
第175回芥川賞の受賞作が小砂川チトさんの『ゾンビ回収婦』(講談社)に決定した。AIの台頭によって仕事を失った女性が、夫の残したVRヘッドセットを装着してVR空間に没入、そこで日々殺されるゾンビの死体を回収する「ゾンビ回収婦」の仕事を務めるという物語だ。
芥川賞の受賞作と聞くと、「純文学は難しそう」「何を読めばいいのかわからない」と身構える人もいるかもしれない。しかし近年の受賞作には、仮想空間で働く人々、生成AI、障害のある身体、推し活、周囲から押しつけられる“普通”など、私たちの生活と地続きのテーマを扱った作品も多い。
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本記事では、発表されたばかりの『ゾンビ回収婦』をはじめ、受賞をきっかけに大きな注目を集め、文学の枠を超えて語られた5作を紹介する。純文学への最初の一歩としても手に取りやすい作品ばかりである。
1)『ゾンビ回収婦』小砂川チト

仮想世界でゾンビを片づける仕事は、現実よりも生きやすいのか。
これは仕事と夫を失った女性が、VR空間でゾンビを回収する清掃の仕事を始める物語だ。主人公がヘッドセットを装着して向かうのは、ゾンビが徘徊する仮想世界。奇抜な設定の一方で、その奥には、現実社会で居場所や役割を失った人が、労働を通して再び世界とつながろうとする切実さがある。
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「男は白樺の木々のあいだをモッツ・モッツと踏みしめて歩く」など、小砂川チトしか使わない(?)独特な擬音語にも注目したい一作。
小砂川チトは過去に2度候補となり、本作で3度目の候補にして第175回芥川賞を受賞した。ゾンビ小説としての面白さと、現代の仕事や孤独を描く純文学の鋭さを同時に味わえるだろう。
指標:設定の意外性★★★★★/現代社会度★★★★/読みやすさ★★★★
2)『東京都同情塔』九段理江

正しい言葉を選び続けた先で、言葉そのものが信用できなくなる。
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これは架空の東京に建設される高層刑務所「シンパシータワートーキョー」をめぐり、建築家・牧名沙羅が社会の“寛容さ”や言葉のあり方に向き合うディストピア小説だ。犯罪者をどのような言葉で呼ぶべきか、他者を傷つけない表現とは何か。配慮のために生み出された言葉が増えるほど、本音や現実が見えにくくなっていく皮肉が描かれる。
執筆にあたり「生成AIを全文のうち5%使った」と発言して大きな話題を呼んだ一作。実際に読めば、どの文章を生成AIが担当したのかわかるので、是非読んでいただきたい。しかし本作において本当に注目したいのは、人間が使う言葉の欺瞞をユーモラスかつ不気味に暴く点である。
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指標:言葉の迷宮度★★★★★/社会風刺度★★★★★/難解度★★★★
3)『ハンチバック』市川沙央

本を読む自由さえ、すべての人に平等に与えられているわけではない。
『ハンチバック』は重度の障害があり、グループホームで暮らす井沢釈華が、自らの身体や欲望を強烈な言葉で語る物語だ。釈華は両親から受け継いだ財産を持ち、通信制大学で学びながら、過激なウェブ記事を書いて生活している。作品の中では、紙の本を持つことやページをめくることすら、ある身体にとっては大きな負担になり得る現実が突きつけられる。障害者を一方的に「かわいそうな存在」として扱うことなく、怒りや性欲、毒のあるユーモアまで描いた点が鮮烈である。読者が無意識に立っていた側を揺さぶるだろう。
指標:言葉の強度★★★★/問題提起度★★★★★/衝撃度★★★★★
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4)『推し、燃ゆ』宇佐見りん

推しが炎上したとき、自分の人生まで一緒に燃えてしまう。
アイドルを推すことだけを生きる支えにしていた高校生・あかりが、推しの炎上をきっかけに日常を崩していく物語。あかりにとって推し活は、趣味や娯楽ではない。学校やアルバイト、家族との関係がうまくいかない自分を、この世界につなぎ止める背骨のようなものだった。だからこそ、推しがファンを殴ったというニュースは、他人の不祥事では終わらない。SNS時代の熱狂を描きながら、何かに寄りかからなければ生きられない人間の危うさと切実さを浮かび上がらせる。推しがいる人ほど他人事では読めないだろう。
指標:共感度★★★★★/依存の切実さ★★★★★/余韻度★★★★
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5)『コンビニ人間』村田沙耶香

社会から見れば変でも、自分にとってはそれが最も自然かもしれない。
36歳未婚、コンビニで18年間アルバイトを続ける古倉恵子が、周囲から求められる“普通の人生”に直面する物語である。幼い頃から人々の感情や常識をうまく理解できなかった恵子は、マニュアル通りに動けば正解を得られるコンビニで、初めて社会の一部になれたと感じる。しかし周囲は、正社員にもならず結婚もしない彼女を放っておかない。普通になるために生き方を変えるべきか、それとも自分に合った場所を守るべきか。軽快で読みやすい文章の中に、社会の同調圧力への鋭い問いが潜んでいる。
指標:読みやすさ★★★★★/普通への違和感★★★★★/社会風刺度★★★★
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本稿で紹介した5作は、題材も文章のスタイルも大きく異なる。だが共通しているのは、社会の中で「普通」とされてきたものをいったん疑い、これまで言葉にされにくかった感覚を小説として差し出している点だ。仕事を失った人の居場所、配慮に満ちた言葉の危うさ、障害のある身体、推しへの依存、結婚や正社員になることへの圧力。どれも遠い文学の話ではなく、現代を生きる私たちの足元につながっている。芥川賞作品を難しそうだと避けてきた人も、まずは自分の生活に近いテーマの一冊から読み始めてみてほしい。純文学の印象が、少し変わるかもしれない。
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