
『黒牢城』が6月19日より劇場公開中。本作は第166回直木賞と第12回山田風太郎賞をダブル受賞し、2022年版「このミステリーがすごい!」での国内編第1位を筆頭に4大ミステリランキングを史上初めて制覇する快挙を成し遂げた、米澤穂信による小説を原作としている。
端的に言って、本作は「時代劇」と「ミステリー」という両方の魅力を味わい尽くせる、おトクな内容だ。さらには、実際にあった「史実」と、創作で膨らませた「フィクション」の部分が、とてもマッチしている。「どこまでが実話だったの?」という興味は、実際の歴史への関心にもつながるだろう。
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「エンタメ性が高い」とても間口の広い作品に

しかも、冒頭に最低限の状況の説明があるため予備知識がなくても入り込めるし、謎を論理的に解き明かしていく過程はエンタメ性が高い、とても間口の広い作品になっている。
さらに、主人公の城主・荒木村重を本木雅弘、天才軍師・黒田官兵衛を菅田将暉、村重の妻・千代保を吉高由里子、村重の腹心・荒木久左衛門を青木崇高、若手の家臣・乾助三郎を宮舘涼太(Snow Man)、村重の隠し刀・郡十右衛門役にオダギリジョー……などと脇役に至るまでキャスティングがとても豪華で、それぞれが本当に歴史上の人物としか思えないほどの実在感がある。俳優陣のファンは「いつもと違う(あるいは知っている)」それぞれの魅力にも期待してほしい。

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ただ、上映時間は147分とやや長めかつ、基本的には時代劇らしい古めかしい言葉遣いによる会話劇でもあり、G(全年齢)指定ではあるものの生首がはっきり映るシーンもあるため、小さなお子さん向けの内容とは言い難いことにはご注意いただきたい。劇中の歴史上の人物を少し知っている中学生以上であれば、存分に楽しめるだろう。
また、後述する通り黒沢清監督らしい「影と闇」の画づくりがとてもスクリーン映えするので、作品により没入できる映画館でこそ、その真価がわかるだろう。内容に触れつつ、鑑賞前に知っておくとさらに楽しめる魅力を紹介しよう。
※以下、映画『黒牢城』の決定的なネタバレは避けつつ、展開の一部に触れています。
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黒田官兵衛の「安楽椅子探偵」役に大納得できる理由

本作でまずユニークなのは、戦国時代で屈指の軍略家である黒田官兵衛を「安楽椅子探偵」にしたことだ。
黒田官兵衛は、織田信長に反旗を翻した武将・荒木村重を説得するために城へ赴くが、官兵衛は村重に幽閉されたことで織田に「官兵衛は織田を裏切って村重側に付いたのではないか」と疑われた、という史実がある。一方でフィクションとなるのは、城内で次々と不可解な事件が起こり、そのつど荒木村重がその謎を解こうと奔走し、あるいは官兵衛に真相の解明を依頼することだ。
実際に物理的に牢屋に閉じ込められて、それでいて「天才軍師」「知恵者」としても知られる黒田官兵衛に、「現場に向かわない」「別の者の調査で集めた情報だけで推理する」特徴を持つ安楽椅子探偵の役を担わせることが、史実とフィクションの見事な融合、というわけだ。
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また、安楽椅子探偵は自身の推理を全て話すのではなく、助手や別の探偵に「ヒント」を与えるにとどまる、ということもままある。劇中の黒田官兵衛が村重に、とある「歌」を読むというのも、わかりやすい安楽椅子探偵としての姿だろう。
4つの事件が展開し、真相にも有機的に絡んでいる

さらに、劇中では春夏秋冬の季節それぞれで4つの事件が起こる。しかも、完全に区切られたオムニバスの形式で展開するというわけでもなく、事件それぞれがある真相に有機的につながっており、前の事件に遺された謎が後で解き明かされることもある。
そのため「あれ? あの謎は結局解かれていないままじゃない?」などと不安になるかもしれないが、それもまた伏線として楽しめばいいだろう。1つの事件で全てを引っ張るわけではないので観ていてダレにくく、しかも一気に観る映画としてのダイナミズムもある、というのも本作の長所だ。
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しかも、事件それぞれが以下のようにバリエーションが豊かでもあり、事件のトリック、はたまた犯人の思惑は、戦国時代ならではの状況や価値観に絡んでいたりもする。それこそが時代劇とミステリーの両方を味わい尽くせる理由なのだ。特にミステリー好きは、それぞれの事件のあらましから(不謹慎ではあるが)ワクワクしてほしい。

「冬:厳重な警備に置かれたはずの人質の少年が、矢に射抜かれて命を落とす」
「春:討ち取ったはずの敵の大将の首が、別の大将の首にすげ替えられていた」
「夏:密使(スパイ)の僧侶が殺害され、城が建つほどの値打ちのある茶壺が消えた」
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「秋:裏切り者が突如として死亡し、それが“天罰”だと噂される」
黒沢監督「村重はなぜ事件を解明しようとするのか。それが最大のミステリー」

最後に、黒沢清監督と米澤穂信の組み合わせについて触れずにはいられない。「底知れない」恐怖を伴う人間心理を描いてきた米澤穂信と『CURE』や『クリーピー 偽りの隣人』などで人間の不条理さや深淵を映像化してきた黒沢清監督。この二人の作家性は抜群の相性だったのではないか。
黒沢清監督は視覚的に見える形で「影」を描くことが実に上手く、時代劇ならではの建築や風景を、さらに美しく魅せている。同時に、画面のどこかに映る影は、そのままキャラクターそれぞれの(特に犯人の)「心の闇」を示しているようにも見える。特に、クライマックスの長回しでは、戦国時代ならではの「場所」も活かされた「影と闇」の演出の妙を味わい尽くせるだろう。
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また、黒沢清監督は脚本も担当するにあたって、ボリュームのある原作の大枠はそのままに、ただ事件を解いていくだけでなく、村重が「なぜ事件を解明していくのか/解明しなくてはいけないのか」を軸にしたという。その理由は「村重も官兵衛も、探偵でも刑事でもなく、謎解きが趣味でも仕事でもありません。それなのになぜ村重は事件を解明しようとするのか。それが最大のミステリー」と思ったことだったそうだ。
前述したように、劇中の事件のトリックや謎の解明はあくまで「過程」にあるもので、真相で人間の心を深く鋭く描くことが『黒牢城』の面白さであり、原作者である米澤穂信の作家性なので、「村重が謎を解く理由」を重視し、それでいて「事件の謎解きとバランスを取りながら、村重が何に悩みどう乗り越えていくのかを丁寧に描いた」とも語っている黒沢清監督は、原作に対して完璧とも言えるアプローチをしたのではないか。
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なお、映画でのエピローグは、美しい画と史実を記したテロップが示されていながらも、「想像もさせる」余地を残すものになっている。原作小説では、さらに事細かに「どうなったのか」が記されているので、映画の後に読んでみるのもいいだろう。ともかく、「手に汗握る戦国系心理ミステリー超大作!」という通りのエンタメ性はもとより、人間の業と心の深淵に迫るような奥深さも期待してほしい。
文=ヒナタカ
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