
ゆるく笑える記事やラジオなど、多岐にわたる発信をおこなっているWebメディア「オモコロ」。2026年2月20日に、編集長を14年間務めていた原宿氏が退任し、みくのしん氏が新編集長となった。
原宿氏はオモコロの黎明期からライターとして記事を執筆、2012年に2代目編集長となって長らく同メディアの顔を務めた存在。退任の際にはネット上で大きな話題にもなった。編集長を退いた原宿氏に「オモコロ」に対して思うこと、そして自身の今後の展望を語ってもらった。
――14年間のオモコロ編集長業務、お疲れさまでした。1ヶ月ほどたった今(取材時は2026年3月)、改めて心境のほどをお聞かせください。
今は、辞めて良かったなと感じています。というのも、オモコロ新編集部が活発にライターとやり取りをしていたりして、すごくやる気が感じられるんですよね。僕があんな風に活気のある姿の編集部にしたかったんですけど、僕の代はみんなが手を抜くっていう文化が育ってしまって。体制が変わったことでいい効果が生まれました。
続きを読む
新編集部は、みんなすごいですよ。記事の感想をものすごい長文で送ったりしていて、やる気がありすぎてちょっと怖いぐらいです。やりすぎると続かなくなっちゃうので、ちょうどいい塩梅を見つけてほしいですね。今はとにかく雰囲気が良くて、やるぞっていう前向きな気持ちが伝わってくるので、本当に良かったなと思います。
――新編集長をみくのしん氏に決めた決定打はあったのでしょうか?
正直「オモコロ新編集長、こんなに顔がかっこいい人になったんだ」とか「東大卒なんだ」みたいな驚きが欲しかったなとは思いました。でも、みくのしんが一番ライターさんとのコミュニケーションが得意というか、求心力のある人間なんですよ。その周りを恐山、雨穴、かまど(いずれもオモコロ新編集部のメンバー)みたいな利発な人間たちが囲む構成がいいんだろうなと感じてます。
――みくのしん氏が入社した頃から、交代というのは考えていたのでしょうか?
続きを読む
いや、全く考えていなかったです。最初は、僕が永遠に絶対王政みたいな独裁政権を何十年も続けようかと考えてました。編集長を誰かに譲るとかもなく、死の直前まで続けてぺんぺん草も生えないような更地に戻るっていうのが一番美しいのかなと。「オモコロ」を閉鎖するところまで、俺がやるべきなんじゃないかと考えていた時期もありました。
だけど誰かにまるっと任せて、刺激的で全く新しいことが起こってほしいとも思っていて。それで編集長交代を考え始めて、「オモコロ」の中の人間だったら、みくのしんだなとなりました。俺と共に、誰にも読まれない老人だけが出ているメディアに成り下がる未来よりは、一気にパッと変わった方がイチ読者としてもフレッシュで面白いかなと思ったんですよね。

――ゲスト出演されたラジオ「WEDNESDAY HOLIDAY」で、「オモコロ」の存在意義について語っていましたね。
続きを読む
僕自身が、スチャダラパーとか電気グルーヴとか伊集院光さんを見てきた世代なんですが、彼らはなんだか遊んでるようにしか見えないんですよね。楽しそうだったり、ふざけたりしているようなのに、食べていけている。そんな人たちを見ると、なんか大丈夫なんだなって感覚になるんです。「オモコロ」も結構似たような空気があると思っていて。「オモコロ」を見て、真面目に生きすぎなくてもいいかって、どこかで誰かが思ってくれてるだけでも充分だなっていう感じですね。
僕は28歳まで無職だったし、受験もしてないし、手に職もない。でも、こういう遊びながら仕事してるように見える人がいると、読者も肩の力を抜いて、自分たちが楽しいことばっかりやってても、生きていけるんだなって思うんじゃないでしょうか。人生、楽しんだもん勝ちってところもありますしね。
――「オモコロ」が訴えているのは勇気の重要性だ、というお話もありました。こちらについて詳しくお聞きしたいです。
続きを読む
勇気っていうのは、一つのキーワードではあると思うんですよね。インターネット的な面白さって少しの勇気から生まれると思ってるんです。「これ面白いのかな?」みたいなよく分からないものも、表に出してみると反応が返ってきて「そういう感じで見てもらえるんだ」って知ることができる。そうやって、自分の表現の手段が磨かれる。モノを作るって、自分の外に出してみないことには何も分からない、という部分がすごく大きいと思うんですよね。個人の中に埋蔵された面白さがあって、それを「面白いですね。やりましょう!」と掘り起こすのを手伝えるだけで、「オモコロ」的なメディアには意味があると思うんですよね。
だからできるだけ大勢の人に、勇気を持ってほしい。「オモコロ」を見ていて「なんだか俺もできそう」とか思ってもらえたらいいなと思います。「勇気だ!」とかことさら大声で言うわけじゃないんですけど、なんとなくふわっと感じてもらえればいいかなと。
続きを読む

