらえたら嬉しいですね。背中を押すなんて、滅相もない(笑)!
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私、もともと教師になりたかったんですね。勉強を教えたいというより、自分が学校が嫌いだったから、心地のいい教室を作れたらいいなと思っていて。でも、体調を崩して教職を辞めて、今は違う仕事をしているけれど、小説を書いて誰かの心に触れる機会を与えていただけているから、やりたかった仕事とそう違いはないなと今は思えています。
――今後、書いてみたいことや、チャレンジしたいことはありますか?
瀬尾:先日、新潮社さんで『0冊目の本』(中学校・高校で配布された体験型の文庫本。電子版は無料)というものを作っていただいて、『卵の緒』の続きの物語を書きました。これは、読書は単純に楽しいものなんだよ、と知ってもらいたくて作った本です。今、本屋さんや、本を読まない子が減ってるのなら、「読書って面白い」ということを、これからも伝えていきたいなと思いますね。

取材・文=川辺美希、撮影=後藤利江
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