
2025年12月、5年間の活動をもって解散したアイドルグループ・#2i2。そのひとりであった森嶋あんりは、歌声でファンの心を引き寄せるメンバーだった。グループ解散後も音楽活動への意欲を募らせる彼女が、2026年3月4日に自身の愛称をタイトルに据えた念願の1st写真集『あんちゅ』(KADOKAWA)を出版。本インタビューでは、グループでの活動を経て得た彼女にとっての“#2i2での5年間”の意味を、故郷・群馬県に凱旋した1st写真集の撮影秘話と共に尋ねた。
■みんなで共作したグループ時代の作詞曲『Pages of Us』
――アイドルへの憧れも強かった森嶋さんにとって、#2i2での5年間はどのような意味がありましたか?
森嶋あんり(以下、森嶋):憧れてはいたんですけど、一度あきらめた時期があって。その後、事務所のゼロイチファミリアに所属したんです。アイドル以外の活動、ポートレートモデルや演技のお仕事を中心にやらせていただいていたんですけど、自分に自信がなくて「できるかなぁ」でやってみたら全然できないし、どんどん自信を失っていました。当時は17歳で「未来がないんじゃないか」とかなり落ち込んでいて、苦手なものばかりで「事務所を辞めようと思っています」と相談もしていたんです。
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そのさなかに事務所で先輩グループの#ババババンビがデビューするとなり「私もやってみたい」と伝えて、#2i2でのデビューとなりました。でも、その時点では自分が歌えると知らなかったんです。歌は好きでしたけど、みんなに褒めていただける歌声だと知らなくて。初めてのレコーディングで褒めていただいて「自分って、歌えるんだ」と思って自信がついたんです。活動中は「下手だな。もっと上に行ける」と思っていました。でも、見ていただいているファンのみなさんに成長を伝えられるようになったし、ステージを重ねるにつれて「あんちゅ(愛称)はライブで輝くよね」と言っていただくことも増えて、ライブパフォーマンスが一番の自信になりました。

――グループのラストライブとなった「#2i2 LAST TOUR FINAL『Pages of Us』」(2025年12月)の終演後には、グループの活動では「誰かの心に寄り添える表現を届けたい」という思いがあったとコメントを寄せていました。その思いは達成できましたか?
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森嶋:はい。結成当初は歌って踊るのに精一杯だったし、それだけがメインだと思っていたんです。でも、距離感の近いライブハウスでの公演を重ねて、目を合わせてくれるお客さんを見ることに意識が向くようになって。さらに、お客さんを「見る」から、お客さんに「届ける」ができるようになったのは、解散までの1年ほどでした。解散発表の辺りから「何かを残せないか」と思って、作詞作曲にも挑戦してみたくなったし、言葉で伝えるには恥ずかしいことでも「歌であれば伝えられる」と思ったんです。
――ラストライブのタイトルにもなった曲『Pages of Us』は、森嶋さんが作詞されたんですよね。
森嶋:ラストツアー「#2i2. LAST TOUR 『Pages of You』」(2025年9〜11月)のタイトルも私が考えて、当初は作詞するとは決めていなかったんです。でも、意味のあるツアーにしたいとは思っていて、#2i2のツアータイトルでは「大暴走」のように勢いあるタイトルがお決まりでしたけど、ラストではストーリー性を持たせたくて、シンプルに「自分たちが成長してきた物語」を表したいと思ったんです。ツアーの「Pages of You」では、それぞれの人生を抱えながら駆けつけてくださったファンのみなさんへの感謝を込めて、ラストライブでは全員の思いが集まり物語を完結させるために「Pages of Us」としました。
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そこから、同じタイトルで作詞すると決まってからは、歌って耳に残る歌詞を考えるのが難しかったです。グループでは、メンバーの十味ちゃんが『このままでいいんだよ』で作詞を経験していたので、相談したら「サビの入りでは、ポンッと出しやすい言葉がいいよ」とアドバイスをくれて。他のメンバーにも相談したし、全体的な構成や言葉をまとめたのは私ですけど、みんなで共作するように完成させました。

