ダ・ヴィンチWeb

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年7月号からの転載です。



あの時、自分は人生のいろいろなことを諦めたのではないだろうか――『#台所のあるところ』で、専業主婦の敦子がふりかえるのは、新居に越してきたときに購入した冷蔵庫のことだ。“欲しい”よりも家族の実用をとった過去から、自分自身をとりもどすため、彼女は台所のリフォームを決める。


「台所の話を書きませんか、と担当編集者さんから声をかけていただいたんです。さまざまな台所を中心に、市井のルポルタージュやエッセイを書かれる大平一枝さんのように、人々の暮らしを掬いあげるような小説を書いてもらえませんか、と。それから数年たったころ、私自身が引っ越しをして、キッチンを一から自分でつくりあげる機会を得たんですね。私はもともと、敦子と同じで自分のためにはあまりお金を使わないタイプで、贅沢らしい贅沢もしてこなかったんですけど、そのときばかりは予算をふくらませて、すべて自分の好きなようにつくりあげた。使い込むのもせいぜい20年くらいなのに、という気持ちがないではなかったんだけど、それだけの年月を毎日、ちょっと明るい気持ちで過ごすことができるのは大事だな、と思いきりました。そんな気持ちも、第1話にはこめています」


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