
講談社のパーパス〈Inspire Impossible Stories〉を映像で形にする目的で立ち上げたブランデッドフィルム。一昨年にコンテストのコンペが行われ、148企画の中から香取徹監督の『LIGHT HOLE』が見事受賞をはたした。完成した映像は今年3月に公開され、講談社を代表するIPを紙だけで表現したストップモーションアニメが大きな話題に。そこで制作に携わった4名にお集まりいただき、完成までの経緯やそのこだわりをうかがった。
『LIGHT HOLE』は〈Inspire Impossible Stories〉を具現化した映像
──最初に、皆さんがこの『LIGHT HOLE』にどのように携わったかをお聞かせいただけますか。
岸 勇喜(以下、岸):私は今、コーポレート企画部という部署に所属しており、そこでは講談社全体のブランドイメージをより明確にし、海外に向けてその認知度を高めていくというミッションを担っています。講談社には、“作り手と読み手に新たな発見を提供し、見たこともない物語を生み出す”というブランドパーパス〈Inspire Impossible Stories〉があるのですが、それを体現させる企画として、今回「講談社ブランデッドフィルムコンテスト」を立ち上げ、約150本の応募作の中からコンペで選ばれたのが、香取徹監督の『LIGHT HOLE』になります。
続きを読む
永盛拓也(以下、永盛):私がいる講談社クリエイターズラボは、その名の通り、「出版社=本」という概念にとらわれず、これまで培ってきた漫画や書籍編集の編集の経験や知見を使って、幅広いジャンルのクリエイターさんたちとともに新たなゲームや映像作品などを生み出してきました。そうしたなか、コーポレート企画部と一緒に何か作れないかという流れになり、私はプロデューサーの立場でブランデッドフィルムに携わることになりました。その後、香取監督の作品がコンペで選ばれ、実際に映像を作るにあたって制作チームに加わっていただいたのが映像制作会社GEEK PICTURES(ギークピクチュアズ)の大竹さんと内海さんになります。
大竹 聡(以下、大竹):実は香取さんとは以前から知り合いでして。我々が参加したのは、監督から「ブランデッドフィルムのコンペを手伝ってもらえませんか」と直接お声掛けいただいたのがきっかけでした。ですから、正確には受賞の少し前からの参加になります。
──香取さんの『LIGHT HOLE』はどういった点が高く評価されたのでしょう?
永盛:一番大きかったのは、講談社の代表的なIP(作品)を使い、それらを紙で表現するというアイデア。そこに魅力と面白さを感じました。講談社は110年以上にわたって紙の出版物を大事にしてきた会社ですので、会社の理念とも一致したんです。また、それをシンプルなアニメーションではなく、実際に紙で造形物を作り、ストップモーションアニメで見せるというところにも強く惹かれました。
続きを読む
岸:コンペ作品を見たときから、未知の世界という感じがして、ワクワクしましたよね(笑)。
永盛:本当に。というのも、これは講談社の気質なのかもしれませんが、私たちはいつも作家さんが生み出すものを何よりも大事にしているんですね。例えば、漫画の担当編集者として作家さんに意見をお伝えすることはありますが、その通りに描いてもらいたいとは全く思っていないんです。むしろ、私たちの意見を圧倒的に超えるような、想像もつかないものを生み出してほしい。コンペで見た香取さんの作品には、その可能性を強く感じたというのもあります。
大竹:確かに、今回講談社さんと一緒にお仕事をさせていただいて感じたのは、映像の力をすごく信じてくれている方たちだなということでした。作り手のことを非常にリスペクトしてくださっていますし、制作に入る前のディスカッションにも1ヵ月以上もの時間をかけてアイデアを出し合う機会を作ってくださったりして。
内海 和(以下、内海):それに、監督や私たちの想いを尊重してくださっているのを強く感じました。面白そうなアイデアが出ると、「いいですね、それもやりましょう!」とすぐに前向きに検討してくださって。そうした環境を作ってもらえると、自由にいろんな意見を言えますし、100%の力を発揮することにもつながっていく。クリエイターにとってものすごく幸せな現場でした。
続きを読む


