
「赤ちゃんに無事に生まれてきてほしい」親なら誰もが願う当たり前の幸せが、これほどまでに遠く苦しいものになるなんて。『わたしが選んだ死産の話』(桜木きぬ:著、医療法人財団順和会山王病院長 藤井知行:監修/KADOKAWA)は、著者である桜木きぬさんの死産の体験を克明に描いた実録コミックだ。
待望の第二子を授かった著者を待ち受けていたのは、おなかの赤ちゃんの染色体異常「18トリソミー」の宣告だった。18トリソミーの胎児は治療が困難な重い心疾患により、自然流産となることが多い。また、たとえ生まれても生後1週間以内に約60%が死亡し、生後1年まで生存する子どもは10%未満、とも言われている。赤ちゃんを無事に産みたい願いと、過酷な未来への不安。引き裂かれるような思いの中で、著者が選んだのは「死産」という決断だった。
続きを読む
本作に基づき、過酷な現実に直面した当事者の心情や周囲とのかかわりについて、臨床心理士・白目みさえさんに話を聞いた。
※本記事には流産・死産に関する内容を含みます。ご了承の上、お読みください。
――巻末で著者は、自身の死産の体験を漫画化したことで過去の出来事を俯瞰して見られるようになった、と制作当時の心境を綴っていました。悲しい出来事を客観的に振り返ることの効果と、注意点を教えてください。
続きを読む
白目みさえさん(以下、白目):私自身もエッセイ漫画を描いていますので、その体験を踏まえてお答えします。
自分の体験を作品にするときは、「これを読んだ人がどう感じるか」「自分(主人公)はどのように見えているか」を常に考えます。つまり、自分の出来事を第三者の視点から見直す作業になります。この客観化のプロセスはカウンセリングにも通じるところがあり、つらい体験と「正しく距離を取る」助けになることもあります。
一方で、強い感情を味わった出来事を思い出しながら、当時の心情を再現する作業は、少なからず「再体験」を伴います。客観的な視点が保てず、当時の自分と強く一体化してしまうこともあります。カウンセリングであればその揺れを支えることができますが、ひとりで制作している場合はその支えがありません。
続きを読む
そのため、描くこと自体が必ずしも「良い」とは言い切れないと感じています。カウンセリングでも、心が壊れかけた体験を想起するときはかなり慎重にお聞きします。できれば、カウンセリングなどのサポートを併用しながら取り組むことをおすすめしたいと思います。
――客観化のプロセスとして、より身近な手法はありますか。
白目:もっと身近な方法としては、日記でしょうか。非公開のブログやスマホのメモ機能、ノートに書き留める…など、やはり「書く」ことは有効だと思います。
続きを読む
文章としてきれいにまとめる必要はありません。箇条書きでもいいので、当時「何があったのか」「そのとき何を感じたのか」を外に出してみてください。それだけでも、自分の体験との距離をきちんととることができます。
当時の心の中にあったイメージや感覚を、何かしらの言葉に置き換えることで、自分の感情や状態に名前をつけ、整理することができます。「モヤモヤ」「ぐちゃぐちゃ」といった表現でも十分です。誰かに見せるためでなくても、文字にするだけで、自分の体験を少し客観的に眺められるようになります。
続きを読む
書くだけじゃなく、信頼できる人の負担になりすぎない範囲で話すこともひとつの方法です。身近に話せるような人がいなくても、話を聞いてもらうだけだったら、AIに話してみるという方法もあります。
――客観化ではどんな点に注意するといいでしょうか。
白目:大切なのは、「これ以上傷つく可能性のある場所や相手を避けること」です。SNSやブログ、AIとのやりとりでは、意図しない受け取られ方をしたり、思いがけない言葉に傷ついたりすることもあります。カウンセリングでも相性の問題はありますが、少なくとも安全性を意識して設計されています。
続きを読む
そのため、カウンセラーの立場としては、安心して振り返る場として専門のカウンセリングをおすすめしたいところです。カウンセラーは患者様の様子を観察しながら話を聞いていますので、感情が大きく揺れたときにも支えることが可能です。
カウンセリングは、自分の出来事を少し離れた位置から見つめ直す場所。なぜ自分はあのときそう感じたのか、相手は何を言おうとしていたのか、事実として何が起きていたのか。第三者の視点が入ることで、これまで見えなかった輪郭が見えてくることがあります。
続きを読む
心が弱っているときほど、「自分の心を誰に預けるか」は慎重に選んでほしいと思います。
取材・文=あまみん

白目みさえ(しろめ・みさえ)
臨床心理士、公認心理師、漫画家。精神科での臨床業務に従事しながら、自身の育児や仕事の体験を独自の視点で切り取った漫画を執筆。主な著書は『白目むきながら心理カウンセラーやってます』(竹書房)、『子育てしたら白目になりました』『放置子の面倒を見るのは誰ですか?』(KADOKAWA)など。
記事一覧に戻る