――過去、編集長でありながらも「権力を集中させたくない」といった、常に一歩引いた視点をお持ちだなと感じていました。このような考えに至るのには、きっかけがあったのでしょうか?
やっぱり、権力は腐敗するっていう原理原則があるので。長いこと同じやつが実権を握っていたら、おかしいことになっていくのはどこの世界でも同じなんじゃないかと思ってます。
根底に、「誰か一人がすごいわけじゃない」という想いがずっとあるんですよ。「オモコロ」って一部の表に出る人間が作ってるように見えますけど、裏側でサイトを構築している人とか、サーバーを維持してくれる人がいて成り立っています。「ストレスなく記事を読んでもらうためにどうするか」とか、面白さ以外のことがかなり重要なんです。面白いライターがどれだけいても、日々の雑務をこなす人がいなければ、面白いことなんて何一つできない。結局、一人の力で成し遂げられることなんてないんですよね。みんながそれぞれ弱くてすごくて、それで支え合っている。
続きを読む
だから「オモコロ編集長=原宿」と、固定化されるのは良くないなって思いました。いろんな人が代わる代わるトップに立った方がいい。この考え方は、子供の頃からずっと変わらないですね。どんなスターだって、ファンや社会に支えられて存在しているわけですから。誰かじゃなくて、みんながすごいんだからさっていう気持ちがずっとあります。
――肩書きがなくなった原宿さんは、今後何者になっていくのでしょうか?
実際、なんだか自分のことが説明しづらくなった感覚はあります。例えば、本の帯のコメントを求められても、今までは「オモコロ編集長」と書かれていたのが、「オモコロ元編集長」となると引っかかりますよね。そもそも「オモコロ」自体、世間一般で誰もが知るネームバリューがあるわけじゃないのに、その「元」って一体何なんだよ、と。
ここからまた、何かを積み上げなきゃいけない。大変ですけど、例えば「いとうせいこう」って、もう肩書きなんていらないじゃないですか。「みうらじゅん」も「宇多丸」も、名前そのものが一つの概念として成立している。僕も、一歩一歩そこへ向かっているんだと思います。名前そのものが看板になり、「オモコロ」といった説明すら不要になる領域。僕がそこを目指して歩く背中を見て、みんなにも「自分もやってみようかな」と思ってもらえたら嬉しいですね。
続きを読む
――そのモチベーションってどこから来るのでしょうか。
抵抗。死への抵抗からですかね。
――4月29日に行われる「原宿引退式(仮)」について情報をお聞きしたいです。
まあ、トークショーなんでしょうね。復讐というか、そんな場所を作ったことを後悔させたいっていう怒りの表明の場になると思います。それがどういう形かは言葉でなかなか表現できませんが。こう、マグマのような感情が表出される感じだと思います。

――原宿さんご自身の今後の展望をお聞かせください。
ちょっと、ハゲ始めてきてて。見た目に老けが見え始めたんですよ。今は「オモコロ」で表に出て喋ったり、YouTubeチャンネルで動画を撮ったり、見た目も含んだ仕事が僕のポートフォリオのメインになっちゃっているので。老けるに連れて、これをリバランスしないといけないんじゃないかっていうのを感じます。表に立たないでできる仕事として、動画とかポッドキャストじゃない形で何かやってみたいですね。
続きを読む
――自分の収入を上げることよりも、「何をやるか」の方に重きを置かれているのでしょうか。
そうですね。金よりも先にくる強い動機が大事というか、魂を救われたい。俺の魂をどう救うかって問題に立ち向かっていかないといけないです。「オモコロ」は今後みくのしんたちが好きに運営するとして、俺はもっと根本的な自分の魂の器みたいなものを作りたいです。それは、もしかしたら小粋なバーかも? オーセンティックなシガーバーかもしれない。
でも、今一番しっくりきてるのはカヤックです。魂の旅路に漕ぎ出す、カヤック。それでどこか大きな海に向かう自分の姿のイメージが湧いています。鬱蒼としたマングローブの林の中を、孤独に進みたいというイメージ。カヤックが俺を救うんじゃないかという、漠然とした希望だけがあります。
――魂が救われてしまったら、モチベーションがなくなってしまうのでは?
確かにね。飢え続けていた方が、自分からチャレンジしていけるかもしれません。そういう意味では、俺という人間は欲望が強いのかもしれないですね。飢え続けて、おもしろの悪魔になって、チェンソーマンと戦いたいですね。

取材・文=岩﨑彩乃、撮影=是永日和
記事一覧に戻る