
日本推理作家協会賞を受賞しドラマ化もされた『夜の道標』や、直木賞候補作『嘘と隣人』といったヒット作を手がけてきた芦沢央さん。最新作は2017~2026年に発表した単行本未収録の作品を収めた短編集『あなたが正しくいられたとき』(文藝春秋)だ。今回の単行本収録を機に読み直した過去作への思いや、“怖いもの”を描き続ける理由を、デビュー15年を迎える芦沢さんに聞いた。

正しさには危うさもある。でも正しくあろうとすることは否定したくない
――『あなたが正しくいられたとき』収録の6編には「正しさ」というテーマが共通していますが、どのように収録作を選んでいったのでしょうか。
芦沢央さん(以下、芦沢):最近は、SFや純文学とエンタメを掛け合わせたものなど、私にしては変わった作品を続けて書いていたので、そろそろ私らしい本を出したいと思って、単著未収録の短編を集めました。芦沢央らしさやミステリー度が高めの作品をまとめたので、読者の皆さんには「安心して読んでほしい」と思います(笑)。もともと「正しさ」というキーワードで集めたわけではないんですが、私が「正しさ」にいろいろなこだわりを持っているから、必然的にそうなったのかなと思いますね。
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――2017年頃の作品は単行本収録にあたって技術的な点で書き直したところもあったそうですね。過去の作品を振り返り、気付きや感慨はありましたか?
芦沢:文章の冗長な部分を削ったりして、技術の水準を今に合わせるように直していきました。ただ、昔の“輪郭をハッキリ書いているところ”は残しましたね。表題作をはじめとして、テーマについてかなりわかりやすく書いているんです。最近の私はもう少しぼやっと書くんですけど、この頃は作品ごとにやりたいことがいっぱいあって、筆力がないなりに格闘して書いてるなというのが伝わってきたので(笑)。やりたかったアイデアや、当時の書き方の良さを活かせるように、多少出力の部分を整えました。
――今だったらテーマについてそこまでハッキリ書かずにもう少しぼんやりさせるだろうということですが、そういう書き方に至るまでには、芦沢さんの中にどういう変化があったのでしょうか。
芦沢:たとえば、今回の表題作の「あなたが正しくいられたとき」の主人公の窪田は、人として正しいのか、正しくないのかという問題がありますよね。窪田は、自分がヒーローになったつもりでとっていた行動が、姉からそれが相手を苦しめていたと告発されてゾッとするわけですけど、窪田は悪人なのかというと、そうではなくて。頼りになる純粋ないい人で、正しくありたい人でもある。私は、正しくあろうとすることを否定すべきではないという気持ちもあるんですよ。でも、彼の一面的な思い込みや視野の狭さはやっぱり引っかかるから、その引っかかりからこのお話を書いたんです。
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でも、窪田のここは良くないよねという結論で終わりにしたくなくて、同級生が彼のいいところを言ってくれたりして、窪田の正しさのいろいろな側面を書きました。でも今、書くとしたらもう少し混沌とさせるかもしれないという気がします。その点、この作品は補助線がハッキリしているので、そういう2017年からの私の書き方の変遷も見える面白い1冊ですね。

怖いことについて考えずにいられないから小説を書いている
――芦沢さんはこれまでも小説で「正しさ」について書かれてきましたが、「正しさ」に惹かれ続ける理由は何だと思いますか?
芦沢:正しさというより、私は、怖いものを見ずにいられないんです。私の作品はよく「イヤミス」と言われますけど、イヤな話を書いてやろうと思っているわけでもないし、「人の不幸は蜜の味」という言葉もピンと来ない人間なんですね。でも、自分にとって怖いことが多くて、怖いことについて考えずにいられないから小説を書いているところがあって、その怖いもののひとつが、正しさなんですよ。
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正しさの中にもいろんな怖さがあって、自分が正しいと思い込むことも怖いし、自分の信じる正しさを守れなくなることも怖いし、正しさが変わっていくことも怖い。表題作では、主人公が正しくいられた時に誰かを正しくないことにしているし、「代償」では、主人公が正しくいるために妻が代償を払っている。「投了図」はコロナ禍の話ですけど、地方に東京ものが来たら石を投げられたりする、コロナ禍の限定的な正しさを書きました。当時、みんながいろんな正しさを抱いていたけど、過ぎたら「あれはなんだったんだろう?」と思うわけですよね。正しさが短期的にも長期的にも変化してしまうことも含めて、正しさって怖いなって思うことが多いので、題材として書きがちなのかもしれません。
――どの作品も、読むと「人間って怖いな」と思うんですけど、芦沢さんは「怖いな」と思ったら、この怖さは何なのかと分析していくんですか?
芦沢:私、すっごい怖がりなんで、なんでも怖いんですよ!
――(笑)そうなんですね!
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芦沢:ニュースやSNSを見ても怖いなって思うし、喧嘩をしてる人たちを見るのも怖い。自分の子どもが事件に巻き込まれたらどうしようとか、山のように怖いことがあるわけですよね。でも、たとえば家の中に虫がいたら、怖いのに、見なかったらどこに行くかわからないからずっと見てしまうのと一緒で、「なんで私はこれが怖いんだろう?」と考えている間だけは、心が落ち着くんです。それに、物語で一番最悪なシチュエーションを考えると、現実はそれよりひどくならないと思えるので(笑)。
「自分がこんなミスをしたら、誤魔化してしまってひどい目に遭いそうだな」ということを考えていると、勝手にお話が生まれてくるんです。怖いことを物語にする時、一番、私が書きたい核が入る構成を考えると、ミステリーの“ホワイダニット”(※)の構成になりがちなんですね。基本的に“ホワイダニット”って釣り合いが取れないことが多くて。Aという動機のためにBということをやってしまう人がいて、「そんな些細なことのために、こんなとんでもないことをやっちゃうの?」と思うけど、その人にとって釣り合いが取れてしまう瞬間や世界観と、私の恐怖の核との接続点が見つかった時、物語の形になるんです。
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※ホワイダニット:犯人の動機の解明に焦点を当てるミステリーのジャンル
犯罪は他人事ではない。その人が一線を踏み越える力点が存在する

