
3月24日、歌舞伎座タワーにて、「月イチ立ち読み読書の会」が開催された。
本イベントは、ダ・ヴィンチweb編集部がセレクトした作品を、参加者全員で会場にて「立ち読み」し、感想を語り合う読書会。
今回取り上げられた作品は、吉本ばなな先生の『TUGUMI 新版』。中央公論新社140周年を記念して新版が出た不朽の名作を、参加者全員で立ち読みした。
主人公は、病弱がゆえに甘やかされて育った、生意気でずるくて甘ったれな美少女・つぐみと、彼女の家族が営む旅館に帰省した、いとこのまりあ。ふたりが遭遇した様々な出来事をみずみずしく切り取り、少女たちのひと夏に交錯する二度と戻らないきらめきを描いた物語だ。
本作の書籍化時の担当編集者である渡辺幸博さんを会場に迎えて開催された、読書会イベントの模様をレポートする。
『TUGUMI』刊行当時の担当編集者が語る、吉本ばなな先生のエピソード
読書会が始まり、渡辺さんから挨拶の言葉をいただいた後、早速40分間の「試し読み読書タイム」がスタート。参加者がそれぞれのペースで読み進め、あっという間に時間が過ぎていく。

「もっと物語に浸っていたい」と後ろ髪を引かれる思いを共有しながら、渡辺さんへの質疑応答タイムに入った。
まずは司会から「初めて吉本ばなな先生に出会ったときの印象」について質問が投げかけられた。渡辺さんは吉本ばなな先生と同学年。入社して2年目に、上司から「雑誌『マリ・クレール』の連載がまとまるから(書籍化を)やってみろ」と振られ、『TUGUMI』の担当になったという。
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「お目にかかったのは『TUGUMI』が刊行された1989年の前年の秋、当時は『キッチン』が出ていた頃でしたね。繊細で、かつ目は鋭い、という第一印象でした。それはその後もずっと変わらないんですけれども。当時は、なんとなく蒼い空気感が作品から漂っているような気がしていました。実際に仕事を始めてみて、入り口の柔らかさと、芯にある非常にしっかりした譲らないところと、両面をお持ちの方だなというのは常に感じていましたね」(渡辺さん)
本作のあとがきには、「つぐみは私です。この性格の悪さ、そうとしか思えません。」と綴られている。この印象的な一文に関して、「ばなな先生からつぐみを感じることはありますか?」という質問が上がった。
「ばななさんから、つぐみを日常的に感じることはないです。でも、つぐみのような面と、つぐみに振り回されるまりあのような常識的な面と、両方お持ちなんだと思いますね」(渡辺さん)

今回、新版として発売された『TUGUMI』。その魅力は、「色褪せないストーリーと古びない文章」にあるという。渡辺さんは、本作がブームになった当時のばなな先生のインタビューを回想しながら語った。
「『TUGUMI』がブームになって、既に翻訳版も出ていたとき、いくつかのインタビューに立ち会ったことがあるんですけれども。そのとき『なぜ吉本ばなな先生の本がそんなに読者に届くのか、あるいは、国を超えて届くのはなぜか』みたいな質問がありました。それに対して、ばななさんは『夕日を見て美しいと思う気持ちは時代も国も超える。そういうところを私が書こうとしてるから、きっと伝わるんだろうと思う』とおっしゃっていたんですね。『TUGUMI』が出版されたとき、こんなに長い年月愛され続ける作品になるっていう確証があったわけじゃないですけれども、この話の普遍性みたいなものは1年経っても2年経っても10年経っても20年経っても変わらない、というのは、感じていましたね。そんな作品に編集者人生の最初に巡り合えたのは、すごい幸運だったなと思います」(渡辺さん)
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本作の書籍化当時は、感想などを書いて出版社に送ることができる「読者カード」を挟んで販売していたのだという。返ってきた大量の読者カードを分析してみると、吉本ばなな先生と同世代の10代から20代の女性が多かったそうだ。
「読者層は、今はもっと広がっていると思います。吉本ばななや『TUGUMI』を知らない中学生、高校生にも、新たに刊行された新版で読んでほしいですし、働く女性が主人公の作品を書いている吉本ばななを知ったあと、もう一度『TUGUMI』に戻ってきてくださる方がいてもいいのかなとも思います」(渡辺さん)
続いて、渡辺さんは、吉本ばなな先生一家と過ごした夏の思い出も明かした。
「吉本家の皆さんは、西伊豆に7月の末ぐらいから8月のお盆ぐらいまで、結構長く逗留されていて。担当者の何人かは1泊、2泊ぐらいでお邪魔していました。お姉さんで漫画家のハルノ宵子さんは、だいたい宿の食事を軽く済ませて、その後飲みに行くぞって連れ出してくれて、『焼き鳥屋さんだけど、岩のりラーメンが美味しいところがある』とか、開拓しては夜な夜な行ったり。昼のランチだと、今度は『漬け丼の店で美味しいのがあった』とかって、毎年そうやって見つけておいて連れていってくださいましたね。20代の青年たちの集まりですから、学生コンパと変わらないような飲み会のノリで過ごすと。一方で、吉本さんのお父さんの吉本隆明さんのほうの編集者とかは、部屋で焼酎や泡盛で、だいぶ硬い話もしてらしたような気がします」(渡辺さん)
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知られざる吉本家の夏の様子を垣間見た参加者からは、感嘆の声があがった。渡辺さんは、「本当にあのときしかなかった瞬間だったんだろうなと。『TUGUMI』に出てくるような綺麗な思い出じゃないですけれども、ひとつの夏の思い出ですね」と、しみじみと語った。
『TUGUMI』と言えば、銅版画家の山本容子さんによる装画も印象的だ。渡辺さんは、本作が爆発的に売れた当時の単行本の原本を見せながら、装画についての裏話も語った。

