
ご存じのとおり、村上春樹氏の小説は描写が細やかである。なので、過去に読んだ著者の小説を思い出そうとすると、ラストシーンよりも先に場面ごとの描写がひとつずつ思い浮かんでくることが多い。たとえば、著者の作品によく登場するレコードを聴くシーンや、料理をつくる場面などだ。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(新潮社)で真っ先に思い出したのは、〈ハードボイルド・ワンダーランド〉サイドの主人公である〈私〉が〈やみくろ〉の巣窟に潜りこむ冒険のシーンだった。冒険の場面は全体で180ページほどあり、これは小説上下巻の1/4ほどにも及ぶ。きっと当時30代半ばだった著者が、自分自身ものめり込みながら描いたのではないかと想像している。
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足を止めたら闇にひきずりこまれる恐ろしい〈やみくろ〉
〈私〉は、話のなりゆきで〈やみくろ〉の連中から追われている。しかし、そうでなくとも、東京の地下深くに棲んでいる〈やみくろ〉は、光が降り注ぐ世界に住む人間を憎んでいるという。彼らの巣は地下鉄の線路にも通じていて、地下鉄の作業員が〈やみくろ〉に襲われた痕跡も残っているそうだ。彼らは腐った水しか飲まず、生きた人間をつかまえては何日も水に漬け、腐りはじめた部分から順番に食べていくというからおぞましい。さらに恐ろしいのは、その姿を一目見たら、歩けなくなってしまうということ。彼らの巣の中で足を止めたら、闇にひきずりこまれてしまうというのに。
引用----
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(下巻159ページより引用)
しかし私の足は動かなかった。彼らの憎しみが、私の足をしっかりと地面に押さえつけているのだ。時間がそのおぞましい太古の記憶に向って逆戻りしているような気がした。私はもうどこにも行けないのだ。
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彼らの〈地底の闇をひとつにあつめて凝縮したような暗い思い〉と〈光と目を失った世界で歪められ汚された時の流れ〉が、〈私〉を押しつぶそうとする場面は本当に恐かった。筆者が本作を読んだのは20年近く前になるが、当時感じた〈やみくろ〉のぬめぬめとしたような薄気味悪さを、いまだに忘れることができない。
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ひとつ気になるのは、彼らが死んだ魚が腐ったような臭いをさせていることや、羽虫のような音波に近い声をだすことは綴られているのに、どんな姿かたちをしているのかが一切描かれていないことだ。なぜだろう。〈やみくろ〉とは、もしかしたら、地下深くで怖い思いをした〈私〉が脳内で勝手に作りあげた虚構なのかもしれない。〈私〉の心の奥底に隠された闇や、臆病な気持ちが作り出した空想。だから、目には見えない。
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世の中には〈やみくろ〉の分子がばらまかれている
それにしても、あの恐ろしさの正体は一体なんだったのだろう。著者がその姿を描写しなかった理由はわからないが、姿が描かれていないからこそ恐怖が増したのは間違いない。
考えてみれば、「目に見えない恐ろしいもの」は現代にも蔓延っているんじゃないだろうか。SNSの匿名アカウントから発せられる悪意あるコメントは人を深く傷つけるし、どこにいるのかわからない攻撃者によるサイバー犯罪は、平穏な日常を危機に陥れる。気をつけたいのは、ちょっとした妬みや蔑み、悪戯などから生まれた言動が、誰かの心や名誉を簡単に傷つけてしまう可能性がたくさん潜んでいることだ。
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SNSやAIは使い方次第で正義にも悪にもなるからこそ、今の世の中には〈やみくろ〉の分子があちこちにばらまかれている。ふとした瞬間に自分が「やみくろ化」してしまったら、どこかの誰かを闇にひきずりこんでしまうかもしれない。誰の心の中にも隠された〈やみくろ〉は、現代の戒めにもなりえる存在なのではないだろうか。
だから、くれぐれも気をつけないといけない。もし「やみくろ化」してしまったら、もう二度と、光が降り注ぐ世界には戻れないかもしれないから。
文=吉田あき

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