※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年8月号からの転載です。

〈ヤングケアラーはえらい、親孝行だって称賛、あるいはヤングケアラーはかわいそうだって物語に、ヤングケアラーに同情して救った気になってんじゃねえよって物語をぶつける〉〈読者の数が増えれば増えるほど、社会の物語をカウンターの物語が塗りつぶしていく〉――。
作中で、この言葉を放つ、女性新人作家から、物語は立ちあがっていったという。
「読んでいくうち、自身の介護経験を軸に書いた小説でデビューした日比谷ヒビというその作家に、私自身を重ねる方もいらっしゃるのではないかと思います。『救われてんじゃねえよ』の刊行後、感想をいただいたり、取材を受けるなかで考えるようになっていったのは、自分の当事者性みたいなもの。そして当事者として小説を書くことを、小説で表現してみたいと思った。そのとき、この人物が立ち現れてきたんです」
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デビュー作『救われてんじゃねえよ』に、高校時代、難病の母の介護をした自身の体験が流れていることから“元ヤングケアラー作家”と称されたこともあったという上村さん。
「近年、芥川賞を受賞された市川沙央さんや安堂ホセさんなど、ご自身の体験や出自を活かした作品が取り上げられるとき、作家自身にフォーカスされる傾向が強いなと思うことがあって。私自身はテキストに書かれたものがすべてだと考えているのですが、自分がデビューした時も、作品に注目していただけたのは、10代で介護をしていたという当事者性に拠るところも大きかったのではないかと。作品を読んでいただくうえでそれが優位に働いた部分であったことは理解しているのですが、それで小説の価値が決まるのかということもすごく考えていて。日比谷はそれについて苦しんでいる作家です」
そんな日比谷に拮抗する人物として現れてきたのが、視点人物となる光莉だ。難病の母を10歳の頃から介護してきた20歳の光莉には、冒頭で懲役2年、執行猶予4年の判決が言い渡される。罪状は実母の自殺幇助。
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「ヤングケアラーの小説にはしたくなかった。デビュー作から一歩進んだ小説を書きたいと思ったとき、介護に直面している子の話ではなく、そこにはいない、もうひとつ先のところにいる子の話を書きたいと思ったんです」
〈光莉ちゃん、殺してくれん?〉と母が言ったあとのことが、光莉の記憶からはすっぽりと抜け落ちている。出所後、身元引受人になってくれた叔母に〈なんでお姉ちゃんは死んだの?〉といくら問いつめられても、光莉は答えることができない。
「光莉は、自分に起こったことや、これまでの経験をあまり話せない、語る言葉を持たない子。言葉が出て来るのを、こちらが見守っているかのような彼女のキャラクターはそこから生まれていきました」
「今までならエンタメ的ではないからと、削られていた文章や描写を削らず、すべて残してもらった」という技巧的なところからも、光莉という人物が立ち上がってくる。
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「自分の停滞感みたいなものを感じている部分や、身体感覚から記憶へと潜り、現実と行き来するような感覚は、エンタメ作品であれば、誰かと会話をするなかで気付いていくような描写が推奨されると思うのですが、光莉にはこれまで言語化しなかったものを自分のなかで文章にしていく、言葉を探す過程が必要なのではないかなと」
そんな光莉の前に、母との月日とその〈ほんとう〉を小説に書いてみませんか?という編集者が現れる。そして〈なあ、小説はもう書いてへんの〉という作家・日比谷も――。〈あんたのそれ、才能やで〉と言いながら。
体験を物語ることで自分の人生を取り戻す
「日比谷は光莉を導く人でありながら、彼女を導くことで自分の葛藤みたいなものを言語化していく人。私自身も小説を書くことで、自分のなかに沸いたモヤモヤや、怒りの正体を考えるために小説を書きたいと思っているのですが、書いているなかでは光莉と日比谷、双方に感情移入をしていました。それは当事者小説じゃなくてもできるのかもしれないけれど、当事者小説だからこそできる部分でもあるなと思いながら。さらに私は、書いているときに起こったことをダイレクトに小説にしてしまうんです。本作を書いていた去年は、夏頃に祖母が亡くなり、その直後に母が入院し、意思の疎通が取れなくなった。そうしたことも、二人の生活には投影されている。光莉と日比谷には、私を半分に割って入れ込んだ形になっています」
