この5月に創刊1周年を迎える「ハーパーBOOKS+」。新興レーベルを立ち上げる苦労とは? 一般書籍部門で世界第2位のグローバル出版社ハーパーコリンズ・パブリッシャーズの日本支社で、立ち上げから現在まで、共に編集の現場でがんばってきたメンバーに語り合っていただいた。

参加者:O編集長
Rさん:担当作品『魔女の館の殺人』『黒猫のいる回想図書館』など
Sさん:担当作品『にじゅうよんのひとみ』『夏空に、きみと見た夢』など
Nさん:島田荘司復刊シリーズ担当
やるなら今しかない!急遽始まった新規参入プロジェクト
――本日はよろしくお願いします。レーベルの新規立ち上げや、そこに有名作家さんの作品を連れてくることなども聞いていけたらと思うのですが、そもそもハーパーBOOKS+(ハーパーブックスプラス)の立ち上げのきっかけは?
O編集長:日本の小説をハーパーコリンズの英米本社、欧州各国オフィスの編集部が探していると知り、これはわれわれ日本支社の作品を世界に打ち出す絶好の機会では!と、国内作品のレーベルを立ち上げる企画をスタートさせました。2025年は翻訳ミステリーのレーベル・ハーパーBOOKSの創刊10周年、加えてS・A・コスビーの『頰に哀しみを刻め』が「このミス」の海外編1位を取ったことで日本の作家さんからの認知も高まり、ちょうど場も温まってきた感もあった。とはいえ、これまで同様、海外フィクションから国内外ノンフィクション、文庫単行本あわせて年間60作品ほど4人チームで担当するなか、新戦力の加入や予算補充があったわけでもなく、今思うとメンバー達の獅子奮迅の働きがあったからこそ実現できたプロジェクトだったなと。我ながらの無茶ぶりを反省しつつ、みんなには頭が上がりません(笑)。
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――最初から文庫で考えたんですか?
O編集長:そうですね。ハーパーBOOKSでの10年間の積み上げを最大限生かす戦略でした。ミステリーファンは翻訳もの国内ものどちらも読んでくださる傾向があり、まずはミステリーを強みに、さらに海外で人気のヒーリング小説(癒やし系の文芸)、2つの主軸で新旧とりまぜたラインアップを組むことにしました。そうしたコンセプトの上でも文庫がいいだろうと。
ワクワクしながら好きな作家にとにかくアタック!
――企画が立ち上がって走り出した当時の気持ちは覚えていますか?
メンバーRさん(以下、Rさん):日本人作家さんのフィクション作品をいずれは弊社でも出していきたい、と思っていたので、良いタイミングでいろいろなピースがそろった感じでした。いざとなったらすごくワクワクしました。
メンバーSさん(以下、Sさん):ハーパーコリンズという名前が少しずつ知られるようになったものの限られたジャンルにおいてのことだったので、新創刊で幅広く知っていただけるきっかけになるのではとワクワクしましたね。
メンバーNさん(以下、Nさん):2015年のハーパーBOOKS創刊当時に、「無名の会社が何するの?」みたいな新規参入の壁を感じたので、個人的には正直不安でした。10年で体力はついたといっても、和書のフィクションはゼロからのチャレンジであり、数々の競合/強豪版元がひしめくレッドオーシャンでもある。立ち上げはRさんとSさんが先行で進めたんですが、メンバーたちがそうした壁を思ったより軽々と飛び越えていく感じがしてそこはすごくたくましかったです。
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――作家のラインナップはどう決めたんですか?
Rさん:新興レーベルのいいところですが、とにかく好きな作家さん、書いてみてもらいたい作家さんにこの機会だから声をかけたいよねっていう感じでした。
Sさん:そう、この際だから声かけちゃおうって。この作家さんの新作が読みたい、と思った方のコンタクト先を調べて、どんどんアタックしていきました。月2回の企画会議で誰がどこまで進捗したか共有するのですが、飛び込み営業のアタックリストみたいだねと話したのを思い出します(苦笑)。
O編集長:二人の勢いはすごかったです(笑)。それこそ新規開拓の営業マンみたいに、アポ電じゃないですけどワーってアタックして、返事をいただけなくても断られても怯まず、すごいパワーでした。
――作家さんには具体的にどうアプローチしたんでしょう?
