毎日を生きていると、「世の中は少し速すぎる」と感じることはありませんか?
終わらない仕事のこと、人間関係のこと、明日のちょっと気がかりなこと。周りのペースに合わせて「ちゃんとしなきゃ」と頑張りすぎて、ふと息継ぎの仕方を忘れてしまう。そんな窮屈さを感じながら、その日一日をなんとかやり過ごした経験のある方は多いのではないでしょうか。
今回ご紹介するのは、そんなせわしない世の中でも自分のペースで生きていくことの大切さを綴った『栞(しおり)をはさむように休めばいい』(詩旅 紡(うたたび つむぎ))です。
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著者は、新卒で入社した会社で適応障害を発症。その後、「休んだら、もう二度と立ち上がれなくなる気がする」と頑張りすぎる自分自身に悩みながらも、現在の「書く仕事」にたどり着きました。本書は、これまでの著者の経験を踏まえ、頑張りすぎてしまう自分自身とどう折り合いをつけて前に進むかを綴ったエッセイです。
※本作品は、『栞をはさむように休めばいい』(詩旅 紡)から一部抜粋・編集しました。

栞をはさむように休むこと
本を読んでいる途中で疲れたとき、私たちは自然と栞をはさむ。
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また続きを読むために、今日はここまでという印をつけて、本を閉じる。そこには「もう読まない」という諦めではなく「また読みたい」という意思が込められている。けれども、人生においては、なぜかその当たり前のことができなくなってしまう。
会社員だった当時、自分のキャパシティを明らかに超えた仕事が次々と降ってきていた。深夜残業に休日出勤。朝起きるのがつらくなり、デスクに向かうことさえ重荷になっていた。それでも「頑張らなければ」という思いだけで、なんとか毎日をやり過ごしていた。
周りはみんな、当たり前のように働いている。同期は昇進し、大学時代の友人は新しい仕事に取り組んでいる。そんな中で「辞めたい」と口にすることは、自分だけが弱いと認めるようで怖かった。一度休んだら、もう立ち上がれないんじゃないか。そんな不安が、私を縛(しば)っていたのである。
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そうして会社を続けるか辞めるか悩んでいた頃、祖母から久しぶりに電話がかかってきた。
「最近どう? 元気にしてるかなと思って」
いつものような他愛のない会話のはずだった。でも、その日の私は違った。祖母のやさしい声を聞いた瞬間、目頭がじんわりと熱くなった。
長い間張りつめていた心の糸が緩む。これまで溜め込んでいた想いが溢れ出していた。
「婆ちゃん、私、もうどうしたらいいのかわからない」
正社員として働くことのつらさ。
辞めることへの恐怖。
自分だけが弱いような気がする不安。
ぽつりぽつりと話している間、祖母は静かに聴いてくれていた。
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一通り話し終えた後、祖母は言った。
「あなたは本当に、よくやっているのよ」
その声は、いつもより一段とやさしく、まるで頰(ほお)を撫(な)でられているようだった。そして祖母は続ける。
「ずっと一生懸命走り続けてきたんだもの、疲れてしまうのは当たり前。そんなときは、栞をはさむように休めばいいのよ」
栞をはさむように? 私は思わず聞き返した。
「本を読んでいて疲れたとき、栞をはさんで本を閉じるでしょう。それは『もう読まない』ということじゃない。『また続きを読む』ということよね。人生も同じ。疲れたときは栞をはさんで、少し休めばいい。どこまで読んできたか、何が大切だったかを忘れないよう書き記しておけばいいのよ」
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栞をはさむ、か。祖母の言葉が、ゆっくりと私の心に沁み込んでいく。
言われてみれば、そうだ。たとえば、走り続けて息が苦しくなったとき、立ち止まって深呼吸をする。それは「もう走れない」という意味ではなく、また走り出すために必要な一息なのだ。
休むことは諦めることではない。続きがあるから休むんだ。その実感が胸に広がっていった。
私は手元にあったノートを開く。そして、今まで何ができていたのか、これから何を大切にして生きたいのかを書き出してみた。
大学を卒業できたこと、会社で新しい仕事を覚えたこと、困っている同僚を助けたこと、家族との関係を大切にしてきたこと。
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そしてこれからは、自分の体調と心の声に耳を傾けたい、無理をしすぎない働き方を見つけたい、人とのつながりを大切にしたい、小さな幸せを見つけられる余裕を持ちたいと書いた。
書いているうちに、自分が決して何もできない人間ではないことがわかった。これまでも、それなりに頑張ってきたのだ。少し、疲れただけ。そして、疲れたら休んでもよかったのだ。
祖母との電話の後、私は会社に退職願を提出した。その後数ヶ月の休みを経て、アルバイトを始めることにした。正社員からアルバイトへ。周りからは「もったいない」「将来が心配」という声もあった。でも、私にとってそれは逃げることではなく、栞をはさむことだった。
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アルバイトを始めてから、少しずつ変化があった。朝起きることがつらくなくなった。仕事が終わった後に、大好きな喫茶店でゆっくりと過ごす余裕ができた。読書を楽しむ時間も生まれた。
何より大切だったのは、これは一時的な休憩であり、人生の終わりではないと思えたことだった。その認識が、心に余裕を生んだ。
正社員か無職か。成功か失敗か。頑張るか諦めるか。振り返ってみると、そんな極端な選択肢の中で、自分を追い詰めていた。でも、人生にはもっと多様な道がある。一時的に休むという選択肢がある。アルバイトという働き方もある。そして何より、一度休んだからといって、もう二度と頑張れなくなるわけではない。
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アルバイトを続けながら三十歳になった頃、私は再び正社員への挑戦を試みた。
それでも、うまくいかなかった。面接で落ちることもあったし、入った会社がまた合わないこともあった。以前の私なら、それを完全な失敗だと受け取って、自分を責め続けていただろう。ただ、今度は違った。うまくいかないときは、また栞をはさんで休んだ。自分を追い詰めるのではなく、少し距離を置いて、次にどうしたいかを考える時間を持った。
そんなふうに途中途中で休みながら、今の私は物書きとして生きている。昔からやりたかった仕事だった。正社員として働いていた頃は、そんな夢みたいなことは考えられなかった。でも、栞をはさみながら人生を歩んでいくうちに、本当にやりたいことが見えてきたのだ。
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休むことは逃げることではない。立ち止まることは諦めることではない。それは、また歩き出すための準備なのだ。
疲れたときは栞をはさめばいい。また続きを読みたくなるまで、ゆっくり休めばいい。人生という物語は、自分のペースで読み進めていけばいいのだから。
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