
TVアニメ『天幕のジャードゥーガル』が、2026年7月4日(土)夜11時より初回2話連続1時間スペシャルで放送された。トマトスープによる漫画を原作とした本作で紡がれているのは、13世紀モンゴルを舞台に、元奴隷の少女が帝国を揺るがす物語。アニメーション制作は『平家物語』や『ダンダダン』のサイエンスSARU、監督を務めたのはNetflixシリーズ「スコット・ピルグリム テイクス・オフ」や「ダンダダン」の Abel Gongora、総監督を務めたのは『映画 聲の形』や『きみの色』の山田尚子だ。

主人公のシタラは、幼い頃に母を亡くし、故郷からも遠く引き離されたが、少年のムハンマドの言葉に心を揺さぶられ、“知”の可能性と大切さを知り、教養を深めていく。しかし、皇帝チンギス・カン率いるモンゴル帝国の勢力が拡大し、シタラの運命は大きく変わる。そして、成長したシタラは王妃のドレゲネと出逢い、2人は「復讐」という共通の目的で手を取り合うことになる。
ここでは、シタラ役の関根明良さんと、ドレゲネ役の小清水亜美さんへのインタビューをお届けしよう。なお、ドレゲネがアニメで本格的に登場するのは(それまでも姿は見せているが)第5話からであり、以下のインタビューでは6話までの内容を含んでいる。
※以下から、『天幕のジャードゥーガル』の第6話までの一部内容に触れています。
この作品に「本当の意味での悪人はいないのかもしれない」

――今のおふたりが着てる衣装が、シタラとドレゲネですよね。お互いをご覧になっていかがですか。
関根明良(以下、関根):衣装さんとメイクさんにすごく良いものを選んでいただきました。かわいいです!
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小清水亜美(以下、小清水):同じく(笑)。かわいい!
――原作を読まれた時、またはアフレコに挑んだ時の、作品への率直なご感想をお聞かせください
関根:初めて拝読したのがオーディションの時でした。表紙のかわいらしさに目がいって、ページを読み進めるとナレーションの部分は「歴史書」っぽく「すこし難しいのかな」と思ったりもしたら、奥様が亡くなりズムッルドさんも続いていくシーンに「うん…? 様子がおかしい? どういうこと?」となっていました(笑)。幸せから叩き落とされ絶望するギャップに衝撃を受けましたし、誰ひとりとしてシタラの元に味方として残ることなく、ひとりになってしまうところが印象深かったです。
小清水:私もオーディションを受ける時に読みました。モンゴルの史実という「動かない結果」がありますが、「どういう会話がなされていたのか」「どういう考え方で人々が動いていたのか」という部分は、創作になってくるわけですよね。そのはずなのに、読めば読むほど「本当にこういう会話を交わしていたんじゃないか」「こういう気持ちだったんじゃないか」と、リアルに思えてくることに衝撃を受けました。
もうひとつ、素晴らしいと思ったのが、視点の変化です。読み手としては、やはり主人公はシタラで、彼女の目線で物事を見ていくと思うのですが、別の視点もシームレスに描かれていくんですよね。だから、その瞬間ごとに「誰かが悪者に見えて苦しい」気持ちを抱きながら読んでいました。「一方その頃」と別の立場から見れば、「まったく違う世界」が広がっているんですよ。
そうした構成によって、読み手は意識しないまま、自然とそれぞれのキャラクターの考え方に導かれていきます。そのため「悪だと思っていた人も、実は悪ではないのかもしれない」に加えて、「そもそも悪とは何なのだろう」と考えさせられるんです。
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関根:小清水さんがおっしゃったように、視点が変わった時に、「ああ、だからこの人は、こういう行動をしていたんだ」と気づかされる作品なんです。シタラ目線だと悪人のように思えるキャラクターも、その人にはその人なりの立場や目的があって、そうした背景が読み進めるうちに、自然と見えてくるんです。
そのため私は、この作品には本当の意味での悪人はいないのではないかと思っています。みんなそれぞれに愛する人がいたり、自分の誇りがあったり、家族愛があったりして、それぞれの目標に向かって突き進んでいる。その結果として、お互いの思いや目標が激突してしまっているんだなと思うと、より切ないなぁっと感じます。

小清水:私たちはさぁ……読んでいる時はいち読者として作品を追っているけどさぁ……演技をするってなったらさぁ……「この人たちは根っからの悪人ではない」ということを読み手として知ってしまっているからさぁ……「ううっ」って苦しくなる瞬間はありましたよねぇ……。でも、それも作品の大事な部分で、私たちが演じるシタラとドレゲネは、ある種の恨みや敵対心のような、燃えるような感情をずっと持ち続けなければいけない2人なんです。その気持ちを維持できたのは、お互いに相手にも温かさがあって、そこに生活があることを知っていたからだとも思うんです。
だからこそ、読者として純粋に作品を読んだ時に感じた揺らぎと、演じる上で感じた揺らぎがシンクロした部分もあったと思います。「知らないほうが楽だったのかもしれない!」という苦しさも、もちろんありましたけどね。
シタラとドレゲネは「どっちがお姉さんかわからない」関係?