――とんでもないことがありえる展開や動機は、どう構成していくのでしょうか?
芦沢:たとえば殺人を犯す登場人物がいるとしたら、その人が殺人を犯さない1日を書いてみるんですよ。小説内で登場するエピソードは殺人を犯す瞬間だけでも、それはその人にとっては何十年と生きているうちの一瞬に過ぎなくて、非日常なんですよね。その非日常について考えても、なぜそこの一線を踏み越えてしまったのか?という答えはわからないんです。
たとえば、朝その人が起きて、カップスープを飲もうとする。粉末にお湯を入れすぎてしまった時に、不味いと思ってバシャって捨てるのか、薄いけどしょうがなく最後まで飲むのか、もう1袋入れて濃くするのか、その行動だけでも、その人がどういう人なのかが見えてくるんです。そういう、その人の何もない1日について20枚ぐらい書いてみて、わかったらそれを捨てて、本編を書き始めます。
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――その理解が、物語の分かれ道でどういう決断をしてしまうのかという基準になるわけですね。
芦沢:そうですね。私自身も、罪を犯す人のことを他人事ではないと思うんです。私が今、罪を犯さないでいられるのは運がいいだけであって、いろんな要因から、ストンって背中を押されたり、グイッて腕を引っ張られたりしたら一線を踏み越えてしまうかもしれない。だから、その力学がその人にとって一番作用する力点はどこにあるのかを、日常の行動や困ってることとか、コンプレックスで探っていくんです。
――だから芦沢さんの小説に登場する人の行動は特異に見えても、必然的だと感じたり、自分事のように感じられたりして怖いわけですね。
芦沢:そう言っていただけると嬉しいです。読者の方からは、「自分に経験のないことのはずなのにフラッシュバックする」とよく言っていただけるので、ありがたいですね。
「諦め方がわからない」という夢の怖さ
――「投了図」は、将棋のタイトル戦が行われる街を舞台にしたお話ですが、芦沢さんはこれまでも将棋小説を書かれてきて、将棋をテーマに作品を書く面白さをどう感じていますか?
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芦沢:棋界には、26歳までにプロにならないと退会しなければいけない奨励会というシステムがあって。私自身、小説家になりたいと思ってからデビューするまで12年かかっていて、諦め方がわからない「夢」の怖さを、将棋を通して考えたのが、興味を持ったきっかけです。将棋を題材にするために、将棋教室に通って、棋戦をひたすら見て棋譜を並べてということをやっていたら、「将棋、面白い!」と驚いて。今って、みんな間違えたくないし、少し失敗したら炎上して追放されてしまう時代じゃないですか。間違えたくないから選択を表明しないのが無難という中で、自分の頭脳だけで選択を繰り返す棋士の姿が私はすごく好きで、小説に関係なく将棋を見るようになりました。
この「投了図」は、コロナ禍での取り返しのつかないことで悔しい思いをしている人がたくさんいるんだろうなと思って、投了図をテーマにしました。将棋って、勝てないとわかってから、「形作り」といって一手違いの綺麗な局面を作ってから投了するんですよね。一手一手、少しずつ自分の負けを飲み込んでいく時間が好きで、それと物語の状況が共鳴するのではないかと思いました。
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――「薄着の女」と「待てば無料」は、警察官バディが登場するミステリー短編ですが、このお話はどのように作っていったのでしょうか。
芦沢:「薄着の女」はリアリティラインが私の他の作品とまったく違います。元は複数の作家が同じ、糸を使って密室を作るというトリックで小説を書くというアンソロジー企画で書いたのですが、そのトリック自体が、私の小説のリアリティラインでは書けないんですね。それなら、なぜ糸を使うんだという、その「なぜ」のところをトリックにすればいいと思ったんです。
警察官2人のキャラクター造形も意図的に書き方を変えていて、私の小説にしてはかなりキャラが立っています。「どうした芦沢!?」っていう書き方自体が伏線になっていますね(笑)。「待てば無料」は、「薄着の女」とつながっていて同じバディが登場しますが、「できる得をしないのは損だ」という価値観に対する私の関心を加えました。お金を出して小説を読まなくても、無料で楽しめるものがたくさんあるし、映画だって倍速で観ればいいという考え方を前提に、ざわっとする苦みのあるラストを書きました。
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――キャリアを重ねても挑戦を続けていらっしゃいますが、今、一番関心のあることは何ですか?
芦沢:ここ数年は、やったことのないジャンルや書き方に挑戦して修行をさせてもらったので、今年、来年は、今まで持ってこなかったシリーズものをやりたいです。ここ数年で身につけた筋力を使って、できることの飛距離を伸ばすことに挑戦する年にしようと思っていますね。

取材・文=川辺美希、写真=後藤利江
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