Rさん:とにかく熱意!をもって、うちでぜひ書いてほしいという思いをお伝えしました。私は創刊作品でもある『魔女の館の殺人』を担当したんですが、あの作品は三日市零さんがデビューされる前に「初めて書いた小説が16万字」とツイッターで一躍脚光をあびるきっかけになった作品で。ただ、すでに他の版元さんでお話が進んでいると思っていたので「同じような本格ミステリージャンルでぜひ」とご相談したんですが、あの作品がまだ空いているとそのとき教えていただき。奇跡みたいで本当にありがたかったですね。
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Sさん:ミステリー界隈の方はハーパーBOOKSをご存じだったんですが、そうでないとなかなか知られていないので、最初は「怪しいものではないです」というところから。本の感想をお伝えしつつ、「創刊10周年の新しいプロジェクトです。ぜひ盛り上げるのにお力添えを!」とお願いしましたが、創刊レーベルということに興味を持ってくださる作家さんが多かったですね。あとは英語圏で本が出せるかもしれないことも注目されていました。
日本の小説は世界で人気。海外とのパイプが自社の強み
――海外とのパイプは本当に強みですよね。
Nさん:はい。英米、イタリア、スペイン、ポルドガル、オランダ、フランス、ドイツ、北欧、東欧、ブラジルなど世界各国のハーパーコリンズの編集部と日常的に情報交換しダイレクトに作品を紹介できるスピード感は、他にはない強みかもしれません。日本の作品に対する世界での注目度は本当に高まっていて、本社から「この作家はどういう人?」と質問されることもこの数年で増えてきました。
――なぜ日本の作品が注目されるのだと思いますか?
O編集長:きっかけは、川口俊和さんの『コーヒーが冷めないうちに』(サンマーク出版)や、有川浩さんの『旅猫リポート』(講談社)、八木沢里志さんの『森崎書店の日々』(小学館)といったヒーリング小説のヒットだと思いますが、海外の同僚と話してても、みんな本当に「猫とコーヒーと本」が出てくる話が好きなんだなと実感します。5月に出たばかりの八木沢さんの新作『まねき湯 しあわせを呼ぶ番台猫』も注目度が高いです。おそらくそうした日本の世界観が彼らにとっては似て非なるファンタジーというか、欧米にも同じような生活様式はあってもちょっと違って、すごく穏やかでカサカサしていなくて温かくて美しいみたいな世界観がうけているのではないかな、と。平和なニュースが少ない現代、疲れた彼らの心に「ジャパンは本当になんか心が安らぐ」って刺さったんじゃないかと思います。そうやって日本のフィクションの面白さが発見されて、今は日本のミステリーやホラー、さらにノンフィクションにまで関心が広がってきています。
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Nさん:海外の方たちの日本への解像度が上がったというのもすごくあると思います。今までは日本の翻訳ものを読むのはすごくニッチな方の趣味という感じでしたが、今はアニメなんかでみんなが日本の文化に親しみを感じているので本も抵抗なく読めるのかな、と。
O編集長:今年の1月、ハーパージャパンの作品を紹介するグローバルビデオ会議を本社がセッティングしたのですが、そういった試みはグローバルオフィスの中でも珍しく、正直「そんなにみんな参加するかな?」と思っていたところ世界各国オフィスから50人くらい参加していて。チャットに「あれが面白そう」「これが良かった」とか書き込まれたり、質問が来たりして「熱い」って実感しましたね。編集者として「面白いものを世界に」と思うと同時に、ビジネスで考えた時には外貨を稼ぐチャンスでもあり。なのでメンバーのみんなに「もっと出して」って無茶振りしてます(笑)。
駆け抜けた1年。企画を世に出し続け進化を
――この1年、何が一番大変でしたか?