登場するIPの数は100以上。紙の造形物には細部にこだわりを
──先ほどのお話にもあったように『LIGHT HOLE』には講談社を代表するIPがたくさん登場します。その数は100以上だそうですが、権利関係などクリアしなければいけない壁がたくさんあったのではないでしょうか。
岸:それは社内の人間からもよく聞かれたのですが(笑)、揉めるようなことは一切ありませんでした。もちろん、紙でフィギュアを作っていく過程で修正が入ることは多少ありましたが、権利関係についてはほとんどの先生方も快諾してくださいました。
永盛:きっと内容が非常にクリエイティブなものだったというのも大きかったんだと思います。皆さんも同じように作品を生み出されている方たちですので、とても協力的で。森川ジョージ先生にいたっては、前のめりで参加してくださいましたから(笑)。
大竹:ご本人に登場していただいてますからね。先生の仕事場で撮影をさせてもらったのですが、僕としては子どものころから先生の作品に触れていたこともあって大興奮でした。途中段階の『LIGHT HOLE』をお見せしたときも、「えっ、これCGじゃなく、全部手作業なの!?」って、ものすごく興味を持たれていましたね。
岸:また、映像の序盤から『AKIRA』(大友克洋/講談社)のバイクが登場するのですが、真っ先に大友先生から作品使用の許可をいただけたのも大きかったです。それはやはり、先ほど永盛がお伝えしたように、『LIGHT HOLE』は“物語”が主役になっているからというのがあると思います。IPを使った広告のような映像ではなく、まずしっかりとした物語が縦筋としてあり、その世界観を構築するアイテムとしてIPが機能している。そこを、どの先生方も最初から理解してくださっていたことが、今回の成功につながったように思います。
続きを読む


──紙でできた造形物も、細かく見るとたくさんのこだわりがちりばめられていることに気づきます。『AKIRA』のバイクでいえば、タイヤの表面部分に〈ドドドドドド〉という原作の漫画で使われていたオノマトペが貼られていたり。
大竹:そこはもう、アニメーションディレクターの大石拓郎さんと内海さんの賜物です。本当に細部までこだわってましたよね。超大型巨人(『進撃の巨人』諫山創/講談社)の胸の辺りに〈心臓を捧げよ!!〉のセリフのコマが使われていたり。
内海:紙でフィギュアを作る際、その作品の名シーンや名ゼリフを目立つ場所に置きたいという思いが最初からありましたので、まずは該当するシーンが作品のどのページに載っているのかを探すところから始めました。作品の数が膨大だっただけに、ちょっと大変でしたけど(苦笑)。
大竹:特に芸が細かいなと思ったのが、青い鳥文庫の本が並んでいる場所に4羽の鳥たちがいて、バイクが通り過ぎるタイミングで一斉に飛び立つところ。ほかにも、見るたびにいろんな発見がある映像になったなと思います。
内海:青い鳥に関しては裏話があり、最初は3羽だったんです。でも、一緒に手伝ってくれていたスタッフにものすごく本が好きな子がいて、あるとき、「青い鳥文庫の表紙にいる鳥って、実は全部で4羽なんですよね」って話してくれたんですね。それを聞いて表紙を確認してみたら、確かに四隅に1羽ずついて。その瞬間、「……あ〜、あともう1羽かぁ」と、ちょっとだけ気が遠くなったのですが(笑)、これは見逃すわけにはいかないと思い、お願いをして4羽に増やしていただきました。
続きを読む
岸:青い鳥文庫をどこかに出してほしいというのは、こちらからのリクエストでしたよね。でも、制作途中の映像を拝見したときにはすでに4羽になっていたので、そんなご苦労があったとは知りませんでした(笑)。

