
占星術研究家として第一線を走り続ける鏡リュウジさんと、気鋭の臨床心理士・東畑開人さん。一見すると「混ぜるな危険」とも思える占いと心理学。その両者の専門家であるおふたりによる異色の対談本『昼間のスターゲイザー 占いと心理学の対話』が刊行されました。
アプローチは異なれど、人間の無意識や心の深層を見つめ続けてきたふたり。対談では、占いの具体的な技術から、過剰に「信じる」ことが求められがちな現代社会における「心の遊び」の重要性まで、縦横無尽に語り合っていただきました。
正反対の立場にいるようでいて、実は同じ夜空を見上げているふたり。知性とユーモアに満ちた対話の舞台裏に迫ります。

――本作を読んで、まず、東畑さんが鏡さんのことを「東京のお兄さん」と慕っていらっしゃることに、驚いた方も多いのでは。
鏡リュウジ(以下、鏡) そうみたいですね。長年、付き合いのある構成作家さんで、東畑さんの著作を全部読んでいるという方にまで「意外」と言われたことが、僕にとっては意外でした。どうやら、鏡リュウジというキャラクターをどこで知ったかによって、僕に対する印象がまるで違うのだということに、改めて気づきました。一応、年に一冊はおかたい本も刊行しているんだけれど、女性誌のイメージが強いと、どうしても学術的な印象から遠ざかるらしい。
東畑開人(以下、東畑) 40年以上、そのイメージを背負ってこられたんですね。僕が鏡さんを初めて知ったのは、ユング派の分析家ジェイムズ・ヒルマンの『魂のコード』を翻訳した方として。占いの印象は、あとから出会ったんです。若いころから、アカデミックな方という印象を抱いてきたし、実際にお会いしたら想像以上に博識で、いろんなことを教えていただいて、お話しするのが楽しくて仕方がない。
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鏡 初めてお会いしたのは、本にも書いたとおり2015年。東畑さんの著書『野の医者は笑う 心の治療とは何か?』(誠信書房)について感想をX(旧Twitter)につぶやいたら、インタビューさせてほしいとDMをいただいたのがきっかけです。とても嬉しかったんだけど、実は、怖い人が来たらどうしようと内心、ドキドキしていた。だから、ホテルのラウンジとかではなく、新宿のミロードにある喫茶店を指定したんです。
東畑 すぐに逃げられるように(笑)。
鏡 あのころは、人も少なくて穴場スポットだったんですよね。でも、お会いしたら予想外に爽やかな好青年で、僕のほうこそ、お話しするのが楽しくて。それからずっと、ご縁が続いていますね。
東畑 これも本で話したことですが、占いと心理学は「混ぜるな危険」の分野であり、大きな差異があります。だけど、混ぜるのではなく比較しながらお話をしていくと、僕と鏡さんが同じ方向を見ていることがわかる。それがタイトル『昼間のスターゲイザー』の由来でもあります。真昼に星を見ることはできないけれど、宇宙では夜と変わらず瞬いている。その瞬きを見つけようとする人なのだと、SEKAI NO OWARI『スターゲイザー』を聴いているときに、ふと思い浮かんだ。
鏡 連載が終わるころ、柳田國男もまた、子どものころに昼間の星を見た経験を書き残しているということを知ったんですよ(「幻覚の実験」柳田國男)。折口信夫ならそういうこともあろうと思うけれど、合理主義でお役人でもあった柳田がそうした神秘的な経験をしたことで民俗学に向かっていくモチベーションを得たのだ、と思ったら、ひどく心を揺さぶられたんですよね。Xに投稿したら、東畑さんも「柳田國男も昼間のスターゲイザーであったのか!」と反応してくださいましたが、ただの比喩ではなく、実際にそういうことがあったのか、と。
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東畑 ただやっぱり、僕と鏡さんとでは、アプローチが異なるんですよね。僕の仕事は、人間しかいない世界で徹底的に物事を考えなくちゃいけない。人間の外側にあるもの……たとえばあの世や霊や神なんてものは、とりあえず「ない」ことにしておかなくちゃいけない。すごく淋しい世界を生きているんです。
鏡 淋しいですか?
