
『あのママが妬ましい 幸せ比べ、天国で地獄』(きなこす/KADOKAWA)は、「隣の芝生は青く見える」という誰もが抱いたことのある感情をテーマに、ワーキングマザーたちの嫉妬と葛藤を描いた群像劇だ。幸せそうに見える他人の人生を羨みながら、それぞれが抱える事情を浮かび上がらせていく。
物語の舞台は、とあるパン工場。同じ職場で働く3人の母親が主人公だ。周囲からの評価やネットの情報ばかりを気にしてしまう百瀬雪、コミュニケーションが苦手でママ友づくりに悩む雨宮涼香、そして元ヤングケアラーで義実家との確執を抱える花岡楓。3人はそれぞれ違う悩みを抱えながら働き、子育てをしている。そして、皮肉なことに彼女たちは互いの人生を「羨ましい」と思ってしまっている。雪は家が裕福な涼香を、涼香は社交的で仕事もできる楓を、そして楓は介護の心配をする必要がない雪を羨むのだった。
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本作が描いているのは、誰かを妬む気持ちだ。心の裏側にあって見えにくい事情に光を当てている。裕福そうに見える家庭にも人知れぬ孤独があり、仕事ができるように見える人物にも苦く重い過去がある。どの人物の人生も一見すると天国だが、実際にはそれぞれが地獄を抱えているのだ。
育児、仕事、夫婦関係、義実家との問題。ワーキングマザーを取り巻く現実は単純ではない。本作はそんな日常の中で生まれる嫉妬や焦りを丁寧に描き出し、「幸せとは何か」という問いをストレートに投げかけてくる。そして、物語が進むにつれ、「幸せ比べ」という行為の虚しさに気づいていくはずだ。
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それでも人は自分の不幸と他人の幸せを比べてしまうことをやめられないのだろうが、本書を読めば、その比較こそが心を苦しめる原因だと知ることができるだろう。誰かの人生を羨み、不安に駆られた経験がある人ほど、胸に刺さる作品だ。
文=富野安彦
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