※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年5月号からの転載です。

1980年代後半から90年代前半にかけて起こった空前のバンドブーム。ちょうどその頃にデビューしたバンドマンたちがこの数年次々と還暦を迎えているが、中でもスペシャルなひとりである大槻ケンヂさんも、今年ついに大台に乗った。
そんなとてもめでたいタイミングで出版されることになったのが本書『幻と想』だ。
「自選詩集として、還暦記念に出しませんか、って声をかけてもらったんです」
大槻さんの詩集は『リンウッド・テラスの心霊フィルム』『花火』に続く三集目。前作は2003年の出版なので、詩集としては実に23年ぶりの上梓になる。
「それだけ長く生きてしまったということですかね。いや、本当にありがたい話です」
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まるでショートショート 歌の中で展開する不思議な物語
バンドブームの頃しか知らない層は、大槻さんといえば「元祖高木ブー伝説」や「日本の米」など、シャウト系のコミカルなテイストの曲を真っ先に思い浮かべるかもしれない。しかし、アマチュア時代も含めるとアーティスト歴40年を超える大槻さんの世界はもっと多彩で多様だ。
今回収められた歌詞は03年から25年までの音楽活動――筋肉少女帯や特撮は当然ながら、ソロワークから他アーティストに提供した歌詞まで含む中から選ばれている。まさに「よりぬきケンヂさん」とも言うべき内容で、作風の幅広さには改めて感動を覚えるほどだ。
「選ぶにあたっては、読み物としても楽しんでもらえるものを優先しました。歌詞とはいえ、ちょっとショートショート的な面がある、つまり物語として成立しているタイプのものですね。たとえば《タイムトランスポーター2 「最終回ジャンヌダルク護送指令…放棄」》なんかはもう完全にSFですし」
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ざっくり説明すると、時空を超えて運び屋をやっているらしき男が、あのジャンヌ・ダルクを救出するよう命じられ、無事現代に連れ帰るも、タイム・パラドックスを恐れた者たちによりジャンヌの殺害を命じられる、という内容だ。
「タイムトラベルものなんですよね。僕もこれは相当おもしろい変なものを書いたという自覚があって、完成したときはうれしかったです」
原稿用紙2枚に収まるほどの文字数だが、ドラマ仕立ての展開は1編の小説に仕立てられるだろうと思わせるほど、濃い。
「まあ確かにそうかもしれませんが、小説の場合はやっぱりディテールや伏線など、いろいろやらなきゃいけない作業があるんですよ。一方、作詞はキャラ設定とざっくりしたあらすじだけで、あとは音楽の方で補足してもらうっていうことが可能です。『オーケンの歌詞はどれでも小説化できるんじゃないの』とはよく言われるんだけど、なかなかそううまくはいきません」
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それにしても、こうした物語性に満ちた歌詞を生むイマジネーションの源泉はどこにあるのだろうか?
「それはもう僕が子供の頃から読んだり観たりしてきた小説やマンガ、映画にあると思います。星新一、筒井康隆、永井豪、それから諸星大二郎。こういう諸先生方に大きな影響を受けました。あと、藤子・F・不二雄先生のSF系短編もあるな。そういったところに強い影響を受けているというのは自分で感じます」
「うまいな」と思うのは人情喜劇系の歌詞
今回の詩集は03年以降の活動を6期に分けて6章仕立てになっていて、各章冒頭には各時期の活動や、その頃に書いた歌詞について自己解説するページが設けられている。解説の中には、たびたび自画自賛の言葉が登場する。自選詩集なのだから作者が気に入っているのは当然だが、客観的かつストレートに自作のよい部分を称える姿は清々しい。
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「だって頑張って書いたから。僕はどうもちょっとコミカルな要素が歌詞の中にうまくあてはまるとうまくできたって思うタイプみたいなんですね。大人向けのマンガ雑誌で、ベテランのマンガ家が描くよくできた人情コメディーみたいな歌詞を書けると、我ながらよくできたなと思うタチなんですよね。だから、今回の詩集の中でもそんな感じのものが多いかな」
代表例として大槻さんが挙げたのは「3歳の花嫁」だ。
