
『カラフルアンチノミー』(シバタヒカリ/祥伝社)は、「自立した大人になりたい」と願いながらも、誰かに甘えたい気持ちを捨てきれない30歳会社員・月岡文の揺れる心を描いた作品。マッチングアプリでの出会いをきっかけに、凝り固まっていた価値観が少しずつほどけていく「脱モラトリアム」の物語である。
文は人の目を気にしすぎるあまり、自分の本音よりも「こう見られたい」という基準で行動してしまう。精神的に自立した女性でありたいと思う一方で、無条件に肯定されたい気持ちもある。そんな矛盾を抱えたまま日々をやり過ごしていた彼女は、後輩に勧められて始めたマッチングアプリで思いがけない出会いを経験する。プロフィール写真通りのかっこいい相手に胸を高鳴らせるが、現れた須良は男性ではなく「女性」だった。
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本作の魅力は「他者との出会いによって自分の輪郭が変わっていく過程」の描き方だ。豪快でまっすぐな須良のほかにも価値観の違う人々が登場し、文はさまざまな人と関わるなかでこれまで自分が信じてきた「普通」が、決して唯一の正解ではなかったことに気づいていく。
30歳という年齢特有の息苦しさを生々しくすくい上げているところも見どころだ。結婚や出産、キャリアアップなど、周囲が次々と人生の節目を迎えるなか、自分だけが取り残されているように抱く焦りは、他人事ではない人も多いのではないだろうか。
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タイトルにある「アンチノミー」とは、「両立しがたい矛盾」のことだ。自立したいのに甘えたい。変わりたいのに怖い。誰かとつながりたいのに傷つきたくない。文が抱える迷いは、現代を生きる多くの人たちの本音でもある。読後に残るのは、「無理してまで正解を生きなくてもいい」という解放感だ。迷いながらもまずは「自分の人生」を歩くこと。そう背中を押してくれるような作品だ。
文=馬風亭ゑりん
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