※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年6月号からの転載です。

『死刑にいたる病』や「依存症」シリーズなど、数々の犯罪サスペンスを手がけてきた櫛木理宇さん初の本格ホラー長編だ。というと「おや?」と思う人がいるかもしれない。櫛木さんには映画化された青春学園ホラー「ホーンテッド・キャンパス」シリーズという代表作があるからだ。
「『ホーンテッド・キャンパス』はあまりホラーを書いているという意識はないんです。ミステリー要素が強いし、怖いシーンがあってもラブコメによって中和されますから。今回はそういう“息継ぎ”なしで、思いきり怖い小説を書いてみました」
近年はホラーが大きな盛り上がりを見せ、令和のホラーブームと呼ばれるまでに。人間心理の暗部をえぐるような作風で知られる櫛木さんがホラーに本格参入したのも、こうした動きと無関係ではないだろう。
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「中心にあるアイデアを思いついたのは5年ほど前です。なかなか発表する機会がなくて寝かせていたんですが、ホラーや怪談が流行っている今なら企画が通るんじゃないかと。プロットを作って編集さんに見せたら、すぐゴーサインが出ました」
こうして書かれることになった『鬼門の村』は、内容的にも令和のホラーブームと響き合っている。近年のホラーシーンでは、ネット投稿や日記などの断片的情報によって構成される実録風のホラー、いわゆる“モキュメンタリーホラー”が人気だ。主人公の大学生・友部清玄がラジオ番組に投稿された怪談を読み解いていくという『鬼門の村』にも、モキュメンタリーホラーに通じるリアリティがある。
「結構みんな実話っぽいホラーが好きなんですよね。本当じゃないかと思わせてくれる作品に魅力を感じている。モキュメンタリーは読みやすさもありますし、流行っているのも理解できます。『鬼門の村』はその要素を取り入れつつ、もう少し小説寄り。ミステリーでありホラーでもあり、読者の感情を揺り動かす結末がある。フィクションならではの面白さもできるだけ盛り込みました」
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夜中に思い出すような 身近で不条理な怖さを
主人公の友部清玄は敬愛する社会民俗学者・嘉形教授の依頼で、R県の山奥にある丑土村で一夏を過ごすことになった。清玄に託された仕事は、教授が出演しているラジオ番組の人気コーナー『うしとらの村』に送られてきた怪談を整理し、丑土村にまつわるエピソードを抜き出すこと。それだけで日給2万8000円がもらえるというのだから、学生にはありがたいアルバイトだ。
もっとも作業中は村から外に出ない、仕事内容については他言無用、といった条件がある。だがそれ以上に気がかりなのは、清玄が一夏を過ごす家が、昭和30年代に起こった「丑土一家六人惨殺事件」の現場だということだ。
「最初に思いついたのは“大学生が事故物件で一夏を過ごす”というイメージでした。開け放たれた広い家で、男子大学生がパソコンに向かっているという絵が浮かんできたんです。作中の家は、田舎にあった祖母の家がモデル。田んぼに囲まれていて、風通しがよくて。事故物件として描いていますが(笑)、わたしにとっては思い出深い家です」
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清玄は投稿された怪談を読み進め、丑土村に関係のあるものをピックアップしていく。たとえばこれはある女性が20歳の頃に体験した話。その女性が彼氏のアパートに泊まりに行った際、隣の部屋から男女の言い争う声が聞こえてきた。しばらくして隣室から他殺死体が発見され、隣人は行方不明になるが、その前後の状況にはどうにも納得できない点があった……。体験談ならではの語り口と余韻の残る結末に、ぞわっと鳥肌が立つ。
「海外のホラーも大好きなんですが、夜思い出して眠れなくなるのは、こういう説明のつかない怪談。わたしが一番怖いと感じる映像は映画『リング』で流れる“呪いのビデオ”なんです。日本的な怖いものが脈絡なく羅列されて、意味が分からないのにものすごく怖い。『鬼門の村』では自分が怖いと感じるものを詰め合わせて、ただならぬ雰囲気を作り上げるようにしました」