「単行本のカバーを広げたよりも、ふた回りくらい大きい山本さんのエッチングの原画がありまして、単行本版には、あとから出る文庫版よりも華やかで軽めの彩色が施されています。単行本版のカバーのタイトルの背景の題簽(だいせん:四角く塗りつぶされた部分)はピンクで、中身の本の表紙も見返しもピンクで、このデザインも人気の理由だと当時言われていました。それで、文庫本にするときに『TUGUMI』と言えばピンクですよね、ということを背表紙の色を決める際に聞いたら、吉本さんが『実は私、ピンクはあまり好きではない』と。危ない危ない……と(笑)、吉本さんの好きなオレンジ色になりました」(渡辺さん)
『TUGUMI』が一世を風靡した当時の単行本を回覧しながら、参加者から質問、感想を聞いた。
中には、「学生のときに本屋さんでハードカバー版を見て、『こんなかわいい本が欲しい』と思って買った」と、単行本にまつわる思い出を明かしてくれた参加者もいた。
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単行本版と文庫版では、カバーに配置されている絵柄が異なっているという。また、文庫新版では旧版の装丁をそのまま引き継いでおり、タイトルの下に小さく「新版」という文字が加わったのみだそうだ。
“天才”の作品をそのまま世に出すために。本作りの舞台裏とは?
話題は渡辺さん自身の編集者としての仕事のことに移り、作家の作品作りに伴走する裏方ならではのお話をうかがった。
まず参加者から寄せられたのは、「編集者と作家の間でどうアイデアを積み上げていくのか」について。渡辺さんは、編集者によっても違うとしたうえで、自身は作家に対して「伴走者」や「キャッチャー」であると語った。
「基本的に作家のほうがオリジナリティを出そうとしますので、編集者はむしろ、それを後押ししていく感じになりますね。もちろんケースバイケースではあるんですが。やっぱり、降りてきた創作のテーマみたいなものが、常に新しいものなのだと思うので、いちばんに伝えたいものが伝わるようにする、そのお手伝いをするのが編集者かなと。0から1を作るのは作家の仕事で、むしろ『それはダメ、つまらない』とダメ出しされるために編集者側がいろんなことを言っていく。どんどん削っていく過程で残ったものが、『今度はこれを書こう』っていうふうになったりする感じですかね」(渡辺さん)
続いて、「吉本ばななさん唯一無二の文体や物語は、才能によるものなのか、努力して磨いていったのか?」という質問が寄せられた。回答の中では、渡辺さんと吉本ばなな先生が、どのようなやり取りをして作品を作っているのかが明かされた。
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「最初に、吉本ばななという才能……天才があった上に、どうやって届けるのかという技術的なところの工夫があると思います。天性のものに加えて、届けるまでの執着からくる、粘り強く文章を整える過程があることは、編集者としてゲラにエンピツを入れているとよく分かります。『普通の日本語として、ここに点があった方が主語と述語が分かりやすい』とか、『こうだからこうじゃないですか』などと、編集者的には鉛筆で疑問出しをするんですけど、『いや、これは違うんだ』みたいにはっきりと返ってくることがあって。独自のスタイルをもとにして、この文章が選ばれているっていうことはとても感じますね」(渡辺さん)
渡辺さんは、吉本ばなな先生の文体の魅力として、「皮膚感覚で空気が分かるような言葉選び」があると語る。
「夏の海の空気感、これから夏が来るぞっていうときの空気だとか、夏が去ろうとしている時間だとか、砂浜の湿った感じとか、ちょっと書くことでものすごくビジュアルイメージが浮かんで、皮膚感覚で分かる感じがしますよね。じゃあ、似たような体験をした自分の日記にそれを書けるか、というと書けない。言葉の選び方や、シーンの切り取り方は、本当に真似できない作家性なんだろうと思います」
「ばななさんが天才すぎて、これ以上分析できない」という渡辺さん。会場からも笑い声がおこった。