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――シタラとドレゲネは、関根さんもおっしゃるように恨みや敵対心の他にも、共通する復讐心を持ち、初めは「利害の一致」で結託したようにも見えますよね。でも、実際の2人には「それだけではない」感情を感じられました。おふたりで演技をする中で、自分の、または相手の感情で、何か気づかれた部分はありますか。
関根:シタラから見たドレゲネ様って、アフレコが進めば進むほど感じたんですが、すごく危なっかしいなって(笑)。
小清水:やっぱりそう見える?(笑)
関根:ドレゲネ様はすごくクールで、どこか堅いイメージもある一方で、本当に少女のような純粋さや繊細さも感じられるんです。心を許してくれた時に見せる、ほのかな笑みを見ると、「ああ、この人は本当に少女のまま親になって、王妃になって、上の立場に立ってきたんだな」と感じて。
でも、彼女にも幸せだった大切な思い出があるからこそ、絶対にゆずらず「その思い出を入れた固く閉ざした箱だけは絶対に開けるものか!」という強い意志で争っている。ただ、一度気を許してしまうと、ドレゲネ自身の優しさ、もともとの少女らしさが「ふっ」と表に出てくるんです。
だから、シタラにとっては、ドレゲネ様は助けてもらっている存在でもあり、同時に「自分が助けなきゃ!」となる存在だと思います。ドレゲネ様の大きなギャップであり、色々な要素を全て兼ね備えているようにみえ、そこが魅力的だなと思います。

小清水:演じていく中で、関根さんがおっしゃるようなドレゲネの姿がどんどん見えてきました。ドレゲネは、基本的には歳の離れた夫のダイルさんたちとの出来事があった頃のままで時間が止まっている、「少女のままで凍ってしまっている」ために、その記憶や想いを守り、忘れないために、ものすごく高い「心の城壁」を築いていると思うんです。その城壁に守られている状態こそが、現在のドレゲネが対外的に見せている姿なんだと思います。時には怖く見えたり、融通が利かない、あるいは心の冷たい人に見えたりしますよね。
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ただ、シタラとは、その城壁が少し揺らいでいるタイミングで出会ったというのも、大きかったのかなと思います。シタラが「すっ」と心の中に入ってきたんですよね。そこからというもの、特に第6話の出来事は大きなきっかけで、そこからは、もうどちらがお姉さんなのかわからないような関係になっています(笑)。
――なるほど、シタラとドレゲネは復讐の共犯関係というよりも、姉妹のようにも見える時もありますし、はるかに年下のはずのシタラのほうが精神的に成熟している印象もありますね。
小清水:実際にドレゲネを演じながら、シタラのことを「お姉ちゃんみたい」と感じる瞬間もあったんです。年齢的にはドレゲネのほうがうんと大人のはずなのに、シタラのほうがすごくしっかりしていて、どこか尊敬の念も抱いていて、時には少し甘えが出たりもするんですよね。
ひょっとして、ドレゲネにとって、シタラは義理の娘だったクランとの関係にも少し重なる部分があるのかなと思います。クランも自分よりずっとしっかりしていて、尊敬の念もあるということが、シタラと重なっていますからね。
もしくは、クランから「すごいね」と言われながら、一緒に遊んだり、連れて行ってもらったり、いろいろなことを教えてもらったりしていた、あの頃のドレゲネが、シタラとの会話でも出てくる、という感覚かもしれないですね。シタラとは家族のような絆のようなものもありますし、「でもどうしたら……!」となる時もある。それと同時に、お互いにもうなんの疑いもない、気負うことなく接することができる関係になったとも言えるんですけどね。

