
サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出・「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が交互に綴っていく。第40回はやまぎわ回。
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第40回(やまぎわ)「では芸人はどうあるべきか ~相方がノンポリ化を語るなら~」
お疲れさまです。先々週に相方が書いたコラム「第39回『思想強い』って何?~お笑いのノンポリ化について~」が、過去いちばんの反響をいただきました。
おかげさまでこのコラム執筆に向かう今、使っていない変なところの筋肉が緊張し、席を立っては座りを繰り返し、絶賛締め切りも超過してしまっています。KADOKAWAさん、本当に申し訳ございません。
僕は相方のように、構造に対してこうあるべきというほどの意気地が無く、今回はあくまで自分の話、自分の身体性を宿らせることのできる範囲の話をしたいと思います。
話したいのは、僕があのコラムを読んでからの感情の動きと、「では芸人は結局どうあるべきか」という職業的アイデンティティについてです。
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正直、あのコラムを読んだあと、僕は苦笑いをしていました。少し怒りにも似た、「はい??」という気持ちになりました。
なんというか、自分の「芸人」という居場所が脅かされたような感覚を受けました。
改めて野尻コラムの論旨をまとめると、
「日本のお笑い界は『ウケ至上主義』と『空気を読む文化』によって政治性や批評性を失い、現状維持を支える存在になってしまった。芸人はもっと社会や業界の不条理に向き合い、笑いを通じて批評を行うべきだ」
ということのようです。
主観が入らないようAIに要約してもらいましたが、概ね整合していると思います。
コラムを読んだ後の感情は非常に複雑で、もしかすると社会や業界の不条理に対して何らかの態度を明示してこなかった自分への背徳感があったのかもしれません。
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ただ、やっぱり近いのは、自分の「芸人」というアイデンティティが脅かされたという感覚だと思います。
「本当に芸人は笑いを通じて批評を行うべきなのか?」
この感覚は胸にしこりとして残りました。本当にただ頭空っぽにしてお笑いをするだけではダメなのでしょうか?
自分のこの感情の正体は何なのか、言葉を社会に向けて発信している立場としての芸人のあるべき姿をどう考えればよいのか。
自分1人では堂々巡りとなり、大学の落研時代の友人たちとコラムについて話したりもしました。3時間を超える通話の中で、僕は一冊の本を薦められました。
土門 蘭さんの『ほんとうのことを書く練習』(ダイヤモンド社 刊)という本です。文筆家として活動する筆者が文章を書く際に大切にしていることが、筆者自身の言葉で綴られています。
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この本の中には、芸人としての職業的アイデンティティを見つけるためのヒントがありました。
この本の中で筆者は、人にどう見られるかという「自意識」ではなく、自分自身が世界に触れて得た実感から言葉を書くことの大切さを語っています。
徹底した自己との対話から生まれた言葉から表現が始まり、そんな表現に触れるからこそ、「人は『こんなに自由でいいんだ』『私もありのままの自分でいていいのかもしれない』と励まされる。それが表現の力だと思う。」(P.37)と筆者は述べます。
芸人にも通じる話だと思いました。
笑いの大きな源泉の一つは共感です。芸人がこの世でまだ発掘されていなかったあるあるや価値観を表現し、それを聞いた人が「分かる」と感じる。
その瞬間に、人は笑うだけではなく、他者とのつながりや「自分の居場所がそこにある」という根源的な嬉しさを得るのだと思います。そのつながりの喜びは、演じる側の芸人にも共通します。
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お笑いという表現を通じて、自分が何を実現したいのかは見えてきました。
ただ、それだけでは「お笑いを通じて批評をすべきか(ノンポリで良いのか)」という論点には答えられていません。
その問いの答えを探すため、岡 真理さんの『増補版 ガザとは何か』(大和書房 刊)を読みました。というのも、この本の帯の文「本書以降、沈黙は加担である。」(斎藤幸平)というフレーズがずっと頭に残っていたのです。
本書では語らないことの不正義について語られています。「よく『自分一人が何かしたところで何も変わらない』『問題は解決しない』などと言ったり書いたりする方がいらっしゃいますが、(中略)歴史というものは、確かにそうやって声を上げて行動してきた者たちが大勢いたからこそ、少しずつ変わってきました。」(P.303)
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この本を読み、ガザを取り巻く歴史的な経緯と現状を知った今、イスラエルのパレスチナに対する占領支配には反対の立場をとらざるを得ません。
ただ、改めて政治的問題に目を向けた上で思うのは、政治的問題に向き合うべきだという論点と「芸人は批評を行うべきだ」という論点は、必ずしも同じではないということです。
「政治・宗教・野球の話はするな」という言葉があります。政治・宗教・野球については明確な対立構造が発生しやすいため、ビジネスや初対面の場ではこれらの話題を避けましょう、といった言葉です。
『ガザとは何か』では、歴史的経緯を踏まえてどちらのほうが不正義かが極めて詳細に記述されていました。
しかし、政治信条のような正しさが複数ある世界においては、どちらかの立場に与し無理やり笑いを生み出すことは、お笑いが持ち得る連帯や共感性からは外れ、むしろ分断を生むリスクを孕むでしょう。
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それは僕の好きなお笑いの本懐ではありません。
芸人が社会問題を語るべきではないというわけではありません。ただ、芸人として立場を表明するのであれば、明確な根拠を持つこと、反対意見も理解すること、そしてすべての発言について責任を取ることが必要でしょう。
2冊の本を読み、今僕が思う「芸人があるべき姿」は凡庸です。
それは「自らが面白いと思うことに誠実であり、それを正確に伝えられるよう努力し、その責任を引き受けられる」人間です。
右翼左翼ではなく、白黒のべき論ではなく、自ら歩んだ人生の中で形成された唯一無二の身体性を言葉に乗せて届けること。そのような言葉だからこそ、マジョリティ・マイノリティを超え、さまざまな人の身体と共鳴し、その人たちに居場所を作ることができる。共感という安らぎと笑いを届けることができるはずです。
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その結果表現された個々人の面白や価値観は、決して抑圧されるべきものではないという点で、僕も野尻と主張を同じくしています。
最後に、今の僕の価値観ともっとも共振している、土門 蘭さんのお言葉を引用して結びとしたいと思います。
【書くことはひとつのレジスタンスだと思っている。社会や世間、政治や常識など、個人を抑圧したり呑み込んだりする「大きな力」への抵抗。私たちは日々、「大きな力」に包囲されつつも、ひとりの人間として生きて考えている。それを言葉にすることで『私はここにいるのだ』と表明する。その言葉は一見「小さな力」かもしれないが、私たち自身を力づける。そして、私たち以外の誰かをも。】『ほんとうのことを書く練習』(P.178)
簡単に迎合せず、逆に無理に他と違おうとせず、自分の本音から表現することが何よりも誠意であり、それで笑いを生んでこその芸人であると僕は思います。
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■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出、「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出。
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無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane
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