東畑 というよりも、鏡さんが生きている世界は「淋しくないんだな」と思いました。人間以外のものにも開かれているから、世界があらゆる場面で微笑みかけてくれる気がする。臨床の現場ではもちろん「大いなるもの」を感じるクライアントさんもいらっしゃいますが、僕自身は一切、その存在を想定していないので。
鏡 確かに、お話を聞きながら、カウンセラーという職業は、かなり禁欲的に、注意深くクライアントに向き合わなくてはいけないものなのだ、と感じました。直接的に励ましてはいけない、というお話もありましたよね。占いでも、「こっちの方角へ行け」とか「こうしたほうがいい」という物言いは避けるべきだと僕は思っているけれど、ニュアンスとして、そう受け取られるようなことを言っているときはあるから。ただ、「大いなるもの」というのは「無意識」の言いかえであると僕は考えていて。その無意識をどう見つめるか、ということにおいては、東畑さんの仕事も同じではあるんですよね。
東畑 そう。たとえば鏡さんが「星のめぐりが訪れている」と言うところを、僕たちは「心の深いところで何かが動き出した」という言い方をする。やっぱり、鏡さんたちのほうが、外側の世界を見つめているんですよ。僕たちは、あくまで内側。自分のなかにあるものを見続けなくちゃいけない。そうなると、責任も自分自身に見出さなくてはならなくなるので、ちょっとしんどいんですよね。それが「淋しい」ということに重なるのかも。
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――その違いゆえ、なのでしょうか。東畑さんが、占いにおいて「好きな人の気持ちを知りたい」という感覚がまったく理解できない、というくだりは、読んでいておもしろかったです。
鏡 あれはおもしろかったですね。「あの人の本当の気持ち」と「復活愛」は、占いにおいて、いつの世も変わらぬ鉄板のテーマなのですが。
東畑 相手の気持ちは、相手の内側をたずねる作業なのだから、そんなのは「本人に聞けばいいじゃん」って思っちゃうんですよね。そんなことしても意味ないじゃん、って(笑)。
鏡 聞けばいいだけの話、だけど聞けないから、占いを頼るんですよ(笑)。
東畑 本のなかでも、一度だけ、横浜の中華街で占ってもらった経験を語りましたが、僕は基本的に占いを信じていないんですよ。信じる人がいてもいいし、占いの話を聞くのはめちゃくちゃ楽しい。だけど、自分では信じきれない。
鏡 それをいうと、僕も昔、「鏡は占いを信じていない」「商売だけでやっている二枚舌だ」とネットでさんざん叩かれました。
東畑 この本では、最初に「占いとは何か」を共有するところから始めていますが、そのときも鏡さんはなぜこんなにたくさんの占いがあるのかという話で、「占いはどれも当たらないから」とおっしゃっていました(笑)あれは、おもしろかったな。
鏡 同業者には怒られてしまいますけど、やるたびに毎回新しい風景が上がってくるのが占いの特徴であり、その一回性こそが、占いの本質だと思うんです。僕自身、占いを信じているのかどうかとよく聞かれるけれど、「信じることを自分で決断できるか」が命題であると思うんです。簡単に「信じる」と言えたら、たぶんそれは心底で信じていないということになる。
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東畑 この本を読んでもらえばわかりますが、鏡さんの魅力は「表で当たらないと言いながら、裏ではめちゃくちゃ真剣に占いのことを考えている」という、一般的な二枚舌とは逆であるところにある。どっちが表でどっちが裏なのか、たぶん鏡さん自身も、わかっていない。それもまた、占いの本質なのかなという気がします。
鏡 「信じる」というのは、心の自律的な動きでしかないんですよ。おのずから出てくる感情に勇気をもらう、ある意味で自生的な行為でもある。だから、僕たちには、占いで出た結果を受け取った人が「信じる」ことを待つしかできないんです。それなのに「占いは当たりますよ」「こんなことが起こりますよ」と効果を謳うのは、僕にとっては黒魔術の領域に入ってしまうんですよね。操作性が強すぎる。つまり、相手を支配しようとする行為。
東畑 確かに。
鏡 占いによって何もかもコントロールできる、と思い込んでしまうことが一番よくないし、降り注ぐものはすべて宇宙に願ったことの対価、なんてすべてを委ねてしまうのは行き過ぎですよね。それは、そんなことないだろう、と言わざるをえません。

東畑 対談の休憩中に、鏡さんがタロットカードを1枚引いたことがあったじゃないですか。そうしたら「金貨の2」という、陽気な若者が2枚の金貨でジャグリングしているような絵柄が出た。そこから鏡さんは「確かに僕たちの対話はジャグリングみたいなもので、楽しいけどちょっと疲れる」みたいな気持ちを導いてくれるんですよね。ジャグリングという比喩によって、現実を彩る。ただの疲弊で終わらせず、解像度の高い現実に押し上げてくれる。「見えないものを見る」というのはそういうことなんだな、と思いました。
