
現代文学のモンスターと呼ばれるロシア人作家のウラジーミル・ソローキン。国書刊行会創業50周年記念として新装版が発売された、彼の短編集『愛』を読んで、そのグロテスクで奇妙で狂気に満ちた文体と物語に感激し、もうひとつの新装版『ロマン』(国書刊行会)を手に取った。
もう後悔しています。手に取るべき一冊ではまったくありませんでした。精神……崩壊します。感情……ぐちゃぐちゃになります。鼻水……止まりません。脳みそ……たぶん一回取り出して綺麗に洗わなければもうこれまでと同じようには機能しないと思います。やばいです。とにかくやばすぎる本です。これ以上にやばい本を筆者は知りません。健全な人生を歩みたい人は読まないほうがいいです。本当に。これが最後の忠告です。
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感情が昂りすぎて、ですます調の文章になってしまった。とにかくやばすぎる本を読んでしまった。ひとつ前に読んだ短編集『愛』もなかなかのものだったが、『ロマン』は長編小説のため、読み終えた時の衝撃は桁違いだった。
これ以降の文章を読んでくれるということは、精神や肉体的な機能に異常をきたしてもいい覚悟ができたのだと考えて、書き進めていく。
まずはカバー。……物々しい。あまりに物々しい。死、肉体、地獄、暴力、絶望を具現したような絵が並んでいる。帯にも同じような恐ろしい絵が描かれていて、こう書かれている。
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引用----
創造的破壊とはこのことか。その禍々しい仕業と偉業に震撼せよ。
屍体凌辱、カニバリズム、スカトロジー満載の過激なスプラッター描写によって、ロシア文学とエクリチュールの歴史を暴力的に解体していくのだ。
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そしてページ数……解説を入れると、なんと800ページ!
この時点であまりに恐ろしすぎる。
どんな話なのか。主人公はロマンという名の青年。優秀な弁護士として都会で働いていたものの、思い立って故郷に戻り、画家になって第二の人生に踏み出そうとする。温かく迎えてくれたのは叔父と叔母。故郷の自然豊かな森での狩猟や、小作人たちとの農作業に精を出したり、初恋の女性と再会したり、都会の生活で忘れていた人間としての生活の喜びを噛み締める。そして運命の女性と出会い……。
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あれ……?
あれ、と思う。いつまで読んでもいつまで読んでも、帯に書かれていた暴力的な解体とスプラッターが出てこないではないか。とにかくロマンは幸せいっぱい。叔父や叔母を含む、幼い頃のロマンを知る旧知の仲間と大いに語り、大いに笑い、とにかく幸福の喜びに包まれているのだ。
実はこの幸せなシーンは、トルストイやドストエフスキーやチェーホフといった偉大なる文豪たちが遺した19世紀ロシア文学の巧妙な模倣と戯画化をやっているにすぎない。とにかく19世紀ロシア的な幸福な生活を存分に楽しませて楽しませて、もう帯に書かれていた「暴力」だとか「スプラッター」だとか「屍体凌辱」だとか、そんな言葉を忘れた頃に、それは突然、やってくる。実際、筆者は本文を読みながら何度も何度も帯の文言を読み直したほどだ。
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そのあまりの衝撃たるや……。文字通り、読みながら椅子から立ち上がり、思わず叫んだほどである。「やばいやばいやばいやばいやばいやばい」と声が漏れ続けていた。ロマンの第二の人生の幸福に寄り添い、こちらが微笑んでしまうほどの温かさに包まれていればいるほど、この衝撃は恐ろしい。
本を読んでいて、これほどの衝撃に撃ち抜かれたことはない。文字通り、脳天をぶち抜かれたような感覚だった。日本三大奇書として『ドグラ・マグラ』が挙げられ、これを読むと一度は精神に異常をきたすとまことしやかに言われている。もちろん筆者も読んだことがある。が、『ドグラ・マグラ』で精神に異常をきたさなかった筆者が断言する。正直に言って『ロマン』を読んだほうが精神に異常をきたす。これは劇薬の中の劇薬。危険物の中の危険物。毒物の中の毒物。奇書の中の奇書……。
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しかしこの衝撃は、もはや二度は味わえない。ただ一度切りの甘美な毒なのだ。この一冊はどうか精神の丈夫な人にだけ読んでもらいたい。椅子から転げ落ちたり、膝から崩れ落ちたりしてしまう危険性もあるので、できればベッドに寝転ぶか、地面に座って読むことをおすすめする。
文=奥井雄義
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