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次の怪談では大学生4人のグループが神社に参拝するため、一泊二日の旅行に出かける。旅先で出会った男から「神域から、なんも持っていくなよ」と忠告された4人だったが、旅館に戻ると一人の男子学生のバッグから神社の境内にあった石が出てきた。その夜、メンバーの様子がおかしくなり、帰宅後も異変が続いていく。これらの怪談を結びつける共通項こそが丑土村だ。一見平和そうな山村には、どんな秘密があるのだろうか。
「土着系のホラーは、日本人にとって怖さの原風景ですよね。わたしも田舎で暮らしているので、村の怖さみたいなものはよく分かります。ただし“村ホラー”は地方への偏見やヘイトを含みがちなデリケートな題材でもある。そうならないよう地名や方言を架空のものにして、都会にも田舎にも寄らない書き方を心がけました」
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虐げられた者の怨みが恐怖とカタルシスを生む
ひとり怪談を読み進める清玄の生活は、少しずつ不穏なムードに包まれていく。家の排水溝に詰まっている誰かの長い髪の毛、家の外から聞こえる「ひいひい」という鳴き声、夜ごと訪れる悪夢。ささやかな異変の積み重ねによって、読者の想像力を刺激し、恐怖を高めていくテクニックは抜群だ。
「全体に意識したのは、つじつまの合わない悪夢のような雰囲気。文章で恐怖を表現する時は、擬音をなるべく使わず、淡々と突き放したように書くのが効果的だと思います。そうすることで読者は、自分の中にある一番怖いイメージを思い浮かべる。想像力に訴えかけるホラー小説は、映画より恐怖を表現するのに向いているんじゃないでしょうか」
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やがて一家惨殺事件の真相を知ることになった清玄は、丑土村のおぞましい過去にも迫っていく。村に根づいた因習は、清玄をも呑みこもうとしていた。思わず目を背けたくなるような真相が浮かび上がってくる最悪のクライマックスは、まさに櫛木さんの真骨頂である。
「怪談が手がかりになって、丑土村の人たちが守ってきたものの正体が明らかになる。何だかんだ言って一番怖いのは、人間の幽霊だとわたしは思います。人格のない神仏よりも、強烈な負の感情がこもった幽霊の祟りの方がはるかに怖い。どんな理由があれば人は怨霊になるんだろうと考えて、村の過去を思いつきました。あんな酷いことをされたら、祟るしかないだろうなと」
櫛木さん自身が語るように、本書はとにかく読者を怖がらせることに徹した作品だ。しかし家族との関係に悩む清玄と、村で唯一の女子高校生・矢濃佳月との関係を描いた青春恋愛小説としても読めるし、現代まで連綿と続く差別や支配の構図をえぐったテーマ性もある。
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「そこはどう読んでいただいても構わないんです。自分が怖いと思うものを詰め込んだので、まずは怖がって楽しんでください。作者は自分の作品で怖がることができないので、ちゃんと怖くなっているか判断ができない。そこが一番不安ですね(笑)。日本の怪談で化けて出るのは、いつも虐げられた弱い者たちです。この小説はムラ社会が生んだ悲劇を扱っていますし、ある意味バッドエンドかもしれませんが、弱者の復讐という側面もある。読後感は意外に悪くないと思います」
恐怖の先に待つカタルシスを味わってほしい。
取材・文:朝宮運河 写真:首藤幹夫
くしき・りう●1972年、新潟県生まれ。2012年『ホーンテッド・キャンパス』で第19回日本ホラー小説大賞読者賞を受賞。同年『赤と白』で第25回小説すばる新人賞を受賞する。著書に『死刑にいたる病』『死蝋の匣』『ふたり腐れ』など。最新作は『首なし晩餐 スローライフ警視の事件簿』。
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『鬼門の村』
(櫛木理宇/東京創元社) 1870円(税込)
大学生の友部清玄はR県の丑土村で住み込みのアルバイトを始める。社会民俗学者・嘉形教授のラジオ番組に届いた怪談を整理するというのがその仕事だ。一家惨殺事件が起きた家で、怪談を読み進める彼の身に異変が迫り……。著者初の本格ホラー長編。
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