■自分のテーマを言葉にするなら「好奇心の塊」
――解散はメンバーの総意だったそうですが、決定前後での心境はいかがでした?
森嶋:全員で話し合う前から、グループに対して「このままで大丈夫かな」という考えがあったと思うんです。私としては、2024年秋頃に一度、メンタル面で体調を崩してしまって「ちゃんとゴールを決めて、自分たちのできることをきれいにファンのみなさんへ届けよう」と思ったのもありました。解散発表直後は実感がなかったんですけど、自分の手で記憶に残るものを残したいと思い、DTM(Desk Top Music。主にパソコンを使って音楽を制作する手法)の学校に通ったんです。学校の先生には「音楽は全部パッションだから、難しい理論も考えずに作った方がいい」とアドバイスもいただきました。
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――#2i2が解散を発表したのは、2025年4月でした。ラストライブまでの約8ヶ月間は、気持ちが楽になった部分もあったのかと思います。
森嶋:そうかもしれません。#2i2は元々、2020年12月の結成から「2年」で終わると伝えられていたんです。だから、3年目に突入してからはいつのまにかゴールの見えない長距離走のようになり、全員がどうすればいいか分からなくなってしまって。2024年の終わりに解散に向けた話し合いをはじめて、2025年4月での発表となりました。
――ラストライブのステージは、振り返るといかがでしたか?
森嶋:素直にいいライブでした。ファンのみなさんには、グループの曲『アドマイア』が「過去最高によかった」と言っていただいたし、ソロ曲『Runway』も伸び伸びと歌えたので、心に残るものを届けられたと思います。最後『Pages of Us』と共に流したエンドロールは、私が作ったんです。メンバーからもスタッフさんからも5年間の写真を集めて、時系列順に構成して。作りながら、完成したときは泣きました。
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――終演後、ロスのような感覚はありました?
森嶋:解散発表からの時間もあったので、やり残したことがそれほどなかったんです。自分の携わった曲を残せたし、お客さんに伝えたい気持ちも形にできたし。私の精一杯を#2i2にぶつけられたので、満足しました。でも、Xのタイムラインで出演経験のある対バンライブの情報を見て、#2i2の名前がないとちょっと寂しくなります。
――#2i2が解散する直前のグループのYouTube動画で、例えば、十味さんは「信頼」であったり、他のメンバーにテーマを付けていました。自分に付けるとしたら、何でしょう?
森嶋:んー、好奇心の塊。やりたいことが山のようにあるし、食わず嫌いせずに挑戦したいんです。そのぶん、熱しやすく冷めやすいのは短所だと思います。人生で続けられたことで、一番長いのはクラシックバレエと撮影モデル、あと、アイドルだったんです。#2i2が終わってから「今やりたいこと」を紙に書き出したら、海外の方々をよく見かけるから「英会話」が浮かんできて。#2i2の経験でよかったと思えた作詞、作曲も続けて、新たなソロ曲も作りたいです。オタク気質なので、何かを突き詰めていけたらと思います。
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■記念すべき1st写真集では人生の「ストーリー」を表現
――グループを走りきって、2026年3月4日には1st写真集『あんちゅ』を出版します。
森嶋:写真集を出すと聞いたタイミングは#2i2の末期でしたけど、実は、事務所を辞めようと思っていたんです。だから「出す?」と聞かれたときは「辞める予定ですけど、それでもいいんですか?」と返したのに、それでも「オッケーだよ」と言っていただいたので「ずっとやりたかったし、出してみようかな」と前向きになれました。事務所にスカウトされたきっかけが、人生で初めての表現活動だったポートレートモデルでしたし、自分にとっての原点を作品として世に出すという、大きな夢が叶いました。

――結果として、なぜ事務所に残ろうと決めたのでしょう?
森嶋:一言でいうなら「信頼」があったので。事務所は8年目で、もう古株なんです。高校時代からお世話になっているし、群馬県から上京して東京で不自由なく過ごしてこられたのは「信頼」がすべてだったと思います。#2i2はけっして順風満帆ではなかったけど、解散後の打ち上げではマネージャーさんが「#2i2の活動を通して、森嶋のプロデュース力を見いだせなかったのが悔しかった」と言ってくださって。#2i2がなかったらそう評価していただける機会はなかったし、これからもお世話になりたいと思いました。
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――記念すべき作品の準備として、撮影前のボディメイクなども力が入ったのでは?
森嶋:ずっとパーソナルジムには通っていたんですけど、そもそもはステージ映えするために「腹筋を鍛えたい」と思って、トレーニングを続けていたんです。でも、出版が決まってからはトレーニングの内容を変更して、トレーナーさんにも相談して肉感のある引き締まった身体をめざしました。
――成果を示すフィリピン・セブ島のロケでは、自信満々で臨めたのかと思います。
森嶋:自分でもベストコンディションだったと思います。黒いレースのランジェリーを穿き、手ブラで後ろを向くバックショットは、なかでもお気に入りです。砂時計のようなプロポーションになっていて、背中の筋肉が浮かび上がっているんです。お尻もキュッと締まっているし、いい1枚になりました。

――グループのラストツアーでも凱旋した故郷・群馬でのロケでは、制服姿のカットもありました。
森嶋:撮影前の打ち合わせで、せっかくの1st写真集ですし「私の生きてきたストーリーが見えるものを」と、リクエストさせていただきました。実際に撮影したわたらせ渓谷鐵(鉄)道の駅は、ポートレートモデル時代からなじみ深かった場所で、当時は笑顔で応えるのが苦手だったのは懐かしいです。そこから事務所へ入って、アイドルとしての活動を通してファンのみなさんから「あんちゅの笑顔は素敵だよね」と言っていただけるほどになったし、私自身も「成長できたんだな」と思えるカットがたくさん詰まった、1st写真集になりました。
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――森嶋さんの年輪を感じられる作品も弾みに、さらなる活躍も期待されます。
森嶋:1st写真集のおかげで、念願だった青年誌での表紙も叶ったんです。グループの解散によって独りでの環境に変わったので、新たに自分をアピールしていければと思います。ファンのみなさんに向けた配信では「せっかく出会えたんだから、死ぬまで一緒にいよう」と伝えてきたし、ステージに立つ音楽活動も続けていきたいです。でも、芸能活動には「期限がある」とも考えていて、スタッフさんからアイドルをプロデュースする提案もいただいたので、将来的には新たなグループを育てる日も夢見ています。
取材・文=カネコシュウヘイ、撮影=後藤利江

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