
染谷将太さん主演で映画化された小説『廃用身』(幻冬舎文庫)は、これまで数多くの医療をテーマにした小説を世に送り出してきた作家・久坂部羊氏の衝撃のデビュー作である。
引用----
【廃用身】
介護の現場で使われる医学用語で、脳梗塞などの麻痺で回復の見込みがない手足のこと。
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老人デイケアを含めた老人医療施設である異人坂クリニック医院長の漆原糾は、脳梗塞などで麻痺した「廃用身」に苦しむ高齢患者への画期的な療法を思いつく。それは廃用身である手足の切断であった。
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回復の見込みがない麻痺した手足は患者にとっては生活する上で様々な制約や苦痛を与えるものとなっていたが、「廃用身」を切断した患者は身体的な負担が減り、精神的にも生活の質(QOL)を向上させることになった。また驚くべきことに言語障害や認知症の改善までみられた。そして患者を世話する家族や医療従事者にとっても、廃用身であった患者の両足を切断したことで体重が減り、介護や看護の負担が大幅に軽減された。
漆原医師はこの療法を英語の“Amputation(切断)”から「Aケア」と名付け、3人にひとりが高齢者となる来るべき日本の社会においては「Aケア」は“革命的療法”であり福音と呼んだ。
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本書はこのAケアの始まりから異人坂クリニックでAケアを施術された患者たちの廃用身の悩みと術後の詳細、そして老人介護の実態が漆原医師の手記として始まる。
漆原医師は患者の気持ちを汲み取り、Aケアが決して患者に無理やり施術を迫るのではなく、患者ひとりひとりに寄り添い本人の意思を尊重するものだと説明する。そんな漆原医師を患者も信頼し、クリニックのスタッフたちも漆原医師を尊敬した。果たしてAケアによって患者たちはみな一様に明るさと活力を取り戻し、充実した日々を過ごすことになったという。
しかし、漆原医師の手記が終わると物語は急転直下、グロテスクな姿を見せ始めていく……。
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回復する見込みのない麻痺した四肢を切断するAケアにより、患者自身が苦痛や世話になることの負い目からも解放されるまでの漆原医師の行動と理念にはとても説得力がある。また3人に一人が高齢者という日本の超高齢化社会において、喫緊の課題であった介護・医療従事者の不足や現場の労働環境の問題を一挙に解決すると思われるAケアはまさに福音だと思ってしまうのも無理はない。本書では介護現場での老老介護(夫婦や親子で高齢者が高齢者を介護する)、目をそむけたくなる家族からの虐待など、今日本が直面している高齢化社会の問題をまるで読者に見せつけるかのように描いている。だからこそ読者はこれらの諸問題を一挙に解決できるAケアと、医学界や社会に認めさせようとする漆原医師に希望を見出してしまう。
そこでふと気がつくのだ。医師と医療へのある意味で盲従ともいえるこの信頼ははたして正しいのかと。回復の見込みがない麻痺した手足は確かに重荷ではあるが、それを切断することの忌避感はそれほど簡単には拭えない。しかし治療として医師が言うのなら…と無理に忌避の念を覆い隠してしまっていないかと。医師と患者という立場と境遇の非対称な関係が医療の現場で患者や高齢者にどのような影響をもたらしているのかと考えずにはいられなかった。
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小説『廃用身』は、医療現場の明と暗、高齢化社会の目をそむけたくなるような様々な問題、社会的弱者となった高齢者の心の機微などを巧緻に描き、さらにその奥にはおぞましい人間の闇が顔を覗かせる傑作医療小説である。
文=すずきたけし
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