これは、余命幾ばくもないと診断されたシングルファーザーが、「パパと結婚する」と無邪気に言う3歳の娘のために箱根で娘との冗談の結婚式をあげる、という歌詞で、筋肉少女帯の曲の中でもとびきり泣かす曲としてファンの間で定評がある。発表は17年だが、この時期の大槻さんは作詞マシーンとして乗りに乗っていたそうだ。
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「ロックの詞って、どちらかというと物語性よりエモーショナルなものを期待される部分があると思うんですけど、技術性は意外にあるんです。落語やお笑いで『うまいね、どうも』って褒められるようなジャンルがありますが、『3歳の花嫁』はそのタイプの典型だと思います。『彼は技術的にうまくクリアした』みたいな感じです。エモいといえばエモい内容だけど、完全に心の底からのエモ系じゃなくて、詞の世界の中で一つのストーリーがなりたっている。そして最後はちゃんと落ちる、っていう形のものを僕は求めています」
また、今回改めて対象となる時期の全詞を読み直すことで、自分自身新たな発見もあったという。
「昭和の頃、つまり僕が少年の頃に見ていた日本の映画には美少女とおじさんの組み合わせで進む物語が、コメディーでもシリアスでも多かったんですよね。恋愛とかじゃないところに独特の哀愁があって、僕は好きだったんだけど、今回いくつかそういうタイプの歌詞があって、やっぱり昔観たものにあこがれがあったというか、影響されているんだなっていうのはしみじみ思いました。また、昭和の男性文化には男は女のために愚かになるけど、女は最後に裏切る、みたいな共通観念があって、だから男だけのコミュニティに救いを求めるような風潮があったんですよ。『ドンマイ酒場』なんてまさにそれを描いたものです」
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「ドンマイ酒場」は人生に失敗した男たちが酒場に集まって、お互いにドンマイドンマイと慰めあいながら飲み明かすストーリー。やるせなさを抱える男たちへの応援歌のようでいて、最後にはやぶれかぶれなオチが待っている。ただ、そうした文脈の歌詞は今後自作の中には無くなっていくだろうと予測しているそうだ。
「昭和のそういう文化が今はもう無くなっていることを自覚しているというか、ちゃんとコンプライアンスなんかを気にしているわけですよ。令和のロックでは昭和平成の価値観が入り込んだようなのは適切ではないし、共感は得られないでしょうし。だから、もし第四集が出るようなことがあったとしたら、まったく違うテイストになると思います」
今回の詩集は作詞家として一つの区切りになるという大槻さん。
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「時代が変わり、意識も変わり、という中で60代からはどんな詞を書くんだろうな、テーマは何だろうなとか、自分でも興味深いです。ダイレクトに世間に物申すおじさんの詞だけは書かないようにしようと思っているんですけどね。そうなりがちだから。あと、同世代頑張れソングも僕から見ると大概あんまりうまくいっているのがない。直接的な言葉を選んじゃうからだと思うんですけど。僕の詞はどこに行くんだろうな。たまに何か浮かぶこともあるんですけどね。自分でも今後が楽しみでならないですよ」
取材・文:門賀美央子 写真:川口宗道
おおつき・けんぢ●1966年、東京都生まれ。ロックバンド「筋肉少女帯」および「特撮」のボーカリスト。ソロ活動もするほか、作曲家、作詞家、文筆家としても活躍。94年に「くるぐる使い」、95年に「のの子復讐ジグジグ」で星雲賞を受賞。著書に『医者にオカルトを止められた男』『今のことしか書かないで』など多数。
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『幻と想 03-25 大槻ケンヂ自選詩集』
(大槻ケンヂ/百年舎) 3520円(税込)
2003年以降に作られた歌詞の中から大槻ケンヂ自身が選んだ116編が収められた詩集。全詩とも歌詞をベースにしているが、読み物として成立させるために若干の改稿が加えられ、大槻の摩訶不思議で奔放なイメージに満ちた物語世界を楽しめるよう再構成された。また、四半世紀近い期間の活動を赤裸々に振り返るエッセイも収録。03年以降の大槻ケンヂを概観できるファン垂涎の一冊。
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