
家族に虐げられている不幸なヒロインが、夜会でヒーローと運命の出会いを果たす。そんなロマンチックなシチュエーションで幕を開けた物語はその後、衝撃の展開をみせる。ヒーローがヒロインの腕を掴んだ瞬間、「ごきっ」という鈍い音が響き渡り、彼女の手首にヒビが入ってしまうのだ――。
負傷という思いがけないアクシデントから始まる、異色のロマンス『社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~』(来須みかん:原作、霜月かいり:漫画/白泉社)。ユニークなフックが目を引く溺愛ラブストーリー。最新刊の第3巻を中心に、シリーズの見どころを紹介したい。
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ファルトン伯爵家の長女セレナは、派手な化粧と露出の多い下品なドレスを身にまとい、異母妹のマリンを「愛人の子」と罵る悪名高い毒婦である。だが、その姿は偽りのものだった。父の愛情は継母とマリンにしかなく、言うことを聞かないと食事も与えられないセレナは、悲劇のヒロインになりたいマリンの前で悪女を演じることを強要されてきたのである。

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ある夜会でマリンはバルゴア辺境伯の令息リオに狙いを定め、セレナはいつものようにマリンを虐めだす。ところが世間知らずに見えたリオは、セレナの演技をあっさりと見抜き、自身のせいで手首にヒビが入った責任を感じて彼女を保護した。リオや彼の親族は、世間の声に惑わされることなく人の本質を見抜き、セレナが置かれてきたあまりに過酷な状況に憤る。あたたかな人たちの中でセレナは居場所を築いていくが、マリンはリオを諦めず、父親もとある理由から娘のセレナに悪意を向け続けるのだった。
第3巻では、セレナの父が過去に行った犯罪を暴くために、セレナとリオが力を合わせてファルトン邸に乗り込む。証拠を掴むためにあえて危険な状況に身を置くセレナや、彼女を守り抜こうと奮闘するリオを筆頭に、さまざまな思惑を抱えた人たちの心理戦に手に汗を握るだろう。セレナと出会った当初のリオは純朴な好青年の印象が強かったが、本巻では王国一の戦力をもつバルゴア辺境伯の令息らしい末恐ろしさを発揮する。セレナに危害を加えようとする人に向ける冷酷な表情が絶品で、これまでの姿とのギャップにゾクゾクさせられる。ワンコ系ヒーローがみせる溺愛と執着は、本作の何よりのときめきポイントだ。
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かつてのセレナは父親への恐怖で心を縛られていたが、リオとの出会いをきっかけに強さを手に入れ、自らの手で呪縛を断ち切り家族の闇を暴こうとする。セレナの成長や活躍には目を見張るものがあり、彼女を苦しめてきた人たちが相応の報いを受ける様は、とびきりのカタルシスをもたらすだろう。前半では緊迫感あふれるサスペンスを堪能し、後半では軍事面は強いが恋愛にはポンコツなリオと、奥手なセレナのじれじれなロマンスに身もだえする。重厚な人間ドラマと極上のロマンスが絶妙なバランスで共存する本作は、読み終えたあとに確かな充足感と幸福感を与えてくれるはずだ。
文=嵯峨景子
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