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小説を書けば、母の発した最後の言葉を思い出すかもしれないという光莉に、日比谷は、自身の創作論を語る。それは上村さんが大学院の修士論文に書いたものが基になっているという。
「自分の体験を物語ることによって、自分の人生を取り戻すことができるのではないか。物語ることで回復していくナラティブアプローチと、小説を書くことが同一の効果を発揮するのではないかと、論文で書いたことが、本作には投影されています」
だが、小説を書こうとする日比谷と光莉の間には、ある大きな確執が起きてくる。誰かの人生を語るということについて、二人の間には亀裂が生じ始める──。
“偏らない”ということが私の作家性のひとつ
「今まで書いた物語以上に、たくさん展開のある物語」という本作は、一瞬たりとも気が抜けない密度と強度、そして緩急を孕んでいる。
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「光莉が小説を書くことで、〈ほんとう〉を求める部分が、物語の軸にはなりますが、人間として考えていったとき、彼女には叔母との生活があり、後に就職することになる介護施設の仕事もあるということも、しっかり描きたくて。作中で叔母が、みんな事件のことばかり言うけど、光莉の母にはもっと別の部分もあった、ということを語るのですが、そうして、何か一方に偏らないところは、自分のなかですごく考えていて。光莉も日比谷も重い過去は持っているけど、会話のなかで二人はよく顔を見合わせて笑ってるんです。切実な状況のなかにもある笑いというものを私はすごく大切にしていて。デビュー作のときから意識している、そうした“偏らない”は、私の作家性というもののひとつなのかなと思っています」
「単に当事者小説を書いた小説でもなく、更生するというだけの小説でもない、家族小説というだけでもなく、いろんな流れのある小説」と、上村さんが語る物語は、後半に向かい、いくつものカタルシスを連れて来る。
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「この小説は、生きづらさを抱えている若い世代の人に届いてほしいと思って書いていました。誰かに差し出すとき、自分が提示できるものってなんだろうと考察を重ねていったところにあったのは、私自身がかけてもらったら、きっと前を向けるような言葉でした」
このインタビューは、東京が桜で染まった3月30日に行われた。その前週、上村さんは大学院を卒業し、そして母を亡くした。
「明後日から私は社会人になります。学生最後の作品として書いた本作は、自分が今出せる一番速い球をストレートに投げたような作品。このタイミングで書けてよかったと思う小説です。執筆中から、この作品は母が生きているうちに出したいと言っていたのですが、それは叶わなかった。けれど私が母に抱いていた感情や、6年間、闘病を続けていた母の隣にいて感じていたこと、抱いた葛藤もすべて詰め込むことができた。今しか書けない小説であるというか、今、自分が書けるものをすべて出した、そういう小説だと思います」
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取材・文:河村道子 写真:山口宏之
かみむら・ゆたか●2000年、佐賀県生まれ。京都芸術大学大学院に在学中の22年に「救われてんじゃねえよ」で「女による女のためのR-18文学賞」で大賞を受賞、25年に単行本化。同年、『ほくほくおいも党』『ぼくには笑いがわからない』を上梓。〈警報級の大型新人〉として文学界で注目を集めている。

『海の底に雨は降らない』
(上村裕香/幻冬舎) 1870円(税込)
母の自殺を幇助した罪に問われて執行猶予のついた判決を受けた、幼少期から難病の母を介護していた光莉。叔母の家に居候し、更生の日々を送る光莉の前に現れたのは、ヤングケアラー当事者モノ小説でデビューした女性作家・日比谷。彼女は光莉に、自身の体験とそこにある〈ほんとう〉を小説で書けというが……。
「届いてほしい人に必ず受け取ってもらえる、めっちゃ自信作です」(上村さん)
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