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鏡 要するに、言いかえですよね。体験を修飾することで、見え方が変わる。見え方が変われば、意味も変わる。それが占いなのだということも、この本を通じて、改めて気づきました。
東畑 それは「物語を書き換える」というのとは違う、というのも、この本で話した大事なことの一つですね。生きてきて折り合いのつかないぐちゃぐちゃとした感情や、背負ってきたトラウマの重さに対し、物語を書き換えることによって乗り越えよう、という考え方がありますけど、物語というのはものすごく重たいもので、簡単に書き換えることなんてできないんです。ただ、物語を書き換えて生き方を変えてやろうと思うと元気が出るときも、ときにはある。もちろん、そのまま生きやすくなる人もいるので、それはそれでいいのかもしれないけど、僕はどうしてもいずれくるかもしれない反動を警戒してしまいます。
鏡 物語を書き換えることができる、と思い込むのもまた、僕は黒魔術の一種である気がしてしまいます。操作的すぎるんですよね。僕たちにできるのは、運命と呼ばれる心のダイナミズムを乗りこなし、こうあるべきと信じられている宿命と交渉することで、ほんの少し、今よりも良い方向へ導いていくことだけ。
東畑 弱い宿命論、ですね。天体の配置によってすべてが決定される、強い宿命論と鏡さんは別の立場である、というのもまた、お話ししていて興味深いことでした。人間のもつ、勇気の力が宿命を変えていくのだという。基本的には「できない」ことばかりなんだけど、それでもどうにか、向き合い続けることで「揺らすことができるはずだ」というまなざしが、僕と鏡さんは通じているように感じました。ただ、繰り返しになりますが、アプローチがまるで異なるので、僕は第二章で語っていただいた「占いの技術」についてのお話が一番おもしろかったです。
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鏡 逆に僕は、実は一番「これ、読んでおもしろいものかな?」と半信半疑だったんだけど(笑)。
東畑 まあ、普段、当たり前のようにやっていらっしゃることですからね。この本では、章ごとに僕が鏡さんからご教示いただいた課題図書を読んで臨んでいるんですけど、そのなかに、タロットカードは理論上、1万回切らないとランダムにならないというのがあって。
――『鏡リュウジの実践タロット・メソッド タロット技法事典』(朝日新聞出版)で千田歌秋さんが書かれていたことですね。
東畑 鏡さんいわく、かつて行われていたトランプ占いの秘法では、3時間かけて1万回カードを切っていたことがあったと。まあ、これに関しては本当かどうかわからないみたいですけど、占いという、一種の夢のような世界に入り込んでいくための仕掛けが、いろんな場所で施されているんだな、と具体的に知ることができたのが、おもしろかったです。相手を「その気にさせる」という意味では、営業の仕事をしている方たちにも、勉強になるんじゃないでしょうか。
鏡 僕自身は対面占いをしていないので、同業の占い師さんたちがやっていることも含めてご紹介するかたちになりましたけど、普段は意識していないことを言語化することで、僕自身も改めて腑に落ちていく感覚はありました。逆に、臨床の現場には、知識や実践の蓄積はあっても、汎用性のある技術があまりない、というお話は興味深かったですね。
――患者が過去に抱いた感情を治療者に投影してしまう、たとえば疑似的な恋愛感情を治療者に抱いてしまうことを「転移」という現象として共有することはできても、転移に対してどう反応すればいいかの技術は、ケースバイケースで一本化できない、というお話がありました。
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東畑 投影同一化という現象もあって、たとえばクライアントが僕のことを「お母さんのようだ」と感じていると、だんだん僕も無意識にお母さん役をつとめるようになることがある、というお話もしましたが、それを聞いた鏡さんが「マジカルな現象」とおっしゃっているのは印象的でしたね。きっと鏡さんもそうだったと思うのですが、自分にとっては当たり前のことも、他人から見たら摩訶不思議な技術のように見える、ということはあるんだな、と。お話ししながら、僕自身の仕事がどういうものなのか、改めて気づかされたのもおもしろかったです。
