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「ねえ、どうしてあなたそういう人ばかり好きになるの?」
「私たちみんなどこかねじまがって、よじれて、うまく泳げなくて、どんどん沈んでいく人間なのよ」
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学生時代に何気なく読んだ小説の、そんな台詞に胸を撃ち抜かれた。私自身も、この世界をうまく泳げないでいる人間のひとりだと感じていたからだ。なんて美しい表現に満ちた小説なのだろう。ただ、女性たちの間を流されるまま、たゆたうように過ごす主人公の姿は、当時の私にはまるで理解できなかった。けれど、この作品は妙に深く心に残り続けた。
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その小説とは、『ノルウェイの森』(村上春樹/講談社文庫)。言わずと知れた村上春樹の代表作だ。久しぶりに読み返して、私は再び打ちのめされてしまった。過去を回想する主人公と同世代になったせいだろうか。若い頃には、どこか気だるくも美しい青春小説として読んでいた。だが、大人になった今、この物語から感じられるのは、「死の匂い」。生きている時間のすぐそばに死があるという、どうしようもなく濃い実感だった。
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死は、生の中に混じっている
物語は、37歳のワタナベが飛行機の中でビートルズの「ノルウェイの森」を耳にし、20年前の青春時代を回想するところから始まる。親友・キズキの自殺、かつてキズキの恋人だった直子との再会、大学での小林緑との出会い。ワタナベは、死の記憶に縛られた直子と、生の側から自分を呼び戻そうとする緑との間で揺れ動いていく。
この作品に漂う「死の匂い」とは、誰かが死ぬ場面の生々しさではない。恋や性や日常の中に、死の気配がいつの間にか混じっているという感覚のことだ。ワタナベは死について、こう語る。
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引用----
「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」
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死は、生の外側から突然やってくるものではない。生きている時間の中に、最初から含まれているとワタナベは言うのだ。その感覚は、大人になり、いくつかの死を経験してきた人ならば、実感として胸にあるのではないだろうか。だからこそ、直子が語る「誰にも場所のわからない」深い井戸のイメージは忘れがたい。明るい草原のどこかに、誰にも見えない穴が口を開けている。そこに落ちた人は、もう二度と戻ってこられない。死は暗闇の奥にあるのではなく、何気ない日常のすぐ隣にある。しかもその気配は、「ひとつの空気のかたまり」となり、「細かいちりみたいに肺の中に吸い込みながら」生きていくものとして描かれる。死は目の前に突きつけられるものではない。知らないうちに吸い込んでしまう空気のように、ワタナベの身体の中へ入り込んでいる。そんな空気がこの作品の中に漂い、この作品を読む私たちの肺の奥まで入り込んでくる。
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性描写ににじむ、冷えた孤独
もちろん、この小説には、「これぞ村上春樹」と言いたくなる要素も、詰まっている。冴えない男のようでいて、なぜか女性たちに求められる主人公。繰り返し書かれる性描写。やれやれと言いながら、女性たちに求められるまま流されているように見えるワタナベに、いらだつ読者もいるだろう。幼い頃の私もそうだった。けれど、大人になってから読み返すと、その頼りなさすら痛ましく目に映る。ワタナベにとっての性は、ただの快楽としては描かれていない。彼は、誰かの身体に触れることでしか、自分がまだ生の側にいることを確かめられない。
読んでいてハッとさせられたのが、直子との距離を示したこんな一文だ。
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引用----
「僕の顔と彼女の顔のほんの30センチくらいしか離れていなかったけれど、彼女は何光年離れているように感じられた」
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このさりげない一文に、『ノルウェイの森』のもつ物悲しさが凝縮されているように思う。身体はすぐそばにあるのに、心には決して届かない距離がある。目の前には直子の裸体がある。けれど、身体のすべてを晒しているというのに、ワタナベは直子のすべてを理解することはできない。むしろ、裸であることによって、彼女の心の遠さはいっそう際立ってしまう。官能の気配のすぐそばに、冷えた孤独がある。死の側に引き寄せられていく直子と、生の側にとどまろうとするワタナベ。その距離が、30センチと光年の間で揺れ動いている。
この物語は単なる恋愛小説ではない。喪失によって空いてしまった穴を抱えたまま、それでも誰かに触れ、誰かを思い出し、生の側へ戻ろうとする人間の物語だ。女と女の間をたゆたうワタナベのもがきにイライラしながらも、それが生きることなのかもしれないとも思う。完全には埋まらない穴を抱えたまま、それをどうにか埋めようとあがきながら、どうにか生きていく。そういう喪失と再生をここまで美しく描いた作品を、私は他に知らない。
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死の匂いが充満するこの物語を、生きようとするワタナベのあがきを、どうか見届けてほしい。若い頃に読めば、言葉にできない痛みとして胸に残り、大人になってから読み返せば、その痛みの正体に少しだけ触れられる。読むたびに違う痛みと響きを残していく。そんな傑作を、あなたにもぜひ何度でも手に取ってほしい。
文=アサトーミナミ

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