互いの“想像を超えた”クリエイティブな現場
──『進撃の巨人』や青い鳥文庫についての話題が出ましたが、そのほかに印象的だったシーンや注目してもらいたい場面はありますか?
岸:僕はやはり『AKIRA』のバイクに乗った女の子とエレンが超大型巨人に向かっていくシーンですね。エレンの同じような描写が原作にもあり、それを再現していただいているのですが、実際の映像にすると漫画とはまた違った迫力があり、衝撃的でした。
永盛:僕は『頭文字D』(しげの秀一/講談社)のクルマがドリフトする場面と、その後にバイクが走り去った風圧で『攻殻機動隊』(士郎正宗/講談社)の漫画のページがめくれるところです。本の中から突然フチコマが出てくる描写に驚きました。「これはどう見てもCGでしょ?」と、ずっと疑ってましたから(笑)。
大竹・内海:ありがとうございます!
内海:すごく細かい美術の話で恐縮ですが、ドリフトの場面の背景に建物が映っていて、その庇がハードカバーの本の表紙でできているんです。それ以外にもビルの柱が背表紙だったりと、ありとあらゆるセットが講談社さんの本を使って作られているので、そうした一瞬しか映らない場面にもぜひ注目していただきたいです。
続きを読む
永盛:そういえば、ドリフトやフチコマのシーンって、結構早い段階で出来上がっていましたよね。あの映像を見せていただいたとき、まさしく“僕たちの想像を超えてきた”と思いました。
大竹:すごく嬉しいです。永盛さんが「CGにしか見えない」と言ってくださったこともこれ以上ない幸せなんですが、ただ、それって裏を返せば、技術力が高すぎるとCGに見えてしまうということでもあるんですよね。
岸:なるほど。確かに、すべてが本物の紙で作られているということが伝わらないといけませんもんね。
大竹:そうなんです。ですから、実際に人間の手で一つひとつ作っているんだとわかってもらうために、追加でメイキング映像も作らせてもらったんです。
永盛:実はその提案にも驚きがありました。というのも、こうした手間のかかる仕事って、「これ以上は時間的に難しいので、少し工数を減らせませんか?」と言われることが多いんです。でも、香取さんやGEEKの皆さんは、自分たちのほうから増やす提案をしてくる(笑)。それだけ本気で取り組んでくださっているんだなと感じて、すごく嬉しかったのを覚えています。
大竹:こちらこそ、たくさんわがままを聞いていただき、ありがとうございました。僕がぜひ見ていただきたいシーンは、講談社の社員の方々が登場するところですね。完成した映像を見て、“皆さんがいるおかげで、我々読者と作家の先生方がつながっているんだ”ということを、あらためて実感したんです。それに、社員の皆さんにご登場いただくというのは僕たちから提案させてもらったアイデアでしたが、実はどういう表現方法にすればいいか悩んでいたんです。ストップモーションアニメの世界って、そこに突然実写の映像が入ってくると、どうしても違和感が生まれてしまう。でも、それを皆さんのお力でとても自然な流れにしてくださって。そこは逆に、僕の想像を超えたと感じたところでした。
続きを読む
紙の本には持ち主の思い出や足跡が詰まっている
──出版社として映像作品を制作した今、あらためて紙の本の良さを感じたり、魅力を再発見したりしたところはありますか?
岸:たくさんあります。例えば、これまでブランデッドフィルムで映像を作る際、あえて紙を起点にして考えていくことを避けていたところがあるんです。あまりにも直接的すぎる感じがして。でも、今回の『LIGHT HOLE』のように、本来は紙だったものがキャラクターや建物といった新しい形に変化していく様子は、まさしく講談社のブランドパーパス〈Inspire Impossible Stories〉そのものだなと感じました。それに、本を積み木のように並べて街を作ったりする遊びって、きっと誰もが子どものころに一度は経験していると思うんですね。映像を見て、そうした本の原体験のようなものを思い出すきっかけにもなりました。
永盛:すごくわかります。僕は電子書籍をあまり買わず、今でも紙派なんです。その理由を考えてみたら、自分がこれまで読んできた本が本棚に並んでいるのを見て、そこに自分が生きてきた足跡を感じるからなんです。何気なく目に留まった背表紙を見て、“これは20歳のときに読んだ本だな”と、当時の記憶が甦ったりする。今回の『LIGHT HOLE』にも、そうした郷愁が詰まっているのかなと感じますね。
続きを読む
大竹:僕は逆で、今は完全に電子書籍ばかりなんです。でも、おふたりがおっしゃるように、紙の本からは懐かしさを感じやすいというのはすごくわかります。それに、紙だと読んでいる本の残りのページが少なくなっていくにつれて、“あぁ、もうすぐ終わってしまう……”という気持ちになる。そこは今回の撮影で、実際に本を手にしながら久々に甦ってきた感覚でした。
内海:今の皆さんのお話を聞いていて思い出したのですが、『LIGHT HOLE』の冒頭に出てくる女の子がいる場所は、おばあちゃんの家という設定なんです。父親が子どものころに使っていた部屋で、棚や床には祖母と父親の料理本や漫画がいっぱいある。ただ、最初に撮影用に用意していた本だけでは足りなくなってしまい、急遽GEEKの社員に連絡して私物を持ってきてもらったんですね。映像に映っている『進撃の巨人』の全巻や『ブルーピリオド』(山口つばさ/講談社)がまさにそうなのですが、撮影をしながら、ここにある本にはいろんな人たちの思い出が詰まっているんだなと感じて。本に対する郷愁であったり、そうした大事な紙の本たちをいつまでも手元に置いておきたいという気持ちがすごくわかる気がしました。

──ブランデッドフィルム自体は、今後どのような展開を考えているのでしょう?
岸:定期的にコンテストを開催しているわけではないので、またタイミングが生まれればいつかという感じです。それよりも、まずはこの『LIGHT HOLE』が完成したばかりですので、2025年に公開した第2弾の『Story Tree』と併せて、もっと世に広めていきたいなと考えています。
続きを読む
永盛:日本の「ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」を含め、海外の映画祭にも出品していきたいですね。また、今回の映像を見たほかの部署からも「何か一緒にできませんか?」と声をかけてもらうことが増えまして。
岸:社内だけじゃなく、ストップモーションアニメを展開しているクリエイティブエージェンシーからもたくさん連絡をいただいています。そうやって、映像制作会社をはじめ、いろんなジャンルの企業とつながりを作れていることも大きいですね。
永盛:ですから、我々としても今以上にさまざまな出会いや経験を積み重ねていきながら、さらなる可能性を広げていきたいなと思っています。

取材・文=倉田モトキ
写真:川口宗道
記事一覧に戻る