
「2024年、月の裏側で発見された頭部のない数十体の遺体。それは、人類に大いなる変革をもたらす――」
まるでジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』を彷彿とさせるこの“つかみ”を読んだだけで胸が躍り、思わずページをめくり始めてしまう。そんな国産SFが登場した。矢野アロウ『マイボディ・オン・ザ・ムーン』(早川書房)である。
中国の月面探査機〈チャングー6号〉は2024年、月の裏側で謎の構造物を発見する。小型探査車がその内部へ進むと、そこには高さ150センチほどの透明なカプセルが無数に並び、その一つひとつに座禅を組んだ人間が収められていた。しかし、その人体は全て首を切り落とされていた――。
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映像解析の専門家でNASAに勤務する中国系アメリカ人ヤン・ヂャンミン、タイ人の脳神経科学者ジャム、VTuber「ベティちゃん」を推す車いすの少女ミント、そして1980年代にコンピュータの可能性を見抜いた実業家アレクサンダー・コーツ。さまざまな出自や時代背景を持つ個性的な登場人物たちを通して、本作は世紀の大発見を前に世界がどのように変化し、動き出していくのかを圧倒的なスケールで描き出していく。
月面で発見された謎の構造物と首のない人体。その正体を解明するために国際会議で世界中の科学者・研究者たちによって怒涛の考察が繰り広げられる様子は、知的好奇心を推進力として物語が加速していき実に刺激的だ。
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人類以外の知性の存在について考えることは、結局のところ人類そのものを見つめ直すことにほかならない。本書が描く探究のプロセスは、まさにSFならではの醍醐味に満ちた読書体験をもたらしてくれる。
本作の世界では、ロシアによるウクライナ侵攻が続き、イスラエルとガザをめぐる戦禍も絶えない。暴力による現状変更へのためらいは薄れ、人々はインターネットによってかつてないほど結び付けられながらも、同時に深い分断のなかにある。つまり、それは私たちが生きる現実世界と地続きの世界なのである。
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こうした現実世界を映し鏡として未知の存在と未知の技術を前にした人類がどのように考え、行動し、その影響がどこまで広がっていくのかという本書の壮大な思考実験はSFというジャンルが持つ想像力の力強さを改めて示している。なかでも、地球外知的生命体の存在を示す証拠が発見されたにもかかわらず、世界の分断や戦争は終わらず人類が思うほど容易には一致団結しないという描写には、強いリアリティと説得力がある。
圧巻なのは、世界情勢、地政学、科学、医療といった多様なテーマを扱いながらも、地球規模の出来事を登場人物たちの人生や感情と巧みに結び付けている点だ。そのため読者は決して物語の広大さに置き去りにされることなく、最後まで作品世界に没入できる。
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さらに、本作は重厚なテーマを扱いつつユーモアを忘れない。なかでも全ての登場人物をつなぐ中心人物ヤン・ヂャンミンは実に魅力的だ。愛妻家でありNASA職員でありながら、中国のスパイという顔も持つ彼は、軽妙な冗談を飛ばしながらもどこか抜けていて憎めない。妻イザベラとの掛け合いには思わず声を出して笑ってしまう場面も少なくない。こうした壮大なスケールと軽妙なストーリーテリングを備えた本作に対し、「プロジェクト・ヘイル・メアリーや三体に比肩する」という版元の惹句は、決して大げさではないだろう。
人類は分断と争いのなかで、どのように進歩し、進化していくのか。
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優れたSF小説は常に読者へ問いを投げかける。
『マイボディ・オン・ザ・ムーン』もまた、人類の未来と可能性について数多くの問いを突きつけてくる。一級のエンターテインメントであり、同時に深い思索を促す傑作SFである。
文=すずきたけし
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