――技術の章では「戸締まり」という言葉が使われていたのも印象的でした。東畑さんのおっしゃるように、占いというのは「その気になる」ものだからこそ、心の扉が開きやすい。現実と空想の境目をきっちり引くためにも、最後は戸締まりをしなくてはならない。そのためにも時間制限などは有効なのだと。
鏡 心の扉をあけっぱなしだと、やっぱりちょっと、日常に差し障りますよね。僕の先生が「just astrology!(ジャスト・アストロロジー)」と言っていたことを紹介しましたが、ただの占星術である、という意識をもつことは、占う側にも占われる側にも必要なんじゃないかと思います。
東畑 四章目の「良い占い、悪い占い」でも話しましたけど、遊ぶことが大事だと思うんです。この対談自体も遊びみたいなものだったし、おみくじをひくのだって、信じる以前に遊んでいるんですよ。本気で遊んでいるから、一喜一憂する。だけど「just astrology!」であることを忘れてしまったら、のめりこんで、夢から醒めなくなってしまう。たとえば深夜の電話占いに、延々と課金して、眠れずに朝を迎えてしまうように。
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鏡 まさに、遊びだから真剣になれるんですよね。遊びという言葉を使うと、怒る同業者もいるんだけれど、お金のためだけと割り切れるような仕事に、そこまでのめりこむことはできない。占いは学問でも統計学でもない。だからこそ、損得を忘れて真剣に向き合えるのだと僕は思います。
東畑 今って、強く「信じる」時代になってきていると感じるんですよ。人と人とのつながりが希薄になり、孤独を感じる人が多いから、何かに包まれたくて、何かを強烈に信じるようになる。その状態が続くということは、孤独が解消されていないということでもあるから、僕自身は「信じちゃだめ」とは言わない。むしろ、必要なことだとも思う。だけど、何かを信じすぎないために、心に遊びを生むために必要なことが、この本には書かれているような気がしますね。
――箱庭療法の創始者のドラ・カルフも、最初は「なんか子どもと遊ぶのが異常にうまいやつがいるぞ」と噂されていた中年女性、というお話が本のなかにもありました。文化が発展するには、トワイライト(昼と夜の境目)のようなものが必要なんだとおっしゃっていたのも、印象的です。
鏡 たぶん、多くの人は日常でやっていると思うんですよ。一粒万倍日に財布が売れる昨今の風潮に、ハイブランドも乗っかっているのがめちゃくちゃ興味深いなと思っているんですけど、たとえ財布を新調して儲からなかったからって、ブランドを訴える人はいないじゃないですか。信じている、けれど、信じていない。そのトワイライトに身をおくことで、人は自分の心を守ってもいるんじゃないかという気がします。だから、まじめになりすぎたコンプライアンス社会で、占いは許されなくなってしまうんじゃないでしょうか。
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東畑 確かに。文化のメインストリームではない、だけど生きていくうえでは必要な遊びが、僕たちには必要なんだなと思いますね。それが、もしかしたらこの本で、一番重要なメッセージかもしれない。
鏡 だから、読者の方にも、まじめに受け取りすぎないでほしいですね。
東畑 そうですね。僕は、暇な人にこそ読んでほしい。これを読んだら少なくとも、午後が楽しく過ごせるから。あと、みなさんの知らない鏡リュウジという人の姿が浮かびあがってくるはずなので、それも楽しんでいただきたいな。鏡さんがメレンゲ佐藤という名前を使っていたことがあるとか、『オリーブ』では魔女ニムエ、『週刊アサヒ芸能』では霊感ママとして連載してたとか、おもしろすぎます。
鏡 資料が残っていないから、校閲で「エビデンスがない」とチェックが入ったやつね(笑)。魔女ニムエは荒井良二さんの挿絵で連載していた事実確認がとれたそうですが、霊感ママははっきり覚えているし、メレンゲ佐藤も一回くらい使った記憶が……。
東畑 ほかにも、魔法学校の通信教育を受けていた話とか。僕はこの対談を機に真剣に占いを勉強してみようという目論見だったけど、占いの始まりに肝臓占いがあったとか、鏡さんがネクロマンシーをやった体験から始まる死の話とか、俗っぽかったり、スピっぽかったり、哲学的、政治的だったり、いろんな方向にお話がふくらんで、果ては恋の話までしているんですから、読んでおもしろくないわけがないと思うんです。
鏡 占いというと、女性が興味をもつイメージだと思いますが、きっと男性にも楽しんでいただけるトピックが満載だと思うので。ぜひ多くの人に読んでいただきたいですね。

取材・文=立花もも
写真:種子貴之
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