
サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出・「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が交互に綴っていく。第35回は野尻回。
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第35回(野尻)「『お笑い』芸人を名乗っている時点で、少しスベっている問題について」
こんにちは。無尽蔵の野尻です。これまで当連載でお笑い界に一石も二石も投じてきた私ですが、4月にその芸歴は5年目に突入し、「最若手」のグループから脱しようとしています。芸歴を重ねるとコラムの文章に関して段々と「若造のたわごと」という逃げ道が閉ざされていきます。発言の責任に怯え、「芸人はみんな、生きているだけで偉い」などと当たり障りのない文章を書かないよう気を付けたいものです。
これは完全な宣伝ですが、この記事が公開されている4/2(木)から、われわれの冠ラジオ番組『無尽蔵のワードマイスター』の放送がABCラジオにて開始します。時に理知的な、そして時に下劣なトークをぜひお楽しみください。
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さて、本記事のタイトルは、先輩芸人の大久保八億さんという方がご自身のYouTubeチャンネルでしていた発言から借用しています。大久保さんはこれを「面白い一般人が芸人になるとハードルが上がって損をする」という文脈で言っており、私はこの「お笑い芸人はお笑い芸人を名乗っている時点で少しスベっている」という指摘があらゆる示唆に富んでいると感じました。この自己言及的な不利さについて考えたいと思います。
「お笑い」という呼称はなにも芸人が自らハードルを上げるためにそれを名乗ったわけではなく、その「人前に出て、おどけ、笑わせる」というプリミティブな形態ゆえに保持している簡素な名前です。「お笑い」は昔からあるし、それに名前をつけるなら「お笑い」と言うしかない。だから「お笑い」と呼ばれている。その看板が演者の意図に反して消費者の期待を釣り上げ、自らの首を絞め、特に現代では新興のコンテンツに後塵を拝している原因となっているかもしれません。
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お笑い以外にも笑えるコンテンツが跋扈(ばっこ)している現代においてユーモアで人の注目を得ようと思ったら、「メイク動画を投稿しているYouTuberのトークが存外に面白い」というような構造で他を出し抜くか、ネタ動画を公開するときに「どんな面白い設定なのかをサムネでネタバレし、動画を再生したら何が得られるかを消費者に最初から全て説明する」というへりくだった態度で何とか視聴してもらうのが有効なように思います。単に「お笑い」とだけぶっきらぼうに掲げる昔気質な店構えでは、変にハードルが上がって損ですし、何より不親切です。
お笑いはその名前に露骨に目的を含んでいる上に、現代のお笑いのノンポリ化によって、人の笑いを惹起すること以外のメッセージ性や芸術性が入り込む余地がほとんど残っていません。ほとんどの場合、ウケないと意味がないし、それ以外の目的がない。なのでスベればわれわれは言い訳のしようがなく、期待を釣り上げられた消費者は「やーい、お笑いなのにスベってら」と簡単に揶揄することができる。こんなストイックなやり方は損です。
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しかも、現代ではお笑いが提供するユーモアの対象年齢が昔より高めになっており、お笑いはジャンルとしての知名度の割には人を選ぶようなエンタメであるというのも厄介です。消費者が軽い気持ちで「お笑い」という暖簾をくぐったら、なんかよく分からんハイコンテクストでマニアックなユーモアばかり浴びせられるのです。お笑いはあまりにガラパゴスな進化をしすぎている。名前は可愛いのに、やっていることは可愛くないのがお笑い。とても不親切です。
しかし、それでもお笑いはお笑いを思い切って名乗らなくてはいけないのだと思います。ユーモアがニーズに応じて分化した現代では、お笑いが担う役目はやはり「まだこの世にない笑いを提示する」ことだと私は思うからです。物事の新たな面白がり方を提示し、それがドラマやYouTubeに滴下し、最終的に市井の人々の会話に染み込み、その豊かさが底上げされる。数学の定理が物理学に用いられ、工学に用いられ、建築学に用いられ…というように。ダウ90000の蓮見さんが言うように、数字の上では確かに「お笑いは流行ってない」かもしれませんが、ユーモアの震源地として「お笑い」という偉そうな名前を名乗る矜持がそこにはあるわけです。
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進んでハードルを上げて、厳しい環境で笑いの牙を磨いていこうではありませんか。お笑いはちょっとやそっとのお調子者では通用しない硬派なエンタメになりましたが、私はそんな「ホンモノしか生き残れない」お笑いが好きですし、謎のユーモアに遭遇したときの得も言われぬ高揚感は、お笑い以外で得られません。最初から少しスベっているくらいが、お笑いには丁度いいのかもしれません。

■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出、「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出。
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