関根:ドレゲネ様はシタラにやわらかくなりましたよね。お願いしたことをきいてくれたり、会議のことなどを、きちんと教えてくれて相談してるようになったり。
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ギャグシーンで10テイク以上も録ったことも
関根:個人的に好きなのは、シタラとドレゲネ様が仲良くなってからの、コミカルなシーンなんです。「シラー」みたいな(笑)。
小清水:そうなんだよう〜(笑)。シタラに対し「普段そんなんじゃないのに…」とちょっと引き気味に見てるリアクションの時ね〜。
関根:そこまでの関係値が築かれていたと思うと、すごくかわいいってなって(笑)。
小清水:アフレコの時に、一番悩んだかも。ギャグのところを、どういう言い方をしようかって、10テイクくらい録ったんじゃないかな。私自身もどれが正解なのか迷っていましたし、スタッフチームもかなり悩んでいた部分があったと思います。
関根:随所で「いろいろ録っておいて、どれかを使います」という場面が結構ありましたからね。
10パターンくらい録って、「前後の流れを見ながら、いずれかを選びます」という形で、「こういう解釈もあるよね」というさまざまなパターンを試していたんです。正直、本編を観ても、どのテイクが採用されているのかわからないと思います(笑)。
小清水:「もう2人の流れに任せるので、思うようにやってみてください」って言っていただきましたよね。
関根:「セリフがかぶってしまっても全然構いません」とおっしゃってくださって。
小清水:最近のアニメの収録では、後からタイミングを調整したり、編集しやすくしたりするために、なるべくセリフが重ならないよう、別々に録る傾向があるのですが、今回は素材として扱いやすくすることよりも、演技の空気感を優先してくださったんです。「セリフがかぶってもいいから、ここは一気に一緒にやりましょう」という形で収録を進めていただけたことが、演じる側としては本当にありがたかったですね。
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何より、生(なま)での掛け合いができることが大きかったです。その時に相手の方から掛けられた言葉や感情に対して、自分の心の揺らぎを、その瞬間の感覚をそのまま返すことができるんです。もしバラバラに収録していたら、どうしても「相手はこう来るのかな」と想像したうえで、自分の感情の揺らぎを作ることになるので、「セリフがかぶらないようにしなきゃ」という意識もどうしても生まれてしまいますし、全然違う感覚なんです。
でも、今回は相手からぶつけられたものに対して、その流れのまま、自分の熱量をそのまま返すことができました。この作品では、特にそのことの大きさを強く感じましたし、とても楽しかったです。
「子どもだから」ではなく相手や状況で演技を変えていた

――おふたりとも、劇中で早い時の流れがあり、少女から大人へと成長する役柄ですよね。どのように演技のトーンを変えたのか、または変えなかったのか、ぜひ教えてください。
関根:作品としては、キャラクターデザインが年月を経てもあまり変わらないこともあって、「年齢感はそこまで深く気にしなくていいです」というディレクションがありました。もちろん、シタラには幼少期があって、そこから大人になっていくので、年齢も意識はしているのですが、はっきりと「声のトーンを変えよう」とか「演技のトーンを変えよう」と思って演じていたわけではないんです。
でも、純粋だった彼女が絶望を経験したために、同じ年齢だったとしても声はかすれるだろうし、トーンも落ちるだろうな、とは考えていました。そのため、年齢によって変えるというよりは、「その時々の状況や、相手との関係性によって変えていた」感覚のほうが強いですね。
小清水:やっぱり、経験ってすごく大きいものですよね。これだけ衝撃的な経験をする前と後では、たとえ同じ人物でも、精神は大きく変わるんじゃないかなと思います。目の前で、自分が守ろうと思った人たちが命を落としてしまうんですから。年齢相応の天真爛漫さって、大人になっても持ち続けられる人はいますけど、それは幸せな成長過程があってこそ保たれているものだと思うんです。
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関根:ファーティマ奥様の遺体をきちんと埋葬することすらできず、その場を離れなければならない。さらに、味方だったズムッルドさんもアニースさんもいなくなってしまい、ムハンマド様への希望までも失われている状態です。なので、「子どもだから高い声のままで」というわけにはいかないだろうなと。切ないですが、彼女の経験を大切にしました。
小清水「ドレゲネらしくいられた時間」は短かった