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続いての参加者からの質問は、「仕事の面で、吉本ばなな先生から渡辺さんが受けた影響や変化」について。部署が変わり、直接本を作る場所から離れた今、渡辺さんは吉本ばなな先生について「ひれ伏すべき天才」だと語る。
「崇め奉っているわけではないんですけど。世に出すときに『邪魔しちゃいけない』っていうか、『邪魔するものがないようにしよう』みたいな感じで、僕は付き合っていました。編集者のタイプの中には、自分から作家に球を投げる人もいれば、受け止める側の人もいるんですけど、僕が吉本さんに向き合うときには、なるべく吉本さんがやりたい形になるように、会社をどうやって説得しようか……みたいな感じでしたね。あの人の邪魔になることは先に除けておくんだ、と思っていました」(渡辺さん)
「ばななさんのものをそのまま読者に届けるためにどうしたらいいだろう、と思って過ごした30年だった」と語る渡辺さん。吉本ばなな先生とそのように向き合えたのは、自身のキャリアの最初の頃に本作と出会えたことも大きいという。
「最初の2、3年の駆け出しの編集者として出会ったからそういうふうにできたのかもしれないんですけども。10年選手で、自分がまあまあ本を作ってきたって思っているときに、すげえ才能のある若い女の子が出てきたぞ、となれば、俺のアドバイスでよくしてやるみたいに思ったかもしれないですけど、そんなレベルじゃなかったので」(渡辺さん)
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吉本ばなな先生は、基本的には自分で色々と仕切れる人だそうだ。渡辺さんは、そんな吉本ばなな先生に言われた印象的な言葉も明かしてくれた。
「具体的に褒められた思い出と言えば、取材旅行に行った後、『渡辺君はアルバム作ってくれるのが早い』って言われたこと(笑)。昔はちゃんとプリントしていましたから、ミニアルバム3、4冊分くらい写真を撮って、すぐ現像してすぐ入れて、すぐ送ってというのを心がけていましたね」(渡辺さん)

印象的なカバーをあえてそのまま採用した新版。今の若い世代にも読んでほしい
あっという間に、読書会の閉会の時間が近づいてきた。最後に、現在の吉本ばなな先生の担当編集者で、新版の『TUGUMI』を担当した、中央公論新社の角谷涼子さんからもコメントをいただいた。
「新版の『TUGUMI』は、中央公論新社が140周年を迎えて、会社を代表するミリオンセラー作品を新たに届けていこうというシリーズのひとつです。他には、吉田修一さんの『怒り』や、角田光代さんの『八日目の蟬』が新装版で出ているのですが、『TUGUMI』は、やはり山本容子さんのカバーが素敵なので、あえて変えずにそのままに。「映画『つぐみ』について」という吉本さんのエッセイと新版あとがきを増補し、映画でつぐみを演じた俳優の牧瀬里穂さんに帯コメントをいただきました。時代を超えた名作なので、今まで読んだ人も、今の10代、20代の人にも、新しい気持ちで手に取ってもらえたら、ということで企画した作品です。なので、今回まさに、昔読んだ方にも、初めての方にも読んでいただけて、とても嬉しく思っています。ありがとうございました」(角谷さん)
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そして、渡辺さんからも、最後にコメントをいただいた。
「この本は、私自身のキャリアが浅いときに出会ったんですけれども。特に、本の帯の文言を作ることは、編集者の大きな仕事のひとつです。あの頃、ずいぶんと悩みつつも、一生懸命『この本の中のここが私は好きだ』という一行を抽出しました。それが『2度とかえらない 少女たちの輝かしい季節』という一文です。そのまま本文に出てくるわけではないんですけれど、本文の中に散りばめられてる言葉を集めて考えました。誰が帯を書いたかなんて表には出ないですけれども、自分としては『俺の書いた宣伝文が170万部出たのか』みたいな。『この本のここが好きだったぞ』とこれだけ広く大勢の人に発信できる裏方になれたこと自体、今思うと、すごい作品に奇跡的に出会えたなと思います。本日はありがとうございました」(渡辺さん)
温かい拍手の中で、イベントは幕を下ろした。
現在に至るまで広く読まれ続けている、不朽の名作『TUGUMI』が、よりいっそう奥行きを増し、鮮やかに立ち上がるひとときとなった。
「再読」の感動と「初読」の感動が交錯した読書会
本イベント終了後、参加者からは次のような感想が寄せられた。
「数十年ぶりに読み返すので、中身なんて完全に忘れていると思っていたら、じわじわ思い出が蘇ってくるものですね。当時、普通の高校生だった私にとって、特別な境遇や経験を抱えて自分の内面を見つめながら生きている登場人物たちは、大人っぽくて、でもどこかこそばゆい憧れの存在でした。久しぶりに思い出したみずみずしい甘酸っぱさにキュンとなりました」(参加者)
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「スマホやSNSなど、今どきのものにひとつも触れられていないのに、全く古さを感じないと、40分間読みながら感じていました。その色褪せなさについて、渡辺さんが話してくださったのが嬉しかったです。当時の編集の様子をうかがって、『TUGUMI』をより近しく感じました」(参加者)
「初版時はまさにターゲットとなる世代でした。時を経てまた出会うことができて感慨深いです」(参加者)
本レポートをきっかけに、『TUGUMI 新版』を手にとって、2度とかえらない少女たちの輝かしい季節に想いを馳せてみてはいかがだろうか。
文=ネゴト /桜小路いをり
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