
村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』(講談社)は、『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』に続く、「僕」を主人公とした長編小説だ。刊行は1988年。社会現象的なベストセラーとなった『ノルウェイの森』の翌年に発表された。
村上は30代後半にヨーロッパで暮らしながら、『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』を書き上げた。本作について村上は、旅行記『遠い太鼓』の中で、「自分の書きたいようにのびのびと好きに書いた」とし、「隅から隅まで僕自身のスタイルの文章だし、登場してくる人物も『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』と共通している。だから久し振りに自分の庭に戻ってきたみたいで、すごく楽しかった」と振り返っている。
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私は村上作品の中でも、特に初期の作品が好きなのだが、本作には初期作品ならではの軽やかさ、奇妙さ、そして物語が前へ前へと進んでいく勢いがある。
主人公の「僕」は、かつて関わりのあった女性・キキの影を追うようにして、札幌の「ドルフィン・ホテル」を訪れる。そこから物語は、ホテルスタッフのユミヨシさん、13歳の少女ユキ、映画スターで「僕」の同級生である五反田君、そして羊男らとの出会いを重ねながら進んでいく。殺人事件が起こるなどミステリー的な要素もあるが、本作の魅力は、何よりも登場人物たちにある。
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中でも私が強く惹かれるのは、ユキという少女だ。初登場時の彼女は、ウォークマンで音楽を聴きながら、ホテルのバーでレモンジュースを飲んでいる。主人公の「僕」は彼女を「綺麗な子だった」と描写しつつ、その印象をこう続ける。「別に彼女が大人びていたというのではない。でもその女の子の中にはなにかしら全てを上から見おろしているというような趣があった。悪意があるわけでもないし、攻撃的なわけでもない。ただ、何というか中立的に、見おろしているのだ」。
ユキは、有名カメラマンの母と、かつてベストセラー作家だった父を持つ。だが両親は離婚し、彼女は学校にも通っていない。周囲の大人たちに囲まれながらも、どこにも居場所を持てずにいる危うさがある。
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34歳の「僕」と13歳のユキは、親子ほど年齢が離れている。ただ、居場所のなさを抱えているという点では似ている。二人の関係は親子でも恋愛でもない。どこか欠けたものを抱えた者同士が、少しずつ信頼を結んでいく。そのなんとも形容しがたい距離感がいいのだ。終盤、「僕」がユキの後ろ姿を見送る場面では、出会った頃とは確かに変化した二人の姿が感じられる。
もちろん、ユミヨシさんも五反田君も魅力にあふれている。だが、『ダンス・ダンス・ダンス』のことを思い返すとき、私が思い浮かべるのは、「僕」とユキが行くあてもなく音楽を聴きながら深夜にドライブをしたり、ユキが「僕」に「変な人」「馬鹿みたい」などと言ったりする場面なのだ。
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二人の関係に象徴されるように、本作は喪失を抱えた人間が、誰かとのつながりの中で少しずつ何かを取り戻していく物語なのだろう。だから読み終えたあとには、温かな感触が残る。村上作品の登場人物っぽく言えば、この世界も「悪くない」と思えるのだ。
文=堀タツヤ

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