小清水:ドレゲネはアラフォーで、ダイルさんと過ごしていた頃は14歳くらいなんです。実は私自身もちょうど40歳になったんですが、自分を振り返ると、やっぱり「10代の頃には10代の頃の声があったな」という実感があるんです。
もちろん、あまり声が変わらない方もいると思うんですけれど、私自身は声の張り方や息の使い方、発声自体も変わってきているとは思います。若い頃は「高い声を出そう」と意識していたわけではないんですが、おのずと軽やかな声で話していたんです。
ただ、無理に高い声を出して「若作りしている」ようには聞こえてほしくない、せめぎ合いはあって。そのバランスはずっと悩みながら演じていましたね。ナチュラルにできているといいなと思うんですが、そこはいまだに少しドキドキするポイントです(笑)。
――実際に、水瀬いのりさん演じるクランや、石田彰さん演じるダイルのやり取りを聞いていると、本当に素敵な家族だなと感じました。
小清水:あの家族は本当に素敵ですよね……あの家庭でドレゲネがもっと長い時間を過ごせていたらよかったのに、とどうしても願ってしまいます。
そもそもドレゲネが嫁いできた理由は、民族間の信頼関係を築くためという、政略的な側面が強かったわけですよね。彼女は、それを受け入れなければならなかった、諦めたような感覚で、いろいろなものを捨てながら生きてきた部分があったと思うんです。
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そんな中で出会ったのが、あの温かい家族だったわけで、本当の意味でドレゲネが彼女らしくいられた時間というのは、ダイルやクランたちと過ごした時間だったんじゃないかなと思います。ドレゲネは自身を「貢物」または「いずれ重要な役割を担う存在」として、「自分らしくいてはいけない」と考えて生きていたと思いますから。
気持ちを刻みつけながらの収録で疲労困憊に

――シタラとドレゲネは境遇そのものが似ていますよね。最初は半ば強制的に連れてこられたけれど、優しい人たちと本当の家族のような関係になっていったのですから。
関根:シタラにとっても、ムハンマド様やファーティマ奥様と一緒にいられる時間は本当に幸せで大切な時間だったろうなと思います。あの日々が幸せな思い出すぎてモンゴルへ行ってからは、シラのようにあきらめられなくなってしまうくらい。彼女を覚悟を決めてしまいましたから。
だからこそ、1話から2話の途中までの、あの幸せな時間を収録していた時に、私自身が感じたことと、シタラが感じていたであろう気持ちは、その後の物語を演じるうえで絶対に必要になる、「演技の根幹」になると思い、しっかり自分に刻みつけながら収録していました。
実際、この作品の収録は朝から始まって、予定されていた収録時間を超えることもあるくらい、本当に長い時間をかけて行われたんです。しかも、とても熱量の高い作品だったので、後半になるにつれて、私も含めて皆さん疲労困憊でした(笑)。
小清水:そうだったね。
関根:それでも最後まで、本当に温かく、優しい空気を作ってくださって。だからこそ、2話の収録が終わって解散する時は、収録が終わってしまうこと自体がすごく寂しかったんです。
小清水:そうだったよねぇ〜!
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関根:「え、もう終わりですか?」って。「今後も回想シーンとかで出てきてくれますよね?」って言ってしまうくらい(笑)。それくらい、私自身も寂しい気持ちになったので、その時に感じた思いも忘れちゃいけないな、と思っています。
――最後に、作品の注目ポイントやメッセージをお願いします。
関根:シタラはドレゲネ様の過去を聞き、自分自身の境遇とも重なる部分があると知って、苦手意識が和らぎ、共感する点を見出したからこそ絆が深まったのだと思います。2人の関係性の変化や絆が育まれる過程をぜひご覧いただきたいです。また、普段は「ぜひキャラクターを応援してください」と言うことが多いのですが、この作品に関しては、「応援する」という言葉で表していいのかという気持ちがありまして。復讐は、とても悲しい道でもありますからね。
でも、2人にとっては、それは決して譲ることのできない道でもあるんです。ですので、シタラとドレゲネ様の歩みを、ぜひ最後まで見守っていただけたら嬉しいです。
また、この言い方が合っているかはわからないのですが、この先もまだまだ「魔女」がたくさん登場します。その魔女たちとシタラたちが、なぜ対立し、どのように時代の波にもまれていくのかにも、ぜひご注目くださいませ。
小清水:物語のベースとしては、どうしてもシリアスな展開が多くなってしまうんですが、その中にふっと笑えるようなエピソードもちりばめられています。ムードメーカー的なキャラクターもいて、私としてはこの後に登場するモゲちゃんやキルギスタニちゃん、それからカダクさんがそういう存在だと思うんです。特にカダクは、ちょっと語弊があるかもしれませんが、「愛すべきアホキャラ」と言いますか(笑)、かわいそうな立場になればなるほど愛おしくなってしまうような、不思議な魅力を持っていて、むしろ「もっと苦労してほしい」「もっと振り回されてほしい」と思ってしまうくらいなんです。そんなふうに、作品を通して歴史の一つの見方に触れていただきながらも、「自分はこのキャラクターが好きだな」と推しキャラを見つけてもらえたら嬉しいです。
その上で、作品の受け取り方は人それぞれですし、感じたことがその人にとっての正解です。みんなが同じ見え方をする必要はないですし、たくさんの意見があっていい作品ですから。「これが正解なんだ」と気負いすぎることなく、ぜひ楽しんでください。

取材・文=ヒナタカ 写真=金澤正平
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