Rさん:確かに大変だったんですが、新しいことができるのは楽しいし、ワクワクのアドレナリンが勝ってあんまりキツくは感じませんでした。ただすごく苦労したというか迷ったのは創刊時の帯ですね。どう目立たせるかいろいろ試して悩んだ結果、「帯にホログラムをかける」という一大決心をしたんですが、これまたホログラムにも何種類もあって…苦労したというか頑張ったので印象に残っています。
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Sさん:翻訳小説の見せ方と国内小説の見せ方ってアプローチが全然違うんですよね。それまでやっていた翻訳小説を面白く見せるための技が通じないので、書店で売れている本を見て「文字数はこれだけでいいんだ」とか確認したり。とにかくいろいろ研究しました。
Nさん:二人は当事者だったので記憶にないかもしれませんが、横で見ている身としては「どういう勢い!?」って思うくらい走っていてちょっとテンションがおかしかった(笑)。
Rさん:そうそう「ホログラムが消える事件」っていうのもありました! 渾身のホログラムを会議で見せようと思ったら消えてしまっていて。結論から言うと、どの種類のホログラムにするか悩みに悩んで一時間ほどべたべた触りまくっていたのが原因で……印刷所さんから「拭けば戻ります」と言われて確かに拭いたら戻りました。このホログラムは作家さんもすごく喜んでくださって、キラキラ光る動画を上げてくださったりしたのも嬉しかったです。
――1周年を迎えた今、感じるのは達成感ですか?
Rさん:やって良かったし感慨深いです。私たち編集部だけじゃなく営業部もすごく頑張って書店員さんにアピールしてくれて、「注目してるよ」と書店さんから声をいただいたりすることも多かったんですね。達成感というより、「本当によかったー」って思いながら駆け抜けたら1年経っていたという感じです。
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Sさん:創刊タイトルのスタートダッシュがエンジンになった部分もありました。特に『魔女の館の殺人』は人気YouTubeチャンネル「ほんタメ」のほんタメ文学賞でたくみ部門の大賞を受賞し、書店さんの認知も高まりました。読者に届くいちばんの場になるわけですから、書店さんが応援してくれているのは作り手としてまず嬉しいことで。そのおかげもあって、熱烈なレビューを上げてくださる読者も少しずつ増えてきていて、今後はそれをどう広げていくか。創刊とはまた違ったワクワク感というか、2年目に向けてのワクワク感のほうが達成感より勝っているかもしれません。
Nさん:私個人としては翻訳ものとの違いをチューニングするのがすごく大変で、二人が先んじて進めてくれていたことに「これをよくぞやってくれた」と頼もしい気持ちになりました。1周年のタイミングで島田荘司さんのプロジェクトが始動するので、私も二人のスピードに追いつくべく奮起中です。
O編集長:私はみんなが気持ちよく働けるように、環境面や予算からバックアップしていく黒子に徹していましたが、ここまで素晴らしい結果を出してくれたチームに本当に感動させてもらいました。当社は外資でちょっとベンチャーっぽい気風があるので、とにかく走りながら考えて、調整して修正してなんとか形にするんです。この先、この1年で培ってきたものにさらに上積みされて進化するっていう、そこへの期待感がすごいですね。達成感はありますが、まだ道の途中。10周年を迎えた時にどんなレーベルになってるか、私自身も期待していますし、皆さんにも期待していただきたいと思います。
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創刊1周年でラインナップは全14冊。今なら追いつけるボリュームなので、興味のある方は全制覇を狙ってみては? レーベル自体の成長を体感しながら次回作をワクワク待つなんて読書体験、なかなかできるものでもないだろう。この先には「すごい作家が揃うミステリーアンソロジー」も予定しているそうで、今後もますます目が離せない。
文=荒井理恵
ハーパーBOOKS+ラインアップ
『夏空に、きみと見た夢』(飯田雪子)
『にじゅうよんのひとみ』(吉田恵里香)
『黒猫のいる回想図書館』(柊サナカ)
『魔女の館の殺人』(三日市零)
『くるり駅でさよならを 白黒ねこと夕暮れの町』(高橋由太)
『全能のカミナ』(喜多喜久)
『オリエンド鈍行殺人事件』(藤崎翔)
『有能助手は名探偵を操る』(貴戸湊太)
『誰がためにその手は』(越尾圭)
『百窓の殺人』(歌田年)
『幽都タクシー 午前二時の遺品』(栗原ちひろ)
『煙男』(幸村明良)
『まねき湯 しあわせを呼ぶ番台猫』(八木沢里志)
『切り裂きジャック・百年の孤独 [改訂完全版]』(島田荘司)
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