
今年、作家生活45年を迎えるミステリー作家の島田荘司さん。それを記念してハーパーコリンズ・ジャパンでは島田さんの名作を文庫化するプロジェクトが始動する。第一弾は『切り裂きジャック・百年の孤独 [改訂完全版]』。刊行を前に島田さんにお話をうかがった。
島田荘司(しまだ そうじ)
広島県生まれ。武蔵野美術大学卒。1981年『占星術殺人事件』で衝撃のデビューを果たし、以後、『斜め屋敷の犯罪』『異邦の騎士』(以上、講談社)など探偵・御手洗潔シリーズ、『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』(光文社)を始めとする刑事・吉敷竹史シリーズを中心に人気作品を多数生み出し、不動の地位を築く。2008年、日本ミステリー文学大賞を受賞。「島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」や「島田荘司推理小説賞」(中国語によるミステリー新人賞)、「京都短編ミステリー新人賞」の企画・選考を行うなど、新しい才能の発掘と育成に尽力しながら、ミステリー界の第一線で活躍し続けている。
ずっと英米で本を出したいと思っていた
――『切り裂きジャック・百年の孤独』は20年ぶりの文庫復刊、完全版ということでは初の文庫化ですね。

島田荘司さん(以下、島田):大変嬉しいですね。特にハーパーコリンズという、ボーダレス規模の出版社の日本支社から出せることが嬉しいです。アメリカで出そうと思えばアメリカの出版社、イギリスで出そうと思えばイギリスの出版社を探さなくてはなりませんが、ハーパーコリンズならその必要がない。一社で海外各国に送り出す出口を持っている。こんなありがたい出版社はないですね。『切り裂きジャック──』を国内で発表した当時、イギリスかアメリカから出したいと思っていたんです。現地の出版社を探して、英訳原稿を作って売り込もうとしたんですが、当時はまだ名前が通っていず、断念しました。今回の文庫化をきっかけに英米、あるいは他の国でも出せる機会があったら最高ですし、しかも「最初に英訳するとしたらこれだ」とかつて自ら選んだ作を、今回たまたまハーパーも選んでくれた、これは天の声かという気もしています。世界には切り裂きジャックのマニアが膨大な数いるんですが、どうしてもみんな、「サイコパスの医療関係者が、自らの変態的趣味を満たすために娼婦を惨殺した」とする先入観が強固で、この解釈から離れると、事件を考える意味がなくなるんです。魅力がなくなる。この作のようにロジカルで、スッキリしすぎる回答にはどう反応するか、おそらく抵抗感が強いでしょうね。
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――初版発行は1988年。当時から海外を狙っていらしたんですね。
島田:ミステリーはアメリカ人のポーから始まり、コナン・ドイルとアガサ・クリスティというイギリス人が発展させ、定着させました。大西洋を挟んでアメリカとイギリスがキャッチボールするようにして発展させてきたわけです。だから当時は、「ミステリーならアメリカかイギリスで本を出さなければ本物じゃない」という思いは強かったですね。江戸川乱歩もそう思っていたようで、「ぼくはアメリカに移住して英語で小説を書いて、アメリカの作家になるんだ」なんて言っていたそうです。
――この物語はどういうきっかけで書かれたのでしょう?
島田:この本は最初、集英社から出たんです。私は『占星術殺人事件』でデビューしましたが、「次に何を書こうかな?」と相談していたときに、ここの編集者が「ああいうの(占星術殺人事件)は小むずかしいから、ユーモア・ミステリーを書いてよ」と言うんです。それならと、すでに書いていたホームズのパロディもの、『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』を見せたんですが、これもけっこうむずかしいと。「その前に『嘘でもいいから殺人事件』を書いたら、これも出してあげる」と言われたので、それを書いて、『漱石と倫敦ミイラ』も出してもらったんです。
そうしたら彼が、「次は切り裂きジャックをやろう」って言いだしたんです。『漱石と倫敦ミイラ』が割と評判になって、ご褒美にロンドンに1〜2ヶ月ほど集英社が住まわせてくれた。そのころ集英社は、漫画で儲かっていたんですね。その時のロンドンの下宿に、彼が仁賀克雄さんの『ロンドンの恐怖』を送ってきてくれて、これは切り裂きジャックの研究書ですが、それで早速地下鉄に乗って、イーストエンドの現場を歩きました。この編集者は、「あなたの風貌は切り裂きジャックに似ている。ついでに芥川龍之介にも似ている。だからこれらの本を書いたら売れる」というんです。独特の考え方を持った編集者でね、誰も切り裂きジャックの顔なんて見ていないのにね(笑)。まあそれで書いたんです。
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――100年前のロンドンもさることながら、1988年のベルリンのリアルな情景がすごく浮かびます。ベルリンにも行かれたんですか?
島田:ロンドンに滞在していたこの時ではないのですが、行きました。まだ東西を隔てる壁がしっかりあって、西ベルリンから東側見物のバスが出ていてね、国境を越えるときには、ナチのゲシュタポみたいな、見るからに怖い顔をした兵隊が乗ってきて、荷物入れを点検、車内も見渡し、ひとりひとりの乗客の顔を覗いて、わざと恐怖感を植えつける感じでやっていました。東側では観光地を巡るだけで、退廃的なところとか、貧しい地区には行けませんでしたが。
――この本が出た翌年に、ベルリンの壁が崩壊しましたね。
島田:テレビの中継で、壁が壊れるのは見ましたよ。劇的でしたね。あの頃、NHKでもよく東側の様子を特集していて、秘密警察や密かなたれ込みによって親友との人間関係が壊れたことなどを扱っていました。東西冷戦が終わって間がないころのベルリンはひどい状態で、暴力沙汰、麻薬、売春、貧困の問題などで充ちていて、多くの人は労働意欲を失っていました。それらの取材はできませんでしたが、このころからいろいろな資料を見続けていたことが、のちの『ローズマリーのあまき香り』(講談社)にもつながったと思います。
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――本作はセリフ回しが独特で、まるで「翻訳ミステリー」のようであるのも面白いです。

島田:あの頃は日本のミステリーはほとんど読まずに、海外のミステリーに浸かっていましたからね。なかでもホームズは、繰り返し繰り返し読んで、冒頭の数行を聞いたら、タイトルも内容も、事件の年代も言えるくらいでした。だから英語流の言い廻しが身についていたんでしょうね。まあ説明としてはそうなりますが、何だかそれを超えたようなものもあって、書いていて眠気が襲うと、筆が勝手に滑る。「自動書記」みたいな感覚で、何かがおりてくるような気配があるんです。あれ、コナン・ドイルの霊だったのかな?(笑) セリフが聞こえてくるんです。そのくらい、ひたっていたんでしょうね。
前代未聞のユニークなものをセレクトして出していく
――島田さんの作家生活45年記念で、この先も文庫化が続くそうですね。
島田:そうですね。ハーパーコリンズから出す文庫は、御手洗や吉敷といったシリーズ的なものから外れているから、忘れられかけているが、自分では傑作だと信じている作、アイデアが前例群を超越していて、謎や事件が前代未聞という、仲間の見当たらない独自性のある作を集めたいと目論んでいます。次は旧約聖書を扱う、現代の中東の絶望感にも通じる『魔神の遊戯』、その次は先ほどお話しした『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』を出したいですね。今はホームズものパスティーシュはジャンルになりましたが、私が書いた当時は誰もいなかったんですよ。担当編も、「こんなの出す価値あるのかいな~」と悩んでましたが、私としては、いずれこういうものがひとつの流れになる、という確信めいたものがありました。
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――シリーズもの以外でアイデアがユニークな作品には、ほかにどんなものがありますか?
島田:そりゃもうたくさん。『写楽 閉じた国の幻』というのも、群れから外れた位置にある作品ですね。かつて「写楽とは誰か?」という謎が大ブームになったことがありますが、「邪馬台国」探しとか、そういうのも私は好きで。「ロス疑惑」なんかもそうです。『三浦和義事件』、あれはちょっと毛色が違いすぎるかもしれませんが、いずれ機が熟したら、アメリカ人にも英文で読んでほしいと思います。
――この45年の間に本をめぐる環境も変わり、今やスマホなどと時間の取り合いになってきています。ご自身の考え方に変わったことなどありますか?
島田:変わってはいないけれど、そういう状況は理解しているつもりです。世間がこれだけ忙しかったら時間がないでしょうし、本を読む人が減っているのは仕方がないですね。今『御手洗くん 水上の冒険』という作品を講談社で連載していますが、できればあれを漫画にしたいし、アニメ化も面白いと思っています。半分冗談ではありますが、漫画もアニメも好きですし、ただ小説だけ書いていたらいいっていう時代じゃないと了解しています。
――島田さんのような大ベテランが、自らアニメや漫画に意欲的なのは楽しみです。
島田:漫画は大好きで、自分で描こうとまでは思わないけれど、いっときは御手洗さんの同人漫画ブームもあったので、自然に読んでいました。とにかく、やりたいことはいろいろあるんです。が、今あんまり忙しくて、なかなか時間がない。ちなみに今オペラを作っていて、作曲もやっているんですよ。
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「本格」はいかにして始まったのか
――島田さんは「本格ミステリー」の名付け親としても知られていますね。当時はどのような状況だったんでしょう?

島田:私がデビューした頃には「清張の呪縛」というものがあって、とにかく社会派ミステリーじゃなきゃいけないという時代でした。特に私の場合、『占星術殺人事件』が江戸川乱歩賞に落ちたので、一番煽りを受けたかもしれない。とにかくあの頃は、「名探偵なんて冗談じゃない、気持ちが悪い、虫唾が走る」と本気で言われていた時代で、講談社の雑誌からは「御手洗は絶対に書くな。書くなら屋台で蕎麦をすする、カッコ悪い中年のおじさんの刑事じゃなきゃダメなんだ」と真顔で言われました。
それでそういう主人公を頑張って書いたんですが、すると光文社のカッパ・ノベルスが電話してきてくれて、「こういうの書けるなら、うちでも書いてよ」と言われたんです。それでまた蕎麦をすするおじさんだな~と覚悟して光文社に出かけたら、女性編集者がいて、「若くてかっこいい刑事でいいわよ~」と言われて仰天したんです。「長めの髪が少しウェーブしていて、長身で、足が長くて、トレンチコートを着た後ろ姿がかっこいい刑事」と、彼女が自分の好みを言うようで、それで吉敷竹史ができた。これが10万部の大ヒットになって、そしたら今度は講談社が、昨日までカッコ悪いおじさんだと言いつのっていたくせに、「早く吉敷をくれ」って言い出して大変でした。しかしそれはカッパが駄目と言う、そして講談社の雑誌の「御手洗は駄目」はまだ続いていたので、講談社ではノンキャラクター、御手洗は光文社のEQMMがくれと言うのでここで書いて、厳密に数を合わせておいて、出版時には交換です。黎明期にはそういう、あんまり意味のないような努力もさせられました。
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そういう素朴な時代ですから、「本格」の定義は存在しなかったんですよ。だから清張ブームのおりに、乱歩さん流儀エログロの書き手が追放されたが、定義がないものだから、乱歩さんと普段付き合いがあった本格派も合わせて追放の憂き目に遭った。冤罪の構図ですね。だから時代の要請で、「本格の定義を作れ」ということを有言無言で言われるようになって、綾辻(行人)さんたちとも議論していろいろと考えるようになった。ミステリーというのはそもそも神秘的な現象が描かれる小説のことであり、ミステリアスな事件が起こり、推理の材料もフェアに提示されて、後半で謎が解かれ、犯人も解る。謎―解決という方程式の中で、解決が論理的であるもの、その論理性が一定量以上に高度なものを「本格」と呼ぶと私は考えました。「密室でなければならない」など、いろいろな考え方があるのはやむを得ませんが、とにかく「謎―解決が、論理的に行われる」小説だと思っています。
――そういう立場の島田さんから、これからミステリーに触れようとする人におすすめの本となるとなんでしょうか?

島田:それはむずかしいな。やはり原点のポーの『モルグ街の殺人事件』でしょうか。私の原点にもあの作品があると思っています。さらに、そこから発達していった頂上的な達成として、『Yの悲劇』(エラリー・クイーン)。これはヴァン・ダイン流儀の定型スタイルを持つ作品です。ヴァン・ダインだと『僧正殺人事件』とかもありますが、これらが密室がなくては駄目だとか、館ものでないと本物でない、舞台は狭くとらなくてはいけない、怪しげな住人たちの紹介は早めに、名探偵は外来して来なくてはならない、といった新本格型のさまざまな条件を産んでいくんです。
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必読書はなかなか決められないですね。とにかく「本格ミステリー」というのは神秘的な謎があって、その解決に高度な論理を用います。ちょっと魚の骨を想像してほしいんですが、「魅力的な謎」というお頭があって「解決」という尻尾があり、そこを貫く背骨が「時間経過」で、「推理論理」が枝骨のようにたくさん突き出して現れる、みたいなイメージですね。その枝骨の数の多さ、込み入り加減で、本格か否かの印象が決まってくる。これらを上手に語る、特有の文章力も必要になる。そのような順番でしょうか。その点でも、『モルグ街――』は極めて優れている。文章が非常に知的なんです。そしてとても綺麗です。
――最後に今回の復刊を楽しみにしている読者の方にメッセージをお願いします。
島田:私のメッセージは、この一言に尽きます。「あなたも書いて」です。「本格ミステリー」というものは、自分でも書かないと、充分には魅力が解らないんですよ。アイデアが前代未聞であること、見たことも聞いたこともないような謎を思いついて欲しい。これを論理的な推理で解体していくのだけれど、その過程が知的であり、しかも予想外で、驚きが感じられること。そういうものが、本格ミステリーの魅力なんです。
どうしても日本では、テレビのお昼のミステリーみたいに、似たり寄ったり、パターン化されたものが読みやすいから好まれますが、傑作として世に残っているミステリーは、前例が見当たりにくいもののはずです。パターンのものはよく売れますが、50年、100年とは遺らないでしょう。こうした事情は、100冊も読めばだいたい解りますから、101冊目はあなたの小説にしましょう。もしかしたらあなたの作品が100年残るかもしれない。そんなふうに申し上げたいですね。

文=荒井